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落ちこぼれ治療師は傷ついた騎士の剣を取り戻す  作者: 月森しおり
第一章 旅の治療師と傷ついた騎士
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139/193

遅れて届く裏付け 3

 午後、グレイル村では新しい手順が作られた。

 飲み水は南の泉から運ぶ。

 運んだ水は、必ず反応針で確認する。

 濁りや針先の曇りがあれば使用しない。

 北側の古井戸は封印布を掛け、村人は近づかない。

 ほかの井戸も一時使用禁止。

 排水路付近は白石粉の輪を作り、子どもを近づけない。

 水を飲んだ後に喉の痛みや腹部違和感が出た者は診療所へ。

 黒根状反応の治療は、喉側から浅く、無理に引き抜かない。

 ミラは村の女性たちに、黒棘と黒根の違いを説明した。

 難しい術式の話はしない。

 風で入ったものは胸に刺さる。

 水で入ったものは喉から沈む。

 だから咳だけでなく、喉の痛みや腹の重さも見逃さない。

 それだけを、何度も繰り返した。

 村人たちは真剣に聞いていた。

 怖いのだ。

 当然だった。

 飲み水が危ないと言われて、怖くない人間などいない。

 けれど、怖いだけでは何も守れない。

「分からない時は、必ず聞いてください」

 ミラは言った。

「全部を一度に覚えなくて大丈夫です。手順を書いて残します。皆さんができる形にします」

 その言葉に、村の女性の一人が涙ぐみながら頷いた。

「治療師さんたちは、いつか村を出るんですよね」

 ミラは一瞬、言葉に詰まった。

 それは、避けて通れないことだった。

「はい」

 正直に答える。

「でも、出る前に、村の皆さんが続けられる形を作ります」

 エリオットが隣で静かに続けた。

「危険を見つける方法と、避ける方法を残します。俺たちがいなくなっても、何をすればいいか分かるように」

 村人たちは、少しずつ頷いた。

 不安は消えない。

 けれど、道は見え始めていた。

     

 夕方、ミラは診療所の外で空を見上げた。

 灰色の雲はまだ晴れない。

 井戸も戻っていない。

 坑道奥の箱も残っている。

 患者の全員が治ったわけでもない。

 それでも、昨日より分かっていることが増えた。

 風に乗る黒。

 水に沈む黒。

 黒棘と黒根。

 使っていい水と、近づいてはいけない場所。

 分かることが増えれば、守り方も増える。

 隣にエリオットが来た。

「疲れたか」

「疲れました」

「珍しく素直だな」

「今日は、素直に言います」

「良い傾向だ」

「……それ、やっぱり私の言葉です」

「借りている」

 ミラは少し笑った。

 そして、真面目な顔に戻る。

「グレイル村を普通の生活に戻すには、時間がかかりますね」

「ああ」

「私たちは、ずっとはいられない」

「ああ」

「でも、置いていくわけじゃない。続けられる形を作るんですよね」

「そうだ」

 エリオットは村の方を見た。

 水を運ぶ村人たち。

 反応針を慎重に覗き込む女性たち。

 封印布を見張る男たち。

 薬草茶を配る子どもたち。

「もう、この村はただ助けを待っているだけじゃない」

 ミラはゆっくり頷いた。

「はい」

 白花のペンダントが、胸元で微かに温かかった。

     

 数日後の夜、王都ではライヘルがミラからの短い返信を受け取った。

 ――水脈型、現地でも確認。北側古井戸封鎖済み。排水路反応あり。患者に黒根状反応あり。

 ――手紙は間に合いました。ありがとう。

 ――治療数は増やしていません。

 ――本当です。

 最後の一文を読んで、ライヘルは机に額を押し当てた。

「本当かな……」

 隣でオルガが笑う。

「疑われる妹さんも大変だ」

「疑わせる実績があるんです」

「それはまあ、報告を見る限り否定できないね」

 ライヘルは手紙を大切に畳んだ。

 水脈型は現地で確認された。

 グレイル村は、やはり実験場にされていた。

 怒りはある。

 けれど、今はその怒りを資料と証拠に変えなければならない。

「オルガ管理官」

「何だい」

「黒棘術式の資料、さらに掘ります。風媒型と水脈型があるなら、術式核の構造もどこかにあるはずです」

「あるだろうね」

「坑道の箱を安全に封じる方法も」

「探そう」

 オルガは古文書庫の奥を見た。

「グレイル村を実験場にした連中がいるなら、その実験記録の元になった理論も、どこかに残っている」

 ライヘルは頷いた。

 王都で資料を掘る。

 グレイルで村を守る。

 二つの場所で、同じ黒い根を追っている。

 そしてその根の先に、セヴラン・ノックスとガレス・オルブライトがいる。

 ライヘルは新しい紙を取り出した。

 妹が倒れずに踏みとどまっている。

 なら、自分も止まるわけにはいかなかった。


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