残された村に届く手紙 2
二通目は、少し厚かった。
宛名はオリヴァーだけになっている。
封の内側には、ライヘルの癖である小さな補強符が入っていた。本人以外が乱暴に開ければ、紙の端が青く変色する仕掛けだ。
オリヴァーはそれを確認してから開く。
読み始めてすぐ、表情が変わった。
――父さんへ。
――ミラの力について、相談があります。
――まだ本人には伝えないでください。確証がありませんし、今伝えればミラは自分に余計な責任を負わせる可能性があります。
ロアンが顔を上げた。
「ミラちゃんの力?」
オリヴァーは手で制した。
読む声を少し低くする。
――ミラからの報告で、黒いものを浮かせるだけではなく、患者の中にある“本来の流れ”を見る感覚が出始めたとありました。
――これは通常の治癒魔法の上達とは少し違います。少なくとも、魔術学校で教えられる治癒分類には当てはまりません。
――オルガ管理官と資料を照合したところ、古い治癒女神信仰の中に“白花の徴”と呼ばれる記述があります。
オリヴァーの指が止まった。
白花の徴。
ミラの胸元で淡く光るペンダント。
エリオットの村の祠。
治癒の女神の伝承。
黒いものを浮かせる力。
いくつかの断片が、静かに近づいてくる。
――白花の徴を持つ治療師は、傷そのものではなく、生命や魔力の“戻る流れ”を見るとされています。
――黒を剥がすのではなく、失われた道を思い出させる。
――その記述は、エリオットさんの故郷に伝わる治癒の女神の伝承とも一部一致します。
――さらに、コックス家の古い家系資料に、女神に仕えた治療師一族と婚姻関係を結んだ可能性を示す断片があります。
ロアンが思わず息を呑んだ。
「ミラちゃんが……?」
「まだ、可能性だ」
オリヴァーは言った。
自分に言い聞かせるような声だった。
――断定はできません。だからミラ本人にはまだ伝えないでください。
――ただ、彼女には“黒を無理に剥がすのではなく、本来の流れを探すこと”だけを助言しています。
――その方が、本人の負担が少なく、力を客観視しやすいはずです。
――この方向性は、エリオットさんの右腕の治療にも繋がる可能性があります。黒い封じを壊すのではなく、封じの下に残る白い流れを見つけ、少しずつ通す。
――ミラの力とエリオットさんの守護騎士の力は、対になって働いているのかもしれません。
オリヴァーは手紙を机に置いた。
しばらく、何も言えなかった。
娘が特別な力を持っているかもしれない。
それは誇らしいことではない。
少なくとも、今この状況では。
特別な力は、誰かにとって希望になる。
同時に、誰かにとって利用する価値になる。
セヴランが知れば、ミラを観察対象として見るだろう。
ガレスが知れば、エリオットの治療を止めるために狙うだろう。
ベルトランのような者が知れば、王家の白い象徴に連なる火種として消そうとするかもしれない。
オリヴァーは額に手を当てた。
「師匠……?」
ロアンが遠慮がちに呼んだ。
オリヴァーはゆっくり顔を上げる。
「ライヘルの判断は正しい」
「ミラちゃんには、まだ言わない?」
「言わない。今のあの子は、自分が特別だと言われたら、きっとそれを責任に変える」
「……やりそうですね」
「やるよ」
オリヴァーは苦く笑った。
「あの子は昔から、困っている人がいると自分の荷物を増やす子だから」
ロアンは黙り込んだ。
グレイル村でのミラを見ていれば、それはよく分かる。
彼女は人を救うためなら、自分の疲労を後回しにする。
だから、周囲が止めなければならない。
今、その役割を一番近くで担っているのはエリオットだ。
「エリオット君がいてくれてよかった」
オリヴァーがぽつりと言うと、ロアンは大きく頷いた。
「本当に。あの人、見た目は怖いけど、かなりちゃんとしてますよね」
「元騎士だからね」
「それだけじゃない気がします」
ロアンは少し考えてから続けた。
「ミラちゃんのこと、雑に扱わないですよね。若い女の子だからとか、治療師だから便利だとか、そういう目で見てない。ちゃんと“ミラちゃんが決めること”は尊重して、でも危ない時は止める」
オリヴァーは静かに頷いた。
そこが、彼を信頼できる理由だった。
ミラはエリオットを患者であり助手見習いだと思っている。
エリオットも、今はその立場を受け入れている。
だが彼の振る舞いの根には、騎士としての矜持がある。
節度。
距離。
敬意。
守るべきものを見誤らない目。
右腕を失っても、それは失われていない。
「ライヘルにも伝えよう」
オリヴァーは言った。
「エリオット君には、今後もミラを止める役を頼むことになる、と」
「本人に言ったら、真面目に引き受けそうですね」
「もう引き受けているよ、たぶん」




