兄への手紙 3
数日後、ミラの手紙は王都へ届いた。
王立魔術院の一室。
積み上げられた資料と魔力灯の光の中で、ライヘル・コックスは妹からの封書を手に取った。
ミラからの手紙は珍しくない。
旅先からの近況。
薬草の依頼。
患者の症例についての相談。
時には、ただ無事を知らせる短い報告。
今回もその類だと思った。
けれど、封を切って読み始めたライヘルの表情は、すぐに変わった。
「……エリオット・バーンスタン?」
その名を見た瞬間、彼の指が止まる。
王都騎士団の有望株。
二年前、魔物討伐で右腕を損傷し、退団した若き騎士。
ライヘルも、直接会ったことはない。
だが名前は知っていた。
治療不能症例として。
王立魔術院でも一時、話題になった記録として。
彼は手紙を読み進める。
黒い瘴気。
魔力路損傷。
白花の護符。
治癒の女神。
守護騎士。
試し石の白い筋。
ライヘルの目が鋭くなった。
「試し石……?」
彼は立ち上がり、書棚の奥から古い資料目録を取り出した。
騎士叙任。
聖遺物。
王家保管記録。
閲覧制限。
該当する項目を見つけた瞬間、ライヘルの表情がさらに険しくなる。
「なぜ、こんなところに封印指定が……」
彼はすぐに別の書類を探し始めた。
エリオット・バーンスタンの負傷記録。
討伐任務報告。
魔物の瘴気分析。
治療院から魔術院へ送られたはずの症例記録。
だが、いくつかの記録が見つからない。
あるはずの資料が、ない。
目録には痕跡がある。
しかし本文が抜けている。
閲覧制限ではない。
削除されている。
ライヘルは机に手をつき、低く呟いた。
「ミラ……お前はいったい、何に触れているんだ」
魔力灯の光が揺れる。
妹からの手紙の最後の一文が、ライヘルの目に入った。
――彼は研究対象ではなく、私の患者です。
ライヘルはしばらくその文を見つめていた。
そして、静かに手紙を畳む。
「分かっている」
誰にともなく、彼は答えた。
「だがこれは、ただの患者の話では済まないぞ」
王都の夜は深い。
窓の外、王宮の塔が闇の中に浮かんでいる。
その奥深くには、王家の宝剣が眠っている。
そして今、遠い村で、封じられたはずの守護騎士の名が再び動き出そうとしていた。




