表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
落ちこぼれ治療師は傷ついた騎士の剣を取り戻す  作者: 月森しおり
第一章 旅の治療師と傷ついた騎士
PR
130/193

保護を求める男 3

 ヴィクトルが別室へ連れて行かれた後、団長室には三人が残った。

 アルベルトは椅子に座り、深く息を吐いた。

「私は、あの男の言葉をどこまで信じるべきだ」

 その声には、悔しさがあった。

 嘘をつく者と渡り合うことに慣れていない自覚があるのだろう。

 ユアンは静かに答えた。

「信じなくていいと思います」

 アルベルトが顔を上げる。

「使うのです」

 ユアンは続けた。

「彼の証言を、記録と照合します。リンドルの証言、グレイルの記録、王宮儀典局の控え、通行証、旅費、馬車記録。嘘なら、どこかでずれます」

 ヘルムートも頷いた。

「すでにいくつか矛盾があります。特に“実物を見ていない”という点。押収品移送時の確認印が残っていれば崩せます」

「確認印は見つかるか」

「探します。改ざんされている可能性があるので、写しや控えも」

 アルベルトは目を閉じた。

「私は、ガレスを信じていた」

 誰も何も言わなかった。

「いや、信じたかったのかもしれない。面倒なものを任せて、見ないで済ませた」

 彼は拳を握る。

「その結果が、これだ」

 ユアンは静かに言った。

「今、見ておられます」

 アルベルトが彼を見る。

「遅すぎるかもしれないがな」

「遅くても、見ないよりはいい」

 その言葉に、アルベルトは少しだけ苦く笑った。

「お前は、昔から言葉が少ないが、時々痛いところを突く」

「申し訳ありません」

「謝るな。必要だ」

 アルベルトは机の上の紙を見た。

 ――バーンスタン。試し石。白光。忘れるな。

「エリオットを守るためにも、嘘を急いで断とうとしてはいけないな」

 ユアンは頷いた。

「はい。焦れば、向こうの思う壺です」

「ガレスはヴィクトルを切ったように見せ、こちらへ投げ込んだ。そう見るべきか」

「その可能性が高いです」

「だが、ヴィクトル本人もガレスを完全には信じていない」

「ええ。あの怯えは本物です。ただし、こちらへの誠意ではありません」

 アルベルトは静かに言った。

「保身か」

「はい」

「なら、保身のために本物の札を持っている可能性もあるな」

 ユアンの目がわずかに動いた。

「私もそう思います」

 ヘルムートが記録紙へ書き加える。

「ヴィクトル卿の私物、住居、記録保管先の確認許可を取りますか」

「取る」

 アルベルトは即答した。

「ただし、合法的にだ。乱暴に動けば逆に足をすくわれる」

「承知しました」

     

 黒い印章は、その日のうちに王立魔術院へ運ばれた。

 受け取ったのは、オルガ・フェンネルだった。

 彼女は印章を白い皿の上に置き、反応針を近づける。

 針先が薄く曇る。

「なるほど。上品な首輪だね」

 横にいたライヘルが顔をしかめる。

「ネロの黒輪と同系統ですか」

「かなり薄い。拘束ではなく監視に近い。特定の名や情報に触れると熱を持ち、術者側へ痕跡を返す仕組みだろうね」

「術者はセヴラン?」

「技術はセヴラン系。実際に誰が設置したかはまだ分からない」

 オルガは印章を慎重に観察した。

「これを持ってアルベルト団長の前に来たのなら、ヴィクトルは本当に縛られている。ただし、被害者という意味ではない」

「自分から持っていた可能性も?」

「もちろん。首輪をつけられた犬が、噛まないとは限らない」

 ライヘルは低く息を吐いた。

「厄介ですね」

「だから面白い、と言いたいところだけど」

 オルガの顔から笑みが消えた。

「これは、かなり危険だ。ヴィクトルの証言を聞く時、この印章の反応を記録すれば、どの話題でガレスやセヴランが反応するか分かるかもしれない」

「逆に、こちらの関心も相手に伝わる」

「そう。使い方を間違えると、こちらの手の内が漏れる」

 ライヘルは考え込んだ。

 王都側も、グレイル村側も、少しずつ核心へ近づいている。

 けれど、近づくほど、黒いものも反応する。

 ミラたちが現地で経験していることと同じだ。

「ミラには、まだ知らせない方がいいでしょうか」

「知らせるべきだね。ただし、余計な不安を増やさない形で」

「父さん経由で」

「それがいい」

 オルガは印章を白い布で覆った。

「ヴィクトルの嘘を剥がすには時間がいる。けれど、これは大きな手がかりだよ」

     

 その夜、ヴィクトルは騎士団本部内の客室にいた。

 保護という名の監視。

 窓の外には見張り。

 扉の前にも騎士。

 食事は運ばれてくるが、外部との接触は禁止。

 黒い印章は取り上げられた。

 ガレスとの繋がりの一つが、切れた。

 それは安堵でもあり、恐怖でもあった。

 ガレスは、印章が取り上げられたことを知るだろうか。

 知ったらどう動く。

 ヴィクトルは椅子に座り、爪を噛みそうになるのをこらえた。

 まだ終わっていない。

 自分はまだ札を持っている。

 自宅の隠し棚。

 別宅の金属箱。

 文具商に預けた封筒。

 ガレスを売る札。

 セヴランを匂わせる札。

 自分を軽く見せるための札。

 どれをいつ切るか。

 それだけが問題だった。

「私は沈まない」

 ヴィクトルは小さく呟いた。

 その声は、自分自身を説得するように震えていた。

     

 同じ頃、ガレスは副団長室で報告を受けていた。

 ヴィクトルが団長室へ入った。

 保護を求めた。

 黒い印章を取り上げられた。

 印章は魔術院へ送られた。

 ガレスはしばらく黙っていた。

 怒りはあった。

 だが、それ以上に冷たい計算が戻ってきていた。

「ヴィクトルは、どこまで話した」

「詳細は不明です」

「そうか」

 ガレスは窓の外を見た。

 王都の灯りが並んでいる。

 そのどこかで、アルベルトが記録を集めている。

 ユアンが矛盾を拾っている。

 魔術院ではオルガとライヘルが印章を調べている。

 そしてグレイル村には、エリオットとミラがいる。

 光を恐れるなら、光源を消せばいい。

 だが、今は騎士団名では動けない。

 ガレスは静かに言った。

「外の者を使う」

 側近が顔を上げた。

「騎士団外、ですか」

「ああ。山賊でも傭兵でもない。もっと静かに動ける者だ」

「標的は」

 ガレスは答えなかった。

 だが、その目は西を向いていた。

 グレイル村の方角を。

     

 数日後。遠く、グレイル村では、ミラが父から届いた王都の追加報告を読んでいた。

 ヴィクトルが団長側へ保護を求めたこと。

 ただし、信用できないこと。

 黒い印章が押収されたこと。

 ガレス側が混乱していること。

 そして、ライヘルの短い一文。

 ――ミラ。そちらでも、誰かが助けを求めてきたとしても、すぐに信用しないこと。助けることと信用することは別だと、君ならもう分かっているはずです。

 ミラは手紙を畳んだ。

 ネロのことを思い出す。

 そして、エリオットが以前言った言葉も。

 信用はしていない。

 でも、死なせる理由にはならない。

 ミラは静かに息を吐いた。

「兄さん、心配性ですね」

 隣でエリオットが言った。

「正しい心配だ」

「はい」

 ミラは頷いた。

「助けることと、信用することは別。……本当に、そうですね」

 窓辺の反応針は、薄曇り。

 グレイル村の夜は、昨日より静かだった。

 けれど王都では、嘘が動き始めている。

 その嘘がいつか、またこの村へ届くことを、二人はまだ知らなかった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ