保護を求める男 2
「グレイルへ向かった記録室の男について聞く」
アルベルトが言った。
「あなたが出したのか」
ヴィクトルは一瞬、答えを遅らせた。
「療養者記録の確認として、人を出しました」
「エリオット・バーンスタンのか」
「はい」
「正式な命令書は」
「……ありません」
「なぜだ」
「ガレス副団長から、内々の確認でよいと」
そこはガレスの名を出す。
ただし、自分の判断ではない形で。
ヘルムートが紙を一枚置いた。
「リンドル魔道具屋の証言です。その男は、若い治療師と右腕を負傷した大柄な男を探っていた。正式文書は持っていなかった。さらに、グレイル方面へ強い関心を示した」
続けて、もう一枚。
「グレイル村でのミラ・コックスの現地記録。騎士団記録室を名乗る男が来訪。エリオット・バーンスタンの状態、治療内容を探る。倉庫へ接近しようとした」
ヴィクトルの指先がわずかに冷えた。
現地記録。
グレイル側から、もう届いているのか。
想定より情報の線が多い。
ユアンが静かに言った。
「あなたは、療養者記録の確認と言った。しかし現地では、治療内容まで探っている」
「現地の者が、必要以上に踏み込んだ可能性があります」
「便利な部下ですね。あなたの知らないところで勝手に動き、都合の悪いことだけやってくれる」
ヴィクトルはユアンを見た。
笑っていない。
怒ってもいない。
ただ、疑っている。
真正面から。
「クロフォード卿。私は自分の罪をすべて否定しているわけではありません」
「では、何を認める」
「正式手続きなしに人を出したこと。ガレス副団長の指示を受け、記録を曖昧にしたこと。禁術派との接点を薄々知りながら、目を逸らしたこと」
「薄々?」
「……確証がありませんでした」
ユアンの視線が、ヴィクトルの懐へ落ちた。
黒い印章がある位置。
ヴィクトルはその視線に気づき、内心で舌打ちした。
気づかれたか。
だが、まだそれが何かまでは分からないはずだ。
「団長閣下」
ヴィクトルはアルベルトへ向き直る。
「私は保護と引き換えに、知る限りを話します。ただし、私だけを責めても意味はありません。これは騎士団内部だけの問題ではない。禁術派が深く関わっています」
アルベルトは長く沈黙した。
やがて言った。
「保護はする」
ユアンがわずかに視線を動かした。
ヘルムートも顔を上げる。
アルベルトは続けた。
「ただし、信用はしない」
ヴィクトルの表情が僅かに固まった。
「おまえの身柄は騎士団長命令の下で保護する。同時に、証言はすべて記録と照合する。嘘があれば、保護は罪を軽くする理由にはならない」
まっすぐな言葉だった。
駆け引きではない。
だからこそ、ヴィクトルには少しだけ読みにくかった。
アルベルトは善人だ。
だが、甘いわけではない。
「ヘルムート」
「はい」
「ヴィクトル卿を別室へ。監視をつけろ。外部との接触は禁止。医師もつける」
「医師?」
ヴィクトルが思わず聞き返す。
アルベルトの視線が、彼の懐へ向いた。
「顔色が悪い。保護を求める者が、何かに怯えているなら、まず身体を確認する必要がある」
ユアンが静かに付け加えた。
「懐のものも、預からせていただく」
ヴィクトルは息を止めた。
「これは」
「何です」
ユアンが一歩近づく。
ヴィクトルは、ほんの一瞬だけ迷った。
黒い印章を渡すべきか。
隠し通すべきか。
渡せば、ガレスの監視から一部逃れられる。
だが、同時に自分がガレスと繋がっている証にもなる。
渡さなければ、疑われる。
詰められている。
ヴィクトルは、ゆっくりと懐から黒い印章を取り出した。
「……ガレス副団長から渡されました。私が口を滑らせないように、と」
これもまた、半分本当だった。
ユアンは布を使って印章を受け取り、直接触れないようにした。
その瞬間、印章がじわりと黒く光った。
ヘルムートの表情が変わる。
アルベルトは静かに言った。
「魔術院へ回せ。オルガ・フェンネルに見せる」
ヴィクトルの背中に冷たい汗が流れた。
また線が増えた。
自分の言葉だけでなく、道具まで調べられる。
ヴィクトルは深く頭を下げながら、内心で考える。
まだ大丈夫だ。
印章はガレスのものだ。
それは自分を縛る道具でもある。
むしろ、被害者を演じる材料になる。
だが、気を抜いてはいけない。
この部屋には、思ったより逃げ道が少ない。




