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落ちこぼれ治療師は傷ついた騎士の剣を取り戻す  作者: 月森しおり
第一章 旅の治療師と傷ついた騎士
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騎士団の外側 3

王都では、ガレス・オルブライトが新しい報告を受けていた。

 騎士団本部ではない。

 王都北区の古い貴族屋敷の一室。

 表向きには使われていない応接間。

 そこに、灰色の外套を着た男が膝をついていた。

「リンドル方面で、右腕を負傷した大柄な男と若い治療師が確認されました」

 ガレスは椅子に座ったまま、指先で肘掛けを叩いた。

「騎士団の者ではないな」

「はい。宿場の厩番からの情報です」

「状態は」

「男は杖を使用。右腕は補助具で固定。ですが、完全に動かないわけではない可能性があると」

 ガレスの指が止まった。

「なぜそう思う」

「宿場で荷を下ろす際、右手の指がわずかに動いたように見えた者がいると」

 沈黙。

 ガレスの目が冷える。

 白光が戻り始めている。

 セヴランは観察などと言っている場合ではない。

「追跡を続けろ」

「はい」

「ただし、騎士団名は使うな。宿場、厩、薬草商、御者。金で動く者を使え。近づきすぎるな」

「襲撃は?」

「まだだ」

 ガレスは低く言った。

「まず右腕の状態を確かめる。治療師の力もだ。事故に見せられる機会があれば、足止めしろ」

「足止め」

「荷物を盗む。馬を逃がす。薬草袋を奪う。道を塞ぐ。殺す必要はない」

 今はまだ。

 殺せばアルベルトが動く。

 ユアンも嗅ぎつける。

 セヴランも余計なことをする。

 だから、見えない手で削る。

 騎士団の外側から。

「それから」

 ガレスは続けた。

「リンドルの三番倉庫の件を調べろ。何か回収された可能性がある」

「セヴラン側が動いたと聞いています」

「あの男は信用するな」

 吐き捨てるような声だった。

「もし物証が王都へ向かっているなら、途中で止める」

「承知しました」

 男が消えるように部屋を出ていく。

 ガレスは一人になった応接間で、低く呟いた。

「戻らせはしない」

 エリオット・バーンスタン。

 王都へ戻る前に、もう一度折る。

 そのためなら、騎士団の剣でなくとも構わない。

     

 その夜、セヴラン・ノックスは黒い水晶盤の前で微笑んでいた。

 盤面には、ネロの反応が消えた跡が、黒い小さな穴のように残っている。

「終わりましたか」

 研究員が問う。

「ええ」

 セヴランは興味なさそうに答えた。

「不要な線を切っただけです」

「三番倉庫の証拠は?」

「一部は拾われましたね」

「よろしいのですか」

「証拠は人を動かします。職人は王都へ送る。魔術院は解析する。騎士団はざわつく。ガレスは焦る」

 セヴランは盤面の別の光を見た。

 リンドル方面を進む、白花と剣の小さな反応。

「そして彼らも、次へ進む」

 その声は楽しげだった。

「物語は、止まっている時より動いている時の方が観察しやすい」

 研究員は何も答えなかった。

 セヴランは、ネロの消えた反応をもう見ていない。

 彼にとって、あれは本当に不要な線でしかなかった。

     

 宿場の部屋で、ミラは記録帳を開いた。

 ネロの死。

 三番倉庫の物証回収。

 エリオットの右手の兆し。

 ガレス側の追跡はまだ知らない。

 セヴランの視線も、完全には見えない。

 それでも、書かなければならない。

 ――ネロさん死亡。黒輪暴走。

 ――三番倉庫の物証は回収済み。

 ――彼は最後に、自分の意志で証拠を残した。

 ――助けることと、救いきれることは違う。

 ――残されたものを無駄にしない。

 筆が止まった。

 隣でエリオットが静かに言った。

「明日はリンドルに着く」

「はい」

「物資を整えて、次の治療先を決める」

「はい」

「そして、ネロの残した物を王都へ繋ぐ」

 ミラは頷いた。

 涙は出なかった。

 でも、胸は痛かった。

 その痛みを抱えたまま、ミラはもう一文を書いた。

 ――私たちは、次へ進む。

 白花の灯りが、宿場の小さな部屋で静かに揺れていた。



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