役割を分ける朝 2
昼前、坑道入口の応急封じがひとまず終わった。
完全ではない。
だが、入口の隙間に封印布が張られ、風の通り道には吸着板が置かれた。白石粉を混ぜた砂が風下に撒かれ、黒い粉がその先へ舞いにくいよう石で小さな囲いが作られている。
作業後、反応針をかざすと、黒変はするが震えはしなかった。
オリヴァーは記録した。
「流出量は減っている。少なくとも、村へ直で流れる風は弱まった」
ロアンは額の汗を拭う。
「これ、毎日点検が必要ですね」
「もちろん。布は黒を吸えば劣化する。吸着板も交換がいる」
「しばらく村に滞在ですか」
「必要な間は」
「師匠、工房は?」
「ライヘルが何とかするよ」
「ライヘルさん、職人じゃないですよ」
「でも、無茶を言う客に怒るのは上手い」
ロアンは一瞬考え、納得した顔をした。
「それはそうですね」
ダリオが坑道の奥を見た。
「箱はまだ中か」
「ああ」
オリヴァーも同じ方を見る。
「今は手を出さない。入口から弱め、患者を安定させ、情報を待つ」
「その間に、向こうがまた動く可能性は?」
「ある」
「なら、見張りを増やす」
ダリオは短く言った。
「ただし、村人には追わせない。怪しい影を見ても鐘だけ。追跡は俺が見る」
「お願いします」
オリヴァーは頷いた。
退役騎士であるダリオの存在は、思った以上に大きかった。武器を振り回す必要はない。ただ、危険の見方を知っている人間が一人いるだけで、村の動きが変わる。
救援とは、道具だけではない。
人もまた、必要な道具になる。
午後、ミラは二人目の重症者を診た。
三人目は夕方に回す。
その合間に、オリヴァーはエリオットの補助具をさらに調整し、ロアンは換気具の濾過布を交換した。村の女性たちは薬草茶を煮出し、軽症者へ配っている。
村が、動いている。
ミラはその光景を見て、胸の奥が温かくなるのを感じた。
自分が動かなくても、治療が進んでいる。
自分の手が直接触れなくても、患者の呼吸を支えるものがある。
それは少し寂しくもあり、少し誇らしくもあった。
夕方近く、ミラはネロの様子を見に行った。
倉庫の中で、ネロは壁にもたれていた。昨日より顔色はましだ。黒輪抑制具の下で、右手首の黒い輪はまだ残っているが、脈動は落ち着いている。
「気分はどうですか」
「最悪よりはまし」
「それは良かったです」
「良くはねえよ」
ネロはそう言ったが、声には以前ほどの刺々しさがなかった。
ミラは反応針を確認する。
「第二段階より少し下がっています。抑制具が効いていますね」
「喉を締められる感じは減った」
「話しすぎると反応するかもしれません。無理はしないでください」
「……聞きたいこと、あるんだろ」
ミラは少しだけ黙った。
「あります。でも、無理に聞き出すつもりはありません」
「変な治療師だな」
「よく言われます」
「言われてるのかよ」
ネロは少しだけ笑いかけ、咳き込んだ。
ミラはすぐに浄化布を当てる。
黒い靄はほとんど出なかった。
ネロは荒い息を整えた後、低く言った。
「黒い箱を置いた場所……奥の大きい坑道じゃねえ」
ミラの手が止まる。
入口にいたエリオットも顔を上げた。
「どういう意味ですか」
「見取り図と違った。俺らが案内されたのは、古い脇坑だ。今は使ってねえ道だって言われた」
黒輪がわずかに脈打つ。
ミラはすぐに白花の光を弱く流した。
「無理に続けないでください」
「これくらいなら、言える」
ネロは歯を食いしばった。
「箱は一つじゃねえ。俺が見たのは二つ。もう一つ、別の荷が先に入ってた。俺らの箱は、その隣に置けって言われた」
エリオットの表情が険しくなる。
「二つ」
「もっとあったかもしれねえ。でも、俺が見たのは二つだ」
ネロの黒輪がまた脈打つ。
ミラは光を強めた。
「もう大丈夫です。十分です」
ネロは肩で息をした。
「……あんたの父親に言っとけ。大きい坑道ばかり見るな。脇坑だ」
「分かりました」
ミラはすぐに記録した。
坑道奥の箱は一つではない可能性。
設置場所は大坑道ではなく古い脇坑。
ネロが見た数は二つ。
これは大きい。
坑道入口を封じるだけでは足りない可能性がある。




