遅れて届く裏付け 2
手紙は、その日のうちに王都を出た。
通常の騎士団便は使えない。
魔術院の正式便も危険だ。
だから、ライヘルはオリヴァー工房の古い取引先を使った。リンドルへ向かう薬種商の荷に紛れ込ませ、リンドル魔道具屋を中継し、そこからグレイル村へ。
遠回りだ。
時間もかかる。
それでも、今使える中では一番安全な道だった。
ライヘルは荷が出ていくのを見送りながら、拳を握った。
「間に合ってくれ」
隣に立つユアンが、低く言った。
「届く頃には、現地でも何か掴んでいるかもしれない」
「それなら、それでいいんです」
ライヘルは目を伏せた。
「裏づけになるだけでもいい。ミラと父さんが、判断を間違えずに済むなら」
ユアンは頷いた。
彼の懐には、リンドル魔道具屋の証言の写しと、ヴィクトルの黒い印章に関する初期報告が入っている。
王都でも、嘘が動いている。
グレイル村では、黒いものが水に沈んでいる。
どちらも、時間との戦いだった。
その日の夕方、騎士団本部の団長室では、アルベルトが王宮儀典局から受け取った写しを見つめていた。
――第七番。試し石内部に微光。魔力灯反射の可能性。要確認。
その横に、騎士団側からの回答。
――魔力灯の反射。儀式上の異常なし。以後対応不要。
承認印は、ヴィクトル・グレイン。
アルベルトは長く目を閉じた。
また頭痛がした。
だが、もう以前のように思考が霞むだけではない。
痛みの奥から、白い光が戻ってくる。
試し石の前に立った若い騎士。
真っ直ぐな姿勢。
剣を捧げる手。
石の奥を走った白光。
あれは反射ではなかった。
アルベルトは、机の上の紙に書き足した。
――王宮記録に微光の注記あり。騎士団側回答はヴィクトル印。
――反射ではない。私は見た。
その筆跡は、少しだけ強かった。
王都からの手紙がリンドルへ届いたのは、それから一日遅れてのことだった。
リンドル魔道具屋の店主は、封を確認するなり顔をしかめた。
外側は薬種商の注文票。
だが、中にはオリヴァー工房の符号。
彼はすぐに奥へ入り、封を開く。
風媒型。
水脈型。
黒根。
煮沸無効。
井戸の封鎖。
読み終えた店主は、しばらく黙った。
「……水までか」
彼はすぐに荷を整えた。
白石粉。
簡易反応針。
濾過布。
水運び用の清潔な革袋。
そして、ライヘルとオルガの手紙。
グレイルへ向かう炭焼き便を待つ時間すら惜しい。
店主は、自分の店で使っている小型の荷馬を出した。
「また厄介な便だね」
店の若い手伝いが言うと、店主は短く答えた。
「厄介だから急ぐんだ」
グレイル村へその手紙が届いたのは、さらに翌日の昼過ぎだった。
その頃、村ではすでに北側の古井戸が封鎖され、排水路の入口にも封印布が掛けられていた。
村の中央には水の配給場所が作られ、南の泉から運んだ水を反応針で確認してから配っている。
井戸を止めたことで、村人たちの不安は大きかった。
けれど、何もしないよりはずっといい。
ミラは午前の治療を終え、少し休むよう父に言われていたところだった。
そこへ、リンドルからの荷が届いた。
「王都からです!」
村の若者が息を切らして差し出した封を見て、ミラはすぐに兄の筆跡だと分かった。
「兄さんから……」
オリヴァー、エリオット、ロアン、ダリオ、村長が集まる。
ミラは封を開いた。
読み進めるほどに、部屋の空気が静かになっていく。
風媒型。
水脈型。
黒根状反応。
煮沸だけでは不十分。
井戸、排水路、地下水脈の確認。
ミラは小さく息を吐いた。
「やっぱり……」
オリヴァーが手紙を受け取り、技術的な追記に目を通す。
「現地の見立てと一致している。水脈型で間違いなさそうだ」
村長が青ざめた顔で言った。
「では、やはり井戸は……」
「今封鎖した判断は正しいです」
オリヴァーははっきり言った。
「南の泉も確認を続けます。使用する水はすべて反応針を通す。井戸の復旧は、原因の箱を封じて、水脈の反応が下がってからです」
「どのくらいかかるのでしょうか」
村長の声には、疲労が滲んでいた。
オリヴァーはすぐには答えなかった。
嘘の安心を与える場面ではない。
「数日では済まないと思います」
村長の肩が落ちる。
だが、オリヴァーは続けた。
「ただし、生活を完全に止める必要はありません。安全な水を確保し、汚染された水場を封鎖し、反応を毎日記録する。復旧には時間がかかりますが、手順は作れます」
ミラはその言葉を聞いて、胸の奥に静かな決意が生まれるのを感じた。
手順を作る。
自分たちがずっといられなくても、村が持ちこたえられるように。
ライヘルの手紙の最後には、彼らしい一文があった。
――ミラ。怒りで治療数を増やさないこと。君が倒れても、セヴランは痛くも痒くもありません。困るのは患者と、君のそばにいる人たちです。
ミラはその一文を見て、少しだけ眉を寄せた。
「兄さん、本当に心配性……」
エリオットが横から言う。
「正しい」
「エリオットさんまで」
「正しいものは正しい」
オリヴァーも頷いた。
「父さんも同意する」
ロアンまで手を挙げた。
「僕も」
ダリオが短く言う。
「俺もだ」
ミラは全員を見回した。
「……分かりました。増やしません」
「記録する」
エリオットが言った。
「もう、それは私の役目です」
「今日は俺が書く」
その言葉に、部屋の空気が少しだけ和らいだ。




