王宮の翳り 2
その夜、王宮の奥にある小さな会合室に、数人の貴族が集められた。
表向きには、地方税制と物流路の調整に関する非公式相談。
だが、実際に話されたのは別のことだった。
ベルトランの他に、財務に顔の利く伯爵、南西部に鉱山利権を持つ子爵、王宮文書管理に影響力を持つ男爵がいる。
皆、王家に忠誠を誓う貴族たち。
表向きには。
「試し石の記録が照会された」
ベルトランがそう告げると、室内の空気が硬くなった。
財務伯爵が眉をひそめる。
「二年前の?」
「ああ」
「なぜ今になって」
「騎士団長が目を覚ましかけているのだろう」
南西部の子爵が舌打ちした。
「ガレス副団長が抑えていたのではないのですか」
「抑えきれていないから、今こうして話している」
ベルトランの声は静かだった。
文書管理に顔の利く男爵が言う。
「王宮儀典局の記録なら、こちらから閲覧制限を」
「駄目だ」
ベルトランはすぐに遮った。
「今触れば目立つ。イレーネ・ヴァイスは職務に忠実な女だ。圧をかければ、むしろ記録を王家直轄保全へ回しかねない」
「では、放置ですか」
「放置ではない。別の線を切る」
財務伯爵が低く問う。
「バーンスタン本人ですか」
その名が出た瞬間、部屋の中に見えない影が落ちた。
エリオット・バーンスタン。
地方出身の元騎士。
右腕を失ったはずの男。
伝説の白光を宿したかもしれない男。
ベルトランは言った。
「守護騎士など、伝説の中で朽ちていればよかった」
誰も否定しなかった。
ベルトランは続ける。
「王家の象徴が戻ることは、この国にとって混乱だ」
「王家にとっては祝福でしょう」
財務伯爵が皮肉げに言う。
「だからこそ困る」
ベルトランの目が冷える。
「我々は、王家の夢物語で国政を乱されるわけにはいかない。貴族の秩序が崩れる」
貴族の秩序。
それは美しい言葉だった。
だが、その中身は利権であり、隠蔽であり、都合のよい沈黙だった。
「ガレスへ連絡を入れる」
ベルトランは言った。
「そしてセヴランにも」
南西部の子爵が顔をしかめる。
「あの研究者は信用できません」
「信用する必要はない。使えればいい」
「使えているのでしょうか」
その問いに、ベルトランはすぐには答えなかった。
セヴラン・ノックス。
禁術派研究院の中心にいる男。
王家の影を削るためには、便利な毒だった。
だが、毒は時に、器まで溶かす。
「使えないなら、別の処置を考える」
ベルトランは静かに言った。
ガレス・オルブライトのもとへ、ベルトランからの文が届いたのは翌朝だった。
直接的な命令ではない。
宮廷貴族らしい、曖昧で優雅な文面だった。
――二年前に沈められたはずの白い噂が、再び王宮の耳に入り始めている。
――貴殿の騎士団内における整理が不十分であったとは思いたくない。
――王家の余計な象徴が目覚める前に、速やかに沈黙させられたい。
ガレスは文を読み終えると、ゆっくり握り潰した。
「政治屋め」
低く吐き捨てる。
言われなくても分かっている。
問題は、殺すことではない。
殺せば火がつく。
アルベルトが動く。
王宮儀典局が記録を出す。
ミラ・コックスの兄が魔術院で騒ぐ。
オリヴァー・コックスの物証が届けば、ヴィクトルの嘘も崩れ始める。
だから、エリオットは殺してはならない。
生かしたまま、二度と剣を握れない状態に戻す。
それが一番いい。
「沈黙させるのは簡単ではない」
ガレスは潰した文を暖炉へ投げた。
「火の後始末を知らない者ほど、燃やせと言う」
炎が文を飲み込む。
ガレスはすでに、騎士団外の手を動かしている。
宿場、厩、薬草商、御者。
金で買える目はいくらでもある。
エリオットとミラは王都から離れた。
だが、離れたからこそ、事故を装いやすい。
ガレスは地図を開いた。
リンドルから西へ。
ハルム村。
レーンの森。
サリア水車村。
エルダント。
「右腕の回復を確認しろ」
彼は側近へ言った。
「回復しているなら、もう一度折る」




