保護を求める男 1
団長室に、重い沈黙が落ちた。
ヴィクトル・グレインは深く頭を下げたまま、息を整えていた。
怯えているように見せる。
声を震わせる。
視線を泳がせる。
だが、言葉は選ぶ。
嘘だけでは弱い。
真実だけでは危険すぎる。
真実の中に、嘘を混ぜる。
それが一番、人を惑わせる。
「保護を求める、と言ったな」
アルベルト・レーヴェンの声は低かった。
「はい」
「誰からだ」
「ガレス副団長と……禁術派の者たちからです」
もう一度その名を出す。
ガレス。
団長の顔に、わずかな痛みが走った。
ヴィクトルはそれを見逃さなかった。
やはり、団長はガレスを疑い始めている。
ならば、そこを突けばいい。
ただし、突きすぎてはいけない。ガレスを完全に売ったと思わせれば、自分は本当に戻れなくなる。
「話せ」
アルベルトは言った。
机の横にはヘルムート。
壁際にはユアン。
ユアンは黙っていた。
その沈黙が、ヴィクトルには一番気に入らなかった。
責める者は扱いやすい。
怒る者は誘導しやすい。
だが、黙って見る者は厄介だ。
ヴィクトルはゆっくり顔を上げた。
「二年前の南西辺境討伐任務について、私は記録処理を命じられました」
「誰に」
「ガレス副団長です」
アルベルトの眉が動く。
ヴィクトルは続けた。
「ただし、任務の実態までは知らされていません。エリオット・バーンスタンが重度の瘴気汚染を受けた。王都治療院でも治療不能。騎士団としては本人の静養を優先する。そのように記録を整えろと」
半分は本当。
だが、全部ではない。
ヘルムートが静かに口を開いた。
「あなたは“記録処理を命じられた”と言いましたね」
「はい」
「押収品七点の移送記録も、同時期にあなたの印で処理されています」
ヴィクトルは、わずかに目を伏せた。
予想していた。
だが、思ったより早い。
「押収品の移送は、記録室の通常業務です」
「通常業務なら、なぜ二点が後日台帳から消えているのです」
室内の空気が硬くなる。
アルベルトの目が、ヴィクトルを射抜いた。
「答えろ」
ヴィクトルは喉を鳴らした。
ここは、知らないで押し通す。
「……後から、禁術派側に引き渡されたと聞きました」
「聞いた?」
「はい。私は実物を確認していません」
「誰から聞いた」
「ガレス副団長の側近からです」
曖昧にする。
名前は出さない。
出せば、後で照合される。
ユアンが初めて口を開いた。
「側近とは誰です」
「……名は覚えていません。記録室へ出入りする者は多い」
「あなたは記録室の責任者に近い立場です。出入りする者の名を覚えていない?」
声は静かだった。
だからこそ、鋭い。
ヴィクトルは、少しだけ息を乱したふりをした。
「当時は、複数の任務処理が重なっていました。すべてを覚えているわけではありません」
「覚えていないことが、ずいぶん都合がいい」
ユアンの言葉に、ヴィクトルは反論しなかった。
怒れば負けだ。
怯えた証人を演じるなら、ここは飲み込む。
「私は、すべてを知っていたわけではありません」
ヴィクトルは声を落とした。
「ただ、今になって分かったのです。ガレス副団長は、おそらく禁術派と繋がっている。」
「おそらく?」
アルベルトが問う。
「確証はありません。ですが当時、黒い盤、先生、という言葉を聞きました」
ここでセヴラン側へ視線を向けさせる。
「セヴラン・ノックスという名に、心当たりは」
ヘルムートが尋ねた。
ヴィクトルは一瞬だけ沈黙した。
黒い印章が懐で微かに熱を持った気がした。
言いすぎるな。
そう告げるように。
「禁術派研究院の者、とだけ」
「会ったことは」
「ありません」
嘘だった。
一度だけ、遠目に見たことがある。
黒塗り木箱の受け渡しで、薄暗い倉庫の奥に立っていた男。
だが、それを話せば自分の関与が深くなる。
話さない。
ユアンの目が細くなった。
「会ったことはないのに、禁術派研究院の者だと知っている」
「噂です」
「記録室は、噂で仕事をするのですか」
「私は保護を求めている立場です。今、出せる情報を出しています」
ヴィクトルは、わざと声を少し荒らげた。
「信じられないなら、それでも構いません。ですが、ガレス副団長が何かを隠していることは事実です。私も、利用されていました」
アルベルトは黙って聞いていた。
その顔には怒りがある。
だが、怒りだけではない。
迷いもあった。
ヴィクトルはそれを見て、内心で息を吐く。
アルベルトは駆け引きが得意ではない。
真実を求める。
嘘を憎む。
だからこそ、嘘と真実が混ざった証言には揺れる。
だが、揺れているのはアルベルトだけだった。
ヘルムートは机の上の記録を見ている。
ユアンはヴィクトルの言葉ではなく、呼吸と手の動きを見ている。
嫌な部屋だ。




