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落ちこぼれ治療師は傷ついた騎士の剣を取り戻す  作者: 月森しおり
第一章 旅の治療師と傷ついた騎士
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グレイル村を発つ日 2

 出発の準備を終える前に、ミラはネロのいる倉庫へ向かった。

 オリヴァーが同行し、エリオットも入口までついてきた。右腕に負担をかけないため、倉庫内へは深く入らない。

 ネロは壁にもたれて座っていた。

 黒輪抑制具は二重化され、白石布でさらに覆われている。顔色は悪い。けれど、意識ははっきりしていた。

「行くのか」

 ネロが言った。

「はい」

 ミラは少し離れた位置で膝をついた。

「村の手順は残しました。父さんたちはもう少し残ります。三番倉庫のことも、必ず調べます」

「ふうん」

 ネロは薄く笑った。

「律儀だな」

「ネロさんが教えてくれたことですから」

「俺は自分のために隠しただけだ」

「それでも、今は私たちに渡してくれました」

 ネロはしばらく黙った。

 黒輪がわずかに脈打つ。

 オリヴァーが反応針を見る。まだ震えはない。

「治療師ちゃん」

「はい」

「俺が死んでも、あんたのせいじゃねえぞ」

 ミラの喉が詰まった。

 言い返したい。

 死なないでくださいと言いたい。

 でも、それがどれほど軽い言葉になるのかも分かっていた。

 セヴランの黒輪は、ミラの願いだけで外せるものではない。

「……死なないでください」

 それでも、言った。

 ネロは呆れたように目を細める。

「言うと思った」

「言います」

「ほんと、変な治療師だな」

「よく言われます」

「言われてるのかよ」

 ネロはかすかに笑い、それからエリオットを見た。

「元騎士」

「何だ」

「右手、動いたんだろ。無駄にすんなよ」

 エリオットはまっすぐネロを見た。

「お前が残したものもな」

 ネロの表情が一瞬だけ止まった。

 そして、口元だけで笑う。

「……そうしろ」

 黒輪がまた小さく熱を持つ。

 ミラは立ち上がった。

 これ以上、長く話させてはいけない。

「ネロさん」

「あ?」

「助けることと、信用することは別だと、兄に言われました」

「いい兄貴だな」

「はい。だから、私はあなたを完全には信用していません」

 ネロは少し驚いたように目を開いた。

「でも、あなたが残そうとしたものは信じます」

 その言葉に、ネロは視線を逸らした。

「……十分だ」

 小さな声だった。

 それが別れの言葉だった。

     

 荷物は少なかった。

 ミラの旅鞄。

 薬草。

 包帯。

 記録帳。

 白花のペンダント。

 エリオットの補助具と杖。

 リンドルへ持ち帰る患者記録の写し。

 瘴気の核は、オリヴァーが管理したまま残る。今すぐ運ぶには危険すぎる。王都へ送るサンプルも、まずはリンドルの魔道具屋を経由することになっていた。

 オリヴァーは、ミラの鞄の中身を最後まで確認した。

「薬草は足りるね」

「はい」

「包帯は」

「昨日補充しました」

「反応針は二本」

「入っています」

「自分用の薬草茶は?」

「……入れました」

「本当に?」

 ミラは鞄の奥から小袋を取り出して見せた。

 オリヴァーは満足そうに頷く。

「よろしい」

「父さん、私、子どもじゃないよ」

「知っているよ」

 オリヴァーは優しく言った。

「でも、父親は確認するものだ」

 そう言われると、ミラは何も言えなかった。

 オリヴァーは次にエリオットを見た。

「エリオット君」

「はい」

「右腕は、絶対に無理をしないこと。動いたからといって試さない。感覚が戻った部分を守る。痛みが四を超えたら、その日は移動をやめる」

「分かりました」

「ミラが治療数を増やしそうなら止める」

「はい」

「ミラが食事を抜きそうなら」

「食べさせます」

「薬草茶を飲まなかったら」

「記録します」

「記録するだけじゃなく、飲ませてください」

 エリオットは真面目に頷いた。

「分かりました」

 ミラは思わず言った。

「私の保護者が増えていませんか」

 ロアンが横から笑った。

「増えてるね」

「ロアンさんまで」

「でも必要だよ、ミラちゃん」

 ダリオが手綱を確認しながら短く言った。

「諦めろ」

 ミラは少しだけ頬を膨らませた。

 その様子に、エリオットがほんのわずかに笑った。

「今、笑いましたね」

「少しだけ」

「認めましたね」

「認める」

 そんな小さなやり取りができるくらいには、出発の朝は穏やかだった。

 それが、ありがたかった。

     


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