物証便の攻防 2
奪った遮断箱は、橋の下へ運ばれた。
灰色の外套の男が、箱を慎重に開ける。
中には、小瓶が三つ。
黒紙人形の灰。
錠前の粉。
そして、白石粉に包まれた黒い紙片。
男は眉を寄せた。
「少ない」
「これだけか?」
「いや……」
指揮役の男は箱の内側を見た。
丁寧に封じられている。
物証としての価値はある。
だが、重要なものにしては軽い。
木札がない。
黒い蜜蝋もない。
金属片もない。
「囮か」
低い声。
その瞬間、橋の上を別の荷馬車が通り過ぎた。
薪車。
ただの薪を積んだ、地味な車だった。
指揮役の男が顔を上げる。
「待て」
しかし、気づくのが少し遅かった。
薪車は橋を渡り終え、王都へ向かう街道へ入っていた。
「追え!」
男たちが動く。
だが、その直後、橋のたもとに置かれていた壊れた荷馬車の荷が崩れた。
彼ら自身が道を塞ぐために置いた荷だった。
白石粉の煙と薬草の咳粉に混乱した馬が暴れ、荷台を傾けたのだ。
道は、彼らの罠によって塞がれた。
指揮役の男は舌打ちした。
「……やられたな」
薪車は、日が沈む前に次の宿場へ入った。
御者は一見ただの農夫だったが、宿場の裏で待っていたセリアに短く報告した。
「追跡は?」
「橋で遅れた。だが、明日には追いつくかもしれない」
「荷を替える」
セリアは即断した。
薪車から本命の遮断箱を下ろし、宿場の洗濯屋へ運ぶ。
そこでは、王都へ向かう洗濯布の大包みが用意されていた。
次の輸送は布荷。
その次は、香油商の小箱。
さらに最後は、王都南門の花屋の荷に紛れ込む。
オリヴァーが用意した経路は、一本ではなかった。
セリアは遮断箱を受け取りながら、小さく呟いた。
「コックス工房、用心深いにもほどがある」
洗濯屋の老婆が布を畳みながら答えた。
「娘を心配する父親の仕事だろうさ」
「物証便の話です」
「どちらも同じだよ」
セリアは思わず苦笑した。
その頃、王都北区の古い屋敷では、ガレスが報告を受けていた。
灰色の外套の男は片膝をつき、奪った遮断箱を差し出す。
「物証の一部を押さえました」
ガレスは箱を開けさせた。
中身を見て、すぐに表情を変えた。
「少ない」
「申し訳ありません。囮だった可能性が」
「可能性ではない。囮だ」
ガレスの声は冷たかった。
小瓶の中の黒紙人形の灰を見下ろす。
これはこれで危険なものだ。
セヴランの術式の痕跡がある。
三番倉庫に何かあったことは示す。
だが、ヴィクトルの記録や黒塗り木箱七つに繋げるには弱い。
必要なのは符号だ。
木札。
蜜蝋。
金属片。
ガレスは箱を閉じた。
「本命は別に動いたな」
「追わせます」
「遅い」
灰色の男が顔を伏せる。
ガレスはしばらく黙っていた。
怒鳴ることはしなかった。
ただ、考える。
オリヴァー・コックス。
ただの魔道具職人ではない。
危険物の扱いを知っている。
荷を分けることも、囮を作ることも、敵が善意に付け込むことも読んでいる。
厄介だ。
「次からは、荷ではなく人を追え」
ガレスは言った。
「物は分けられる。人はそうはいかない」
「ミラ・コックスとエリオット・バーンスタンですか」
「ああ」
「すでに西へ追跡を出しています」
「それを増やせ。だが、触れるな。まず見ろ」
ガレスは指先で箱を叩いた。
「右腕がどこまで戻っているか。治療師がどこまで黒い術式に触れるか。確認しろ」
「承知しました」
男が退室した後、ガレスは小瓶の黒灰を見下ろした。
囮とはいえ、これが届けば厄介だった。
なら、本命はもっと厄介だ。
彼は低く呟いた。
「王都へ届く前に、まだ止められるか」
だが、その声には、以前ほどの余裕はなかった。




