村に残すもの 2
昼前、村長と村の主だった者たちが診療所に集められた。
机の上には、ミラとオリヴァーがまとめた手順書が置かれている。
水場管理。
患者の症状記録。
坑道入口と排水路の点検。
反応針の見方。
白石粉と封印布の交換時期。
黒根と黒棘の違い。
急変時の対応。
リンドル魔道具屋への連絡方法。
ミラは、一つずつ説明した。
「黒棘の患者さんは、咳や胸の痛みが強く出ます。黒根の患者さんは、喉の痛みや腹の重さ、食欲不振が出やすいです。どちらも無理に動かさず、記録してください」
村の女性が真剣に頷く。
「薬草茶は、朝と夕方。苦しそうなら蒸気薬。黒い靄が出たら浄化布で受けて、白石粉の皿に置く」
「はい。針が震えたら?」
「すぐ知らせてください。リンドルへも連絡を。絶対に患者さんを一人で動かさないで」
別の男が手を上げた。
「坑道入口の布が黒くなった時は?」
オリヴァーが答える。
「直接触らない。棒で外して、白石粉を撒いた桶に入れる。新しい封印布はロアンが印をつけた箱に入れてあります。交換したら記録板に日付を書くこと」
ロアンが手順書の端を指す。
「濾過布と吸着板の交換は三日に一度。ただし、反応針が黒変したら日数に関係なく交換してください。やり方は午後にもう一度実演します」
ダリオは村の見張り役へ言った。
「怪しい者を見ても追うな。鐘を鳴らせ。追うのは訓練した者がやる。敵がいるなら、追わせるために姿を見せることもある」
村人たちは青ざめながらも、真剣に聞いている。
ミラはその顔を見ながら、胸が締めつけられるようだった。
この人たちは、ただ暮らしていただけだった。
水を汲み、畑を見て、坑道道を直し、家族のために食事を作り、子どもを育てていただけだった。
それなのに、悪意ある術式に生活を踏みにじられた。
怒りがこみ上げる。
だが、その怒りで治療人数を増やしてはいけない。
その言葉を、ライヘルに何度も書かれた。
エリオットにも言われた。
父にも言われた。
そして今は、ミラ自身も分かっている。
怒りは、手順に変える。
そうしなければ、守り続けることはできない。
午後、ネロの黒輪の状態が確認された。
昨日の遠隔糸の反応以降、黒輪は静かだった。静かすぎるほどだった。
それがかえって不気味だった。
ネロは倉庫の壁にもたれ、薄く目を開けている。
「今日は、調子は?」
オリヴァーが尋ねると、ネロは鼻で笑った。
「死んでねえだけ上等だろ」
「それはそうだね」
「三番倉庫、行くんだろ」
「ああ」
オリヴァーは隠さなかった。
「君の言った床下を調べる」
「早くしろ。あそこは消される」
「分かっている」
ネロはミラを見た。
今日はミラも少し離れた入口側に立っている。直接処置はしない。ただ、ネロが望んだため、一度だけ顔を見せに来た。
「治療師ちゃん」
「はい」
「俺を助けようとすんなよ」
ミラは一瞬、言葉を失った。
ネロは乾いた声で笑う。
「あんた、そういう顔してる。俺を助けられなかったら、自分のせいだと思う顔だ」
「……そんなことは」
「思うだろ」
黒輪がわずかに脈打った。
エリオットがすぐに護符を握る。
ネロは苦しげに息を吐きながら、それでも続けた。
「俺は、いい人間じゃねえ。荷を運んだ。金を受け取った。見ないふりもした。村がこうなった責任の端っこくらい、俺にもある」
ミラは何も言えなかった。
「でもな」
ネロは視線を逸らした。
「俺が死んでも、あいつの勝ちにはしたくねえ」
あいつ。
先生。
名を出せない相手。
「だから、三番倉庫を見ろ。俺の口じゃなく、物を見ろ。俺は知らねえって言われても、物は残る」
ミラはゆっくり頷いた。
「必ず、調べます」
「それは職人さんの仕事だろ」
「はい。でも、私も忘れません」
ネロは少しだけ目を細めた。
「そういうとこが、ほんと変だよな」
「よく言われます」
「言われてんのかよ」
かすかな笑いが漏れた。
そのすぐ後、ネロは咳き込み、オリヴァーが白石布を当てた。
発作にはならなかった。
だが、猶予が長くないことは、誰の目にも明らかだった。




