嘘を照らす記録 2
同じ頃、ユアン・クロフォードは王都の文具商の裏部屋にいた。
リンドルから来た商人が、茶を飲みながら低い声で話している。
「騎士団記録室を名乗った男なら、確かに来ました。魔道具屋で若い治療師と右腕の男を探っていたと聞いています」
「名前は」
「名乗らなかったそうです。ただ、上質な外套で、靴が妙に綺麗だった、と」
ユアンは小さく頷いた。
「その男はグレイルへ?」
「はい。その後、グレイル方面へ向かったと。町役場でも聞き込みをして、厩で情報を得たようです」
「正式文書は」
「持っていませんでした」
ユアンは記録した。
リンドル魔道具屋。
町役場。
厩。
正式文書なし。
グレイル方面へ移動。
ヴィクトルの記録では、男は「療養者記録確認」の名目で西へ出ている。
だが、現地では騎士団記録室を名乗り、エリオットとミラを探った。
目的は明らかに違う。
「魔道具屋の店主から、何か預かっているものは」
商人は懐から小さな封を取り出した。
「これを、団長側の信頼できる者に、と」
ユアンは封を受け取った。
中には、リンドル店主の簡潔な証言書が入っていた。
――騎士団記録室を名乗る男が来店。
――右腕を負傷した大柄な男と若い治療師を探る。
――正式文書なし。
――グレイル方面への関心を示す。
――同時期、グレイル村より救援要請あり。王都オリヴァー工房へ別経路で送付。
ユアンはその文面を読み、静かに息を吐いた。
ありがたい。
これで、ヴィクトルがどれだけ「知らなかった」と言っても、現地証言と突き合わせられる。
ユアンは商人に礼を言い、文書を内ポケットへしまった。
だが、部屋を出た瞬間、背後に視線を感じた。
追われている。
ユアンは足を止めなかった。
角を曲がり、人通りの多い通りへ出る。露店の間を抜け、古本屋の前で立ち止まるふりをしながら、硝子に映る背後を確認する。
男が一人。
騎士ではない。
だが、騎士団の雑務係に紛れていそうな歩き方をしている。
ガレス側か。
ユアンは内心で舌打ちした。
やはり、自分一人で動けば狙われる。
彼はすぐに予定を変えた。
騎士団本部へ直帰しない。
まず、王立魔術院のライヘルへ写しを一部流す。
証拠は、一か所に置かない。
王立魔術院の小さな資料室で、ライヘル・コックスとオルガ・フェンネルは、ユアンから届いた写しを広げていた。
リンドル魔道具屋の証言。
通行証記録の写し。
旅費仮払いの控え。
そして、ミラから届いた現地報告の写し。
オルガは眼鏡を指で押し上げた。
「ヴィクトル卿は、たぶん嘘をつくね」
「はい」
ライヘルは即答した。
「自分はガレスに命じられただけ、詳しいことは知らない。記録室の男が勝手に行きすぎた。禁術派側の影響だった。そんなところでしょう」
「ありそうだね」
「でも、彼の印が通行証にも旅費にも残っています」
「印があるだけなら、事務処理をしただけと言い逃れできる」
「だから、現地証言と合わせる必要があります」
ライヘルはミラの報告書を示した。
――騎士団記録室を名乗る男が来訪。エリオットさんの状態、ミラの治療内容を探る。正式文書なし。倉庫へ接近しようとするも阻止。
「ミラの記録には、グレイルで実際に接触したことが残っています。リンドルの店主の証言と繋がります」
「さらに王宮儀典記録が取れれば、試し石の件も繋がる」
オルガの声が低くなる。
「ヴィクトルが『知らなかった』と言える範囲は、だいぶ狭まるね」
「問題は、ガレス本人へどう繋げるかです」
「そこはまだ遠い」
オルガはあっさり言った。
「でも、まずヴィクトルの嘘を剥がす。彼が自分を守ろうとすれば、必ず別の名前を出す。嘘でも本当でも、そこに線が出る」
ライヘルは頷いた。
ヴィクトルは信頼できない。
だからこそ、使える。
自分の身を守るために嘘をつく人間は、嘘の中に本当の恐怖を混ぜる。
その恐怖がどこを向いているのか。
そこを見ればいい。




