遅れて届く裏付け 3
午後、グレイル村では新しい手順が作られた。
飲み水は南の泉から運ぶ。
運んだ水は、必ず反応針で確認する。
濁りや針先の曇りがあれば使用しない。
北側の古井戸は封印布を掛け、村人は近づかない。
ほかの井戸も一時使用禁止。
排水路付近は白石粉の輪を作り、子どもを近づけない。
水を飲んだ後に喉の痛みや腹部違和感が出た者は診療所へ。
黒根状反応の治療は、喉側から浅く、無理に引き抜かない。
ミラは村の女性たちに、黒棘と黒根の違いを説明した。
難しい術式の話はしない。
風で入ったものは胸に刺さる。
水で入ったものは喉から沈む。
だから咳だけでなく、喉の痛みや腹の重さも見逃さない。
それだけを、何度も繰り返した。
村人たちは真剣に聞いていた。
怖いのだ。
当然だった。
飲み水が危ないと言われて、怖くない人間などいない。
けれど、怖いだけでは何も守れない。
「分からない時は、必ず聞いてください」
ミラは言った。
「全部を一度に覚えなくて大丈夫です。手順を書いて残します。皆さんができる形にします」
その言葉に、村の女性の一人が涙ぐみながら頷いた。
「治療師さんたちは、いつか村を出るんですよね」
ミラは一瞬、言葉に詰まった。
それは、避けて通れないことだった。
「はい」
正直に答える。
「でも、出る前に、村の皆さんが続けられる形を作ります」
エリオットが隣で静かに続けた。
「危険を見つける方法と、避ける方法を残します。俺たちがいなくなっても、何をすればいいか分かるように」
村人たちは、少しずつ頷いた。
不安は消えない。
けれど、道は見え始めていた。
夕方、ミラは診療所の外で空を見上げた。
灰色の雲はまだ晴れない。
井戸も戻っていない。
坑道奥の箱も残っている。
患者の全員が治ったわけでもない。
それでも、昨日より分かっていることが増えた。
風に乗る黒。
水に沈む黒。
黒棘と黒根。
使っていい水と、近づいてはいけない場所。
分かることが増えれば、守り方も増える。
隣にエリオットが来た。
「疲れたか」
「疲れました」
「珍しく素直だな」
「今日は、素直に言います」
「良い傾向だ」
「……それ、やっぱり私の言葉です」
「借りている」
ミラは少し笑った。
そして、真面目な顔に戻る。
「グレイル村を普通の生活に戻すには、時間がかかりますね」
「ああ」
「私たちは、ずっとはいられない」
「ああ」
「でも、置いていくわけじゃない。続けられる形を作るんですよね」
「そうだ」
エリオットは村の方を見た。
水を運ぶ村人たち。
反応針を慎重に覗き込む女性たち。
封印布を見張る男たち。
薬草茶を配る子どもたち。
「もう、この村はただ助けを待っているだけじゃない」
ミラはゆっくり頷いた。
「はい」
白花のペンダントが、胸元で微かに温かかった。
数日後の夜、王都ではライヘルがミラからの短い返信を受け取った。
――水脈型、現地でも確認。北側古井戸封鎖済み。排水路反応あり。患者に黒根状反応あり。
――手紙は間に合いました。ありがとう。
――治療数は増やしていません。
――本当です。
最後の一文を読んで、ライヘルは机に額を押し当てた。
「本当かな……」
隣でオルガが笑う。
「疑われる妹さんも大変だ」
「疑わせる実績があるんです」
「それはまあ、報告を見る限り否定できないね」
ライヘルは手紙を大切に畳んだ。
水脈型は現地で確認された。
グレイル村は、やはり実験場にされていた。
怒りはある。
けれど、今はその怒りを資料と証拠に変えなければならない。
「オルガ管理官」
「何だい」
「黒棘術式の資料、さらに掘ります。風媒型と水脈型があるなら、術式核の構造もどこかにあるはずです」
「あるだろうね」
「坑道の箱を安全に封じる方法も」
「探そう」
オルガは古文書庫の奥を見た。
「グレイル村を実験場にした連中がいるなら、その実験記録の元になった理論も、どこかに残っている」
ライヘルは頷いた。
王都で資料を掘る。
グレイルで村を守る。
二つの場所で、同じ黒い根を追っている。
そしてその根の先に、セヴラン・ノックスとガレス・オルブライトがいる。
ライヘルは新しい紙を取り出した。
妹が倒れずに踏みとどまっている。
なら、自分も止まるわけにはいかなかった。




