三つの報告 1
届く噂は、いつも少し姿を変えている。
街道を走る荷馬車の上で揺られ、宿場の酒場で尾ひれをつけられ、厩番の口から商人の耳へ入り、金貨の枚数に応じて丁寧に整えられる。
その日、王都へ入った二通の報告も、同じ事実から生まれたものだった。
若い旅治療師が、ハルム村で白い光を使った。
その光は、患者ごとに形を変えた。
右腕を負傷した元騎士は、治療師のそばで記録をつけていた。
そして、その男は、右手で短い線を引いた。
たったそれだけのこと。
けれど、その報告を受け取る者によって、意味はまるで変わった。
ガレス・オルブライトがその報告を受け取ったのは、王都北区の古い屋敷だった。
騎士団本部ではない。
今の彼は、騎士団の名を使えない。アルベルトが記録を洗い始め、ユアンが外勤届を追い、ヘルムートが通行証と旅費台帳を押さえている。
だから、報告を運んできたのは騎士ではなかった。
小間物売りを装った男。
顔は平凡で、声も特徴がない。そういう者ほど、情報屋として長く生きる。
「対象二名、リンドルを出て西へ。ハルム村に滞在。若い治療師は村人の治療を行い、右腕を負傷した男は記録役を務めていました」
ガレスは黙って聞いていた。
「男は右腕に補助具。杖を使用。長距離移動は可能のようです」
「右腕は」
低い声だった。
情報屋はわずかに頭を下げる。
「完全に使える状態ではありません。ただし、回復が見られます」
ガレスの指が、机を叩く。
一度だけ。
「詳しく」
「親指、人差し指、中指に感覚が戻っている可能性があります。村長宅で、右手を使って紙に短い線を引いたとのこと」
部屋の空気が、冷えた。
線。
たかが線。
剣でもない。
署名でもない。
右手で荷物を持ったわけでもない。
だが、ガレスにはその意味が分かった。
動かないはずの手が、意思に従い始めている。
セヴランの封じが、ほどけ始めている。
「治療師が何をした」
「通常の治癒ではないようです。白い光が患者ごとに形を変えたと。ある者には膜のように、ある者には露のように、別の者には糸のように見えたと村人が話しています」
「黒棘の処置か」
「ハルム村では、黒い反応は確認されていないようです。普通の怪我や咳、古傷に使われたとのこと」
ガレスは眉を寄せた。
黒棘にだけ効く力ではない。
つまり、ミラ・コックスの力は、禁術の対処に限定されない。
患者本来の回復にも作用している。
それは、エリオットの右腕にも作用するということだ。
「……早すぎる」
ガレスは小さく呟いた。
封じられた右腕は、もっと長く沈むはずだった。
肉体的にも、精神的にも、二度と剣を取る気力が戻らないように壊したはずだった。
それが、地方の旅治療師一人によって、戻り始めている。
ガレスは立ち上がり、地図の前へ歩いた。
リンドル。
ハルム村。
レーンの森。
サリア水車村。
エルダント。
王都から離れていく道。
だが、距離は問題ではない。
時間が問題だった。
「追跡を増やせ」
「はい」
「ただし、まだ襲うな。右腕の状態をさらに見ろ。どこまで動くのか。どの治療で反応するのか。ミラ・コックスがどの程度消耗するのか」
情報屋は頷いた。
「必要なら、治療依頼に紛れ込ませますか」
「そうしろ」
ガレスは目を細める。
「重傷者に見せかけた者を送る。あるいは、黒い反応を持たせた囮でもいい。治療師は患者を見捨てないだろう」
「エリオット・バーンスタンは?」
「止めるはずだ」
ガレスの声は苦かった。
エリオットは元騎士だ。
壊れていても、警戒を忘れていない。
今は治療師の助手などという奇妙な立場にいるようだが、それがかえって厄介だった。
戦えないからこそ、見る。
動けないからこそ、判断する。
ミラが無理をしようとすれば、止める。
「ならば、二人を分ける」
ガレスは言った。
「治療師が患者のもとへ向かわざるを得ない状況を作れ。男が同行しにくい場所ならなおいい」
「承知しました」
「右腕をもう一度壊す機会を探せ。殺すな。死なせれば火がつく」
ガレスは机の上の報告書を握り潰した。
「生きたまま、戻らないようにしろ」




