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落ちこぼれ治療師は傷ついた騎士の剣を取り戻す  作者: 月森しおり
第一章 旅の治療師と傷ついた騎士
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村に残すもの 2

 昼前、村長と村の主だった者たちが診療所に集められた。

 机の上には、ミラとオリヴァーがまとめた手順書が置かれている。

 水場管理。

 患者の症状記録。

 坑道入口と排水路の点検。

 反応針の見方。

 白石粉と封印布の交換時期。

 黒根と黒棘の違い。

 急変時の対応。

 リンドル魔道具屋への連絡方法。

 ミラは、一つずつ説明した。

「黒棘の患者さんは、咳や胸の痛みが強く出ます。黒根の患者さんは、喉の痛みや腹の重さ、食欲不振が出やすいです。どちらも無理に動かさず、記録してください」

 村の女性が真剣に頷く。

「薬草茶は、朝と夕方。苦しそうなら蒸気薬。黒い靄が出たら浄化布で受けて、白石粉の皿に置く」

「はい。針が震えたら?」

「すぐ知らせてください。リンドルへも連絡を。絶対に患者さんを一人で動かさないで」

 別の男が手を上げた。

「坑道入口の布が黒くなった時は?」

 オリヴァーが答える。

「直接触らない。棒で外して、白石粉を撒いた桶に入れる。新しい封印布はロアンが印をつけた箱に入れてあります。交換したら記録板に日付を書くこと」

 ロアンが手順書の端を指す。

「濾過布と吸着板の交換は三日に一度。ただし、反応針が黒変したら日数に関係なく交換してください。やり方は午後にもう一度実演します」

 ダリオは村の見張り役へ言った。

「怪しい者を見ても追うな。鐘を鳴らせ。追うのは訓練した者がやる。敵がいるなら、追わせるために姿を見せることもある」

 村人たちは青ざめながらも、真剣に聞いている。

 ミラはその顔を見ながら、胸が締めつけられるようだった。

 この人たちは、ただ暮らしていただけだった。

 水を汲み、畑を見て、坑道道を直し、家族のために食事を作り、子どもを育てていただけだった。

 それなのに、悪意ある術式に生活を踏みにじられた。

 怒りがこみ上げる。

 だが、その怒りで治療人数を増やしてはいけない。

 その言葉を、ライヘルに何度も書かれた。

 エリオットにも言われた。

 父にも言われた。

 そして今は、ミラ自身も分かっている。

 怒りは、手順に変える。

 そうしなければ、守り続けることはできない。

     

 午後、ネロの黒輪の状態が確認された。

 昨日の遠隔糸の反応以降、黒輪は静かだった。静かすぎるほどだった。

 それがかえって不気味だった。

 ネロは倉庫の壁にもたれ、薄く目を開けている。

「今日は、調子は?」

 オリヴァーが尋ねると、ネロは鼻で笑った。

「死んでねえだけ上等だろ」

「それはそうだね」

「三番倉庫、行くんだろ」

「ああ」

 オリヴァーは隠さなかった。

「君の言った床下を調べる」

「早くしろ。あそこは消される」

「分かっている」

 ネロはミラを見た。

 今日はミラも少し離れた入口側に立っている。直接処置はしない。ただ、ネロが望んだため、一度だけ顔を見せに来た。

「治療師ちゃん」

「はい」

「俺を助けようとすんなよ」

 ミラは一瞬、言葉を失った。

 ネロは乾いた声で笑う。

「あんた、そういう顔してる。俺を助けられなかったら、自分のせいだと思う顔だ」

「……そんなことは」

「思うだろ」

 黒輪がわずかに脈打った。

 エリオットがすぐに護符を握る。

 ネロは苦しげに息を吐きながら、それでも続けた。

「俺は、いい人間じゃねえ。荷を運んだ。金を受け取った。見ないふりもした。村がこうなった責任の端っこくらい、俺にもある」

 ミラは何も言えなかった。

「でもな」

 ネロは視線を逸らした。

「俺が死んでも、あいつの勝ちにはしたくねえ」

 あいつ。

 先生。

 名を出せない相手。

「だから、三番倉庫を見ろ。俺の口じゃなく、物を見ろ。俺は知らねえって言われても、物は残る」

 ミラはゆっくり頷いた。

「必ず、調べます」

「それは職人さんの仕事だろ」

「はい。でも、私も忘れません」

 ネロは少しだけ目を細めた。

「そういうとこが、ほんと変だよな」

「よく言われます」

「言われてんのかよ」

 かすかな笑いが漏れた。

 そのすぐ後、ネロは咳き込み、オリヴァーが白石布を当てた。

 発作にはならなかった。

 だが、猶予が長くないことは、誰の目にも明らかだった。

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