表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
落ちこぼれ治療師は傷ついた騎士の剣を取り戻す  作者: 月森しおり
第一章 旅の治療師と傷ついた騎士
PR
156/193

騎士団の外側 2

 しばらく、誰も動かなかった。

 倉庫の外で、村人たちが息を潜めている気配がする。

 オリヴァーはゆっくりと手を離した。

 白石布は黒く焼け焦げ、指先に嫌な熱を残している。

 ネロの右手首には、黒輪が残っていた。

 命を奪ったあとも、まるで役目を終えた道具のようにそこにある。

 オリヴァーは、その輪を見て静かに言った。

「君の言葉も、残す」

 罪は消えない。

 ネロが運んだ荷で、グレイル村は傷ついた。

 彼は金を受け取り、見ないふりをした。

 その事実は変わらない。

 けれど、最後に残したものもまた事実だった。

 セヴランが「知らない男だ」と切り捨てても、三番倉庫の床下から出てきた物は消えない。

 ネロが生きた痕跡は、証拠になった。

     

 その日の夕方、オリヴァーはミラ宛ての手紙を書いた。

 何度も書き直した。

 父親として、何をどこまで伝えるべきか迷ったからだ。

 だが、曖昧にしてはいけないと思った。

 ミラはもう、ただ守られる子どもではない。

 苦しいことも、真実として受け取らなければならない場所に立っている。

 ――ミラへ。

 ――ネロは亡くなりました。

 ――三番倉庫で、彼の言った通り物証を回収しました。黒い蜜蝋、符号の刻まれた木札、金属片、黒紙人形の灰です。

 ――戻った時、黒輪が暴走していました。抑制具と白石布で時間は稼げましたが、止めきれませんでした。

 ――彼は最後に、物が残ったことを知りました。

 ――そして、あなたに伝えてほしいと言いました。

 ――「自分は助けられるような人間ではなかった。でも、あいつの道具のままでは終わらなかった」と。

 ――ミラ。あなたが彼を救いきれなかったのではありません。彼は最後に、自分で選んで証拠を残しました。

 ――その選択を、私たちは無駄にしません。

 筆を置いたあと、オリヴァーは深く息を吐いた。

 ロアンは隣で王都へ送る証拠の目録を作っている。

 ダリオは外で見張りに立っていた。

 グレイル村の夜は静かだった。

 けれど、その静けさの中に、ひとつの命が消えた重みが残っていた。

     

 同じ頃、リンドルへ向かう途中の宿場で、ミラは父からの使いを受け取った。

 夕食の前だった。

 薬草茶を淹れていたミラの手が、封を見た瞬間に止まる。

 オリヴァーの筆跡。

 緊急ではない。

 けれど、重い報告だとすぐに分かった。

 エリオットが向かいの椅子から顔を上げた。

「読むか」

「はい」

 封を開く。

 読み進めるほどに、ミラの顔から色が消えていった。

 ネロは亡くなりました。

 その一文で、指が震える。

 分かっていた。

 危険だと分かっていた。

 助けきれないかもしれないと分かっていた。

 それでも、現実として書かれた文字は、胸に深く刺さった。

 ミラは最後まで読んだ。

 読み終えて、しばらく何も言えなかった。

 エリオットは急かさなかった。

 ただ、静かに待っていた。

「ネロさん……亡くなったそうです」

 ようやく、ミラは言った。

「ああ」

「三番倉庫の証拠は、見つかったって」

「ああ」

「最後に……あいつの道具のままでは終わらなかった、と」

 声が震えた。

 ミラは手紙を握りしめる。

「私、助けられませんでした」

 言ってしまってから、唇を噛んだ。

 言わないようにしていた言葉だった。

 けれど、出てしまった。

 エリオットはゆっくりと答えた。

「君が救えなかった命じゃない」

「でも」

「黒輪を作ったのは君じゃない。締めたのも君じゃない」

「それでも、私は」

「ミラ」

 エリオットの声は低かった。

 怒っているのではない。

 ただ、真っ直ぐに彼女を止める声だった。

「ネロは、最後に自分で選んだ。自分のために隠したものを、俺たちに渡した。使い捨てられるだけでは終わらないと決めた」

 ミラは目を伏せた。

「その選択まで、君の失敗にするな」

 胸の奥が痛んだ。

 けれど、その痛みは少しだけ違っていた。

 自分を責める痛みではなく、ネロが最後に残したものを受け取る痛み。

 ミラはゆっくり頷いた。

「……はい」

 エリオットは左手で杯を差し出した。

「飲め」

 ミラは少しだけ笑いそうになった。

 こんな時でも、彼は薬草茶を差し出す。

「記録しますか?」

「する」

「ひどいです」

「必要だ」

 ミラは杯を受け取った。

 温かい薬草茶の香りが、少しだけ呼吸を助けてくれた。



評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ