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符丁の手紙 2

ヴィクトルは、保護室から連れてこられた時よりも少しやつれていた。

 黒い印章を取り上げられてから、彼は外部と連絡できていない。少なくとも、表向きには。

 だが、その目にはまだ計算が残っていた。

「団長閣下」

「話せ」

 アルベルトは短く促した。

 ヴィクトルは一度、ユアンとヘルムートを見た。二人がいることを嫌がるような目だった。

「二年前の押収品について、思い出したことがあります」

「今になってか」

 ユアンの声は低い。

 ヴィクトルは唇を湿らせた。

「当時、押収品の中に黒い蜜蝋で封じられた荷がありました。私は中身を見ていません。ただ、封の印が通常の魔術院管理印ではなかった」

 アルベルトの目が鋭くなる。

「どんな印だ」

「棘の輪の中に、黒い点が複数」

 ヘルムートがすぐに記録する。

 ユアンは表情を変えなかった。

「なぜ今まで言わなかった」

「重要だとは思わなかったのです」

「嘘だな」

 ユアンは静かに言った。

 ヴィクトルの顔がわずかに強張る。

「クロフォード卿」

「あなたは重要ではないことを覚えている人間ではない。覚えていたが、伏せていた」

 ヴィクトルは息を吸った。

 アルベルトが手で制する。

「続けろ」

 ヴィクトルは少し間を置き、続けた。

「その荷は、王都内ではなく、西方へ流れました。正式な騎士団倉庫ではありません。中継倉庫を使ったと聞いています」

「リンドルか」

 アルベルトが問うと、ヴィクトルはすぐには答えなかった。

「……可能性はあります」

「また可能性か」

 ユアンが呟く。

 ヴィクトルは反論しなかった。

 だが、彼は今、明らかに何かを選んで話している。

 ガレスのためか。

 自分のためか。

 それとも、両方か。

 アルベルトはゆっくりと言った。

「ヴィクトル。お前の証言は記録する。だが、まだ信用はしない」

「承知しています」

「物証が届けば、照合する。その時、お前の嘘も本当も分かる」

 ヴィクトルの喉が動いた。

「……だからこそ、お話ししているのです」

 彼の声には、わずかに本物の恐怖が混じっていた。

 ユアンはそれを聞き逃さなかった。

 ヴィクトルは何かに怯えている。

 ガレスか。

 セヴランか。

 それとも、届こうとしている物証そのものか。

     

 王都北区の古い貴族屋敷で、ガレス・オルブライトは別の報告を聞いていた。

 灰色の外套の男が、地図の上に小さな石を置く。

「若い治療師と右腕を負傷した男は、リンドルを出て西へ向かいました。行き先はハルム村と見られます」

「確かか」

「魔道具屋の手伝いが薬草の荷を出すところを確認しました。ハルム村向けです」

 ガレスは地図を見下ろす。

 リンドル。

 ハルム村。

 レーンの森。

 サリア水車村。

 その先に、地方都市エルダント。

 王都から離れる道。

「逃げたか」

 男は黙っていた。

 ガレスはすぐに首を横に振る。

「いや。逃げたのではないな。時間を稼ぐつもりか」

 エリオットの右手が動き始めた。

 ミラ・コックスの治療は黒棘術式に干渉する。

 王都側ではアルベルトが記録を集めている。

 時間が経つほど不利になる。

 だが、今すぐ表の力は使えない。

「追え」

 ガレスは命じた。

「ただし、近づきすぎるな。まず宿場、厩、薬草商から情報を拾う。右腕の状態を詳しく見ろ。治療師の力もだ」

「必要なら、足止めを?」

「事故に見せられるなら」

 ガレスの声は冷たい。

「薬草袋を盗む。馬を逃がす。道を塞ぐ。村の依頼を偽る。殺すな。まだ殺す時ではない」

「承知しました」

「それから、別の手配だ」

 ガレスは地図の東側へ指を置いた。

 リンドルから王都へ向かう荷の道。

「三番倉庫から回収された物が、王都へ送られる。途中で止めろ」

「奪いますか」

「奪えればな。無理ならすり替えろ。燃やすのは最後でいい」

「なぜです」

「燃やせば、そこに重要なものがあったと知らせることになる」

 灰色の外套の男は、深く頭を下げた。

「承知しました」

 男が去った後、ガレスは一人で地図を見下ろした。

 騎士団の駒は使えない。

 だが、王都には騎士団だけが剣ではない。

 金で動く者。

 恩で縛った者。

 罪を握っている者。

 名前を持たない者。

 外側の手なら、いくらでもある。

「王都へ戻らせる前に、削る」

 ガレスは低く呟いた。

「白光など、二度と」

     

 その夜、王立魔術院で、ライヘルは符丁表を封筒に入れた。

 宛先はリンドル魔道具屋。

 そこから西へ向かう薬草便に乗せ、ハルム村へ届ける予定だ。

 封筒の外側には、ただの薬草注文票。

 中には、二通。

 一通はミラ宛て。

 もう一通はエリオット宛て。

 ――エリオットさんへ。

 ――ミラは、危険な情報も正確に書こうとすると思います。今後、危険な名や移動先、術式に関する内容は符丁で書くよう補助してください。

 ――また、右手について。感覚が戻り始めた時こそ、再現確認をしすぎないでください。

 ――紙を押さえる、布に触れる、軽いものを支える。この程度から記録をお願いします。剣を握ることは、まだ考えないでください。

 ライヘルは最後に少し迷い、もう一文を書き足した。

 ――妹は、無理を止める人の言葉なら聞きます。どうか、止めてください。

 封をした後、彼は深く息を吐いた。

 オルガが隣で、三番倉庫の物証を受け取るための解析台を整えていた。

「来ると思うかい?」

「来ます」

 ライヘルは即答した。

「父さんが送ったものなら、必ず」

「途中で狙われる可能性は?」

「高いです」

「それでも?」

「それでも、届かせます」

 ライヘルの声は静かだった。

 オルガは少しだけ笑った。

「コックス家は、妙なところで頑固だね」

「よく言われます」

     

 王都へ向かう街道を、一台の薬草荷車が進んでいた。

 荷台には乾燥薬草の袋。

 木箱。

 布包み。

 そして、底板の下に小さな遮断箱。

 三番倉庫から回収された物証の一部。

 荷車の御者は、ただの薬草商に見える男だった。

 だが、彼はオリヴァー工房と長年取引のある人物で、荷の重み以上に、その底板の下のものが重要だと知っていた。

 日が傾き始める。

 前方に小さな橋が見えた。

 橋の手前には、車輪の壊れた荷馬車が一台、道を塞ぐように止まっている。

 御者は手綱を緩めた。

 荷馬車のそばには、困ったように頭をかく男が二人。

 旅人なら、助ける場面だ。

 だが、御者は手綱を握り直した。

 オリヴァーから言われていた。

 ――道を塞ぐ事故には近づかない。

 ――助けるな、とは言わない。ただし、荷を守ることを優先してください。

 御者は、少し離れた場所で馬を止めた。

「困りごとかい」

 声をかける。

 男たちが振り返る。

 その目は、困った旅人のものではなかった。

 御者は静かに息を吸った。

 橋の下で、何かが動いた。

 王都へ向かうはずの物証便は、最初の妨害に差しかかっていた。


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