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落ちこぼれ治療師は傷ついた騎士の剣を取り戻す  作者: 月森しおり
第一章 旅の治療師と傷ついた騎士
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役割を分ける朝 2

昼前、坑道入口の応急封じがひとまず終わった。

 完全ではない。

 だが、入口の隙間に封印布が張られ、風の通り道には吸着板が置かれた。白石粉を混ぜた砂が風下に撒かれ、黒い粉がその先へ舞いにくいよう石で小さな囲いが作られている。

 作業後、反応針をかざすと、黒変はするが震えはしなかった。

 オリヴァーは記録した。

「流出量は減っている。少なくとも、村へ直で流れる風は弱まった」

 ロアンは額の汗を拭う。

「これ、毎日点検が必要ですね」

「もちろん。布は黒を吸えば劣化する。吸着板も交換がいる」

「しばらく村に滞在ですか」

「必要な間は」

「師匠、工房は?」

「ライヘルが何とかするよ」

「ライヘルさん、職人じゃないですよ」

「でも、無茶を言う客に怒るのは上手い」

 ロアンは一瞬考え、納得した顔をした。

「それはそうですね」

 ダリオが坑道の奥を見た。

「箱はまだ中か」

「ああ」

 オリヴァーも同じ方を見る。

「今は手を出さない。入口から弱め、患者を安定させ、情報を待つ」

「その間に、向こうがまた動く可能性は?」

「ある」

「なら、見張りを増やす」

 ダリオは短く言った。

「ただし、村人には追わせない。怪しい影を見ても鐘だけ。追跡は俺が見る」

「お願いします」

 オリヴァーは頷いた。

 退役騎士であるダリオの存在は、思った以上に大きかった。武器を振り回す必要はない。ただ、危険の見方を知っている人間が一人いるだけで、村の動きが変わる。

 救援とは、道具だけではない。

 人もまた、必要な道具になる。

     

 午後、ミラは二人目の重症者を診た。

 三人目は夕方に回す。

 その合間に、オリヴァーはエリオットの補助具をさらに調整し、ロアンは換気具の濾過布を交換した。村の女性たちは薬草茶を煮出し、軽症者へ配っている。

 村が、動いている。

 ミラはその光景を見て、胸の奥が温かくなるのを感じた。

 自分が動かなくても、治療が進んでいる。

 自分の手が直接触れなくても、患者の呼吸を支えるものがある。

 それは少し寂しくもあり、少し誇らしくもあった。

 夕方近く、ミラはネロの様子を見に行った。

 倉庫の中で、ネロは壁にもたれていた。昨日より顔色はましだ。黒輪抑制具の下で、右手首の黒い輪はまだ残っているが、脈動は落ち着いている。

「気分はどうですか」

「最悪よりはまし」

「それは良かったです」

「良くはねえよ」

 ネロはそう言ったが、声には以前ほどの刺々しさがなかった。

 ミラは反応針を確認する。

「第二段階より少し下がっています。抑制具が効いていますね」

「喉を締められる感じは減った」

「話しすぎると反応するかもしれません。無理はしないでください」

「……聞きたいこと、あるんだろ」

 ミラは少しだけ黙った。

「あります。でも、無理に聞き出すつもりはありません」

「変な治療師だな」

「よく言われます」

「言われてるのかよ」

 ネロは少しだけ笑いかけ、咳き込んだ。

 ミラはすぐに浄化布を当てる。

 黒い靄はほとんど出なかった。

 ネロは荒い息を整えた後、低く言った。

「黒い箱を置いた場所……奥の大きい坑道じゃねえ」

 ミラの手が止まる。

 入口にいたエリオットも顔を上げた。

「どういう意味ですか」

「見取り図と違った。俺らが案内されたのは、古い脇坑だ。今は使ってねえ道だって言われた」

 黒輪がわずかに脈打つ。

 ミラはすぐに白花の光を弱く流した。

「無理に続けないでください」

「これくらいなら、言える」

 ネロは歯を食いしばった。

「箱は一つじゃねえ。俺が見たのは二つ。もう一つ、別の荷が先に入ってた。俺らの箱は、その隣に置けって言われた」

 エリオットの表情が険しくなる。

「二つ」

「もっとあったかもしれねえ。でも、俺が見たのは二つだ」

 ネロの黒輪がまた脈打つ。

 ミラは光を強めた。

「もう大丈夫です。十分です」

 ネロは肩で息をした。

「……あんたの父親に言っとけ。大きい坑道ばかり見るな。脇坑だ」

「分かりました」

 ミラはすぐに記録した。

 坑道奥の箱は一つではない可能性。

 設置場所は大坑道ではなく古い脇坑。

 ネロが見た数は二つ。

 これは大きい。

 坑道入口を封じるだけでは足りない可能性がある。

   

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