騎士団の外側 3
王都では、ガレス・オルブライトが新しい報告を受けていた。
騎士団本部ではない。
王都北区の古い貴族屋敷の一室。
表向きには使われていない応接間。
そこに、灰色の外套を着た男が膝をついていた。
「リンドル方面で、右腕を負傷した大柄な男と若い治療師が確認されました」
ガレスは椅子に座ったまま、指先で肘掛けを叩いた。
「騎士団の者ではないな」
「はい。宿場の厩番からの情報です」
「状態は」
「男は杖を使用。右腕は補助具で固定。ですが、完全に動かないわけではない可能性があると」
ガレスの指が止まった。
「なぜそう思う」
「宿場で荷を下ろす際、右手の指がわずかに動いたように見えた者がいると」
沈黙。
ガレスの目が冷える。
白光が戻り始めている。
セヴランは観察などと言っている場合ではない。
「追跡を続けろ」
「はい」
「ただし、騎士団名は使うな。宿場、厩、薬草商、御者。金で動く者を使え。近づきすぎるな」
「襲撃は?」
「まだだ」
ガレスは低く言った。
「まず右腕の状態を確かめる。治療師の力もだ。事故に見せられる機会があれば、足止めしろ」
「足止め」
「荷物を盗む。馬を逃がす。薬草袋を奪う。道を塞ぐ。殺す必要はない」
今はまだ。
殺せばアルベルトが動く。
ユアンも嗅ぎつける。
セヴランも余計なことをする。
だから、見えない手で削る。
騎士団の外側から。
「それから」
ガレスは続けた。
「リンドルの三番倉庫の件を調べろ。何か回収された可能性がある」
「セヴラン側が動いたと聞いています」
「あの男は信用するな」
吐き捨てるような声だった。
「もし物証が王都へ向かっているなら、途中で止める」
「承知しました」
男が消えるように部屋を出ていく。
ガレスは一人になった応接間で、低く呟いた。
「戻らせはしない」
エリオット・バーンスタン。
王都へ戻る前に、もう一度折る。
そのためなら、騎士団の剣でなくとも構わない。
その夜、セヴラン・ノックスは黒い水晶盤の前で微笑んでいた。
盤面には、ネロの反応が消えた跡が、黒い小さな穴のように残っている。
「終わりましたか」
研究員が問う。
「ええ」
セヴランは興味なさそうに答えた。
「不要な線を切っただけです」
「三番倉庫の証拠は?」
「一部は拾われましたね」
「よろしいのですか」
「証拠は人を動かします。職人は王都へ送る。魔術院は解析する。騎士団はざわつく。ガレスは焦る」
セヴランは盤面の別の光を見た。
リンドル方面を進む、白花と剣の小さな反応。
「そして彼らも、次へ進む」
その声は楽しげだった。
「物語は、止まっている時より動いている時の方が観察しやすい」
研究員は何も答えなかった。
セヴランは、ネロの消えた反応をもう見ていない。
彼にとって、あれは本当に不要な線でしかなかった。
宿場の部屋で、ミラは記録帳を開いた。
ネロの死。
三番倉庫の物証回収。
エリオットの右手の兆し。
ガレス側の追跡はまだ知らない。
セヴランの視線も、完全には見えない。
それでも、書かなければならない。
――ネロさん死亡。黒輪暴走。
――三番倉庫の物証は回収済み。
――彼は最後に、自分の意志で証拠を残した。
――助けることと、救いきれることは違う。
――残されたものを無駄にしない。
筆が止まった。
隣でエリオットが静かに言った。
「明日はリンドルに着く」
「はい」
「物資を整えて、次の治療先を決める」
「はい」
「そして、ネロの残した物を王都へ繋ぐ」
ミラは頷いた。
涙は出なかった。
でも、胸は痛かった。
その痛みを抱えたまま、ミラはもう一文を書いた。
――私たちは、次へ進む。
白花の灯りが、宿場の小さな部屋で静かに揺れていた。




