三番倉庫の黒い迎え 3
倉庫を出た時、外で待っていた店主の顔色は悪かった。
「中で、何が」
「証拠は回収しました」
オリヴァーは遮断箱を抱えていた。
「ただし、罠もありました。三番倉庫はしばらく封鎖してください。誰も入れないように」
「分かった」
「倉庫番の眠気は、術式によるものです。彼も診た方がいい」
「すぐ手配しよう」
ダリオは外套の裂け目を見下ろし、眉をひそめていた。
「針は通っていない。だが、外套は駄目だな」
「命が残っただけ安いものです」
ロアンが言うと、ダリオは短く笑った。
「職人見習いに慰められるとはな」
オリヴァーは周囲を見た。
視線はない。
人影もない。
だが、見られていた。
それは間違いない。
「急ぎます」
オリヴァーは言った。
「一部は王都へ送る。もう一部は、グレイルへ持ち帰る。ネロに確認する必要があります」
ロアンが不安そうに言う。
「ネロ、生きてますよね」
誰もすぐには答えなかった。
その頃、グレイル村の隔離倉庫では、ネロが目を覚ましていた。
右手首が熱い。
黒輪抑制具の下で、輪がゆっくり脈打っている。
締められてはいない。
だが、何かが伝わってきた。
三番倉庫の床下。
黒い蜜蝋。
欠けた木札。
見つかった。
ネロは荒い息を吐き、かすかに笑った。
「……ざまあ、見ろ」
誰に言ったのか、自分でも分からなかった。
その瞬間、黒輪が強く熱を持った。
ネロの喉が締まる。
「っ……!」
見張りの村人が異変に気づき、鐘を鳴らした。
一回ではない。
二回でもない。
三回、続けて。
倉庫異常。
村の手順が動き出す。
村人が白石布を取りに走り、別の者が診療所へ向かう。手順書に従い、誰も一人で中へ入らない。
ネロは床に倒れ、右手首を押さえた。
黒輪の奥から、遠い声が聞こえた気がした。
――余計なものを残しましたね。
セヴランの声ではない。
声ですらない。
ただ、そう言われたと分かる冷たさ。
ネロは喉を締められながら、笑おうとした。
「……遅えよ」
声にはならなかった。
だが、口の形だけがそう動いた。
リンドルの魔道具屋では、オリヴァーが遮断箱を開けずに封印を重ねていた。
黒い蜜蝋の欠け。
木札。
金属片。
黒紙人形の灰。
錠前の黒い粉。
すべてを分け、符号をつける。
店主は王都行きの安全便を手配している。
ロアンは震えが収まらない手で記録を書いていた。
ダリオは扉の外に立ち、誰も近づけない。
その時、グレイル村からの伝令が飛び込んできた。
「ネロが……黒輪が暴れています!」
ロアンの筆が止まった。
オリヴァーは、ほんの一瞬だけ目を閉じた。
そして、遮断箱を閉じる。
「戻る」
声は静かだった。
「証拠は?」
店主が問う。
「一箱はここに。もう一箱は私が持つ。王都への便は予定通り」
「分かりました」
オリヴァーは立ち上がった。
間に合うかは分からない。
いや、間に合わないかもしれない。
それでも戻る。
ネロが残したものは、確かに見つかった。
それを伝えるために。
遠く、リンドルへ向かう街道で、ミラはふと立ち止まった。
胸元の白花のペンダントが、かすかに冷えた気がした。
「ミラ?」
エリオットが振り返る。
「今、何か……」
彼も左手で護符を押さえていた。
補助具に包まれた右手の親指が、ほんのわずかに震えている。
痛みではない。
嫌な気配。
グレイル村の方角から、細く黒いものが遠ざかるような感覚。
「ネロかもしれない」
エリオットが低く言った。
ミラの顔から血の気が引いた。
「戻りますか」
そう言いかけて、自分で言葉を止めた。
戻れば、間に合うのか。
戻れば、何ができるのか。
戻れば、グレイル村に残した手順を信じないことになるのか。
エリオットは何も急かさなかった。
ただ、静かに言った。
「オリヴァー殿がいる」
その言葉は、突き放すものではなかった。
信じるための言葉だった。
ミラは目を閉じ、白花のペンダントを握った。
「……はい」
声は震えていた。
「父さんたちがいます」
そして、ネロが残したものも。
二人はしばらくグレイル村の方角を見ていた。
灰色の空の下で、次の別れが近づいていることを、まだ知らないまま。




