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落ちこぼれ治療師は傷ついた騎士の剣を取り戻す  作者: 月森しおり
第一章 旅の治療師と傷ついた騎士
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三番倉庫の黒い迎え 3

 倉庫を出た時、外で待っていた店主の顔色は悪かった。

「中で、何が」

「証拠は回収しました」

 オリヴァーは遮断箱を抱えていた。

「ただし、罠もありました。三番倉庫はしばらく封鎖してください。誰も入れないように」

「分かった」

「倉庫番の眠気は、術式によるものです。彼も診た方がいい」

「すぐ手配しよう」

 ダリオは外套の裂け目を見下ろし、眉をひそめていた。

「針は通っていない。だが、外套は駄目だな」

「命が残っただけ安いものです」

 ロアンが言うと、ダリオは短く笑った。

「職人見習いに慰められるとはな」

 オリヴァーは周囲を見た。

 視線はない。

 人影もない。

 だが、見られていた。

 それは間違いない。

「急ぎます」

 オリヴァーは言った。

「一部は王都へ送る。もう一部は、グレイルへ持ち帰る。ネロに確認する必要があります」

 ロアンが不安そうに言う。

「ネロ、生きてますよね」

 誰もすぐには答えなかった。

     

 その頃、グレイル村の隔離倉庫では、ネロが目を覚ましていた。

 右手首が熱い。

 黒輪抑制具の下で、輪がゆっくり脈打っている。

 締められてはいない。

 だが、何かが伝わってきた。

 三番倉庫の床下。

 黒い蜜蝋。

 欠けた木札。

 見つかった。

 ネロは荒い息を吐き、かすかに笑った。

「……ざまあ、見ろ」

 誰に言ったのか、自分でも分からなかった。

 その瞬間、黒輪が強く熱を持った。

 ネロの喉が締まる。

「っ……!」

 見張りの村人が異変に気づき、鐘を鳴らした。

 一回ではない。

 二回でもない。

 三回、続けて。

 倉庫異常。

 村の手順が動き出す。

 村人が白石布を取りに走り、別の者が診療所へ向かう。手順書に従い、誰も一人で中へ入らない。

 ネロは床に倒れ、右手首を押さえた。

 黒輪の奥から、遠い声が聞こえた気がした。

 ――余計なものを残しましたね。

 セヴランの声ではない。

 声ですらない。

 ただ、そう言われたと分かる冷たさ。

 ネロは喉を締められながら、笑おうとした。

「……遅えよ」

 声にはならなかった。

 だが、口の形だけがそう動いた。

     

 リンドルの魔道具屋では、オリヴァーが遮断箱を開けずに封印を重ねていた。

 黒い蜜蝋の欠け。

 木札。

 金属片。

 黒紙人形の灰。

 錠前の黒い粉。

 すべてを分け、符号をつける。

 店主は王都行きの安全便を手配している。

 ロアンは震えが収まらない手で記録を書いていた。

 ダリオは扉の外に立ち、誰も近づけない。

 その時、グレイル村からの伝令が飛び込んできた。

「ネロが……黒輪が暴れています!」

 ロアンの筆が止まった。

 オリヴァーは、ほんの一瞬だけ目を閉じた。

 そして、遮断箱を閉じる。

「戻る」

 声は静かだった。

「証拠は?」

 店主が問う。

「一箱はここに。もう一箱は私が持つ。王都への便は予定通り」

「分かりました」

 オリヴァーは立ち上がった。

 間に合うかは分からない。

 いや、間に合わないかもしれない。

 それでも戻る。

 ネロが残したものは、確かに見つかった。

 それを伝えるために。

     

 遠く、リンドルへ向かう街道で、ミラはふと立ち止まった。

 胸元の白花のペンダントが、かすかに冷えた気がした。

「ミラ?」

 エリオットが振り返る。

「今、何か……」

 彼も左手で護符を押さえていた。

 補助具に包まれた右手の親指が、ほんのわずかに震えている。

 痛みではない。

 嫌な気配。

 グレイル村の方角から、細く黒いものが遠ざかるような感覚。

「ネロかもしれない」

 エリオットが低く言った。

 ミラの顔から血の気が引いた。

「戻りますか」

 そう言いかけて、自分で言葉を止めた。

 戻れば、間に合うのか。

 戻れば、何ができるのか。

 戻れば、グレイル村に残した手順を信じないことになるのか。

 エリオットは何も急かさなかった。

 ただ、静かに言った。

「オリヴァー殿がいる」

 その言葉は、突き放すものではなかった。

 信じるための言葉だった。

 ミラは目を閉じ、白花のペンダントを握った。

「……はい」

 声は震えていた。

「父さんたちがいます」

 そして、ネロが残したものも。

 二人はしばらくグレイル村の方角を見ていた。

 灰色の空の下で、次の別れが近づいていることを、まだ知らないまま。

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