白光を恐れる男 2
「終わっていなかった、というわけだ」
ガレスは机の上の書類を指先で弾いた。
グレイル村。
黒熱症状。
旅治療師ミラ・コックス。
エリオット・バーンスタン。
そして、騎士団長の違和感。
忌々しいことに、すべてが同時に動き出している。
まず、王都でライヘル・コックスが二年前の記録に触れた。
魔術院の研究員。
ミラ・コックスの兄。
その動きだけなら、小さなものだった。
だが、オルガ・フェンネルが絡んだ。
あの女は記録を読む目がいい。
さらにユアン・クロフォード。
現場騎士としては地味だが、口が堅く、妙なところで義理堅い。
そこへ、アルベルトが試し石の記憶を取り戻しかけた。
そして、ミラ・コックス。
落ちこぼれ治療師。
王都では取るに足らない評価だった娘が、エリオットの右腕に触れている。
セヴランの黒い触媒へ干渉している。
ガレスは唇を歪めた。
「王都の評価など、本当に役に立たん」
ミラを見落としたのは、王都治療院だけではない。
自分たちもだ。
エリオットを封じれば終わると思っていた。
まさか、名もない旅治療師が、その封じた腕を再び物語の中心へ引き戻すなど。
扉が叩かれた。
「ヴィクトルです」
「入れ」
ヴィクトル・グレインが入ってきた。
顔色は悪い。
隠そうとしているが、焦りは滲んでいる。
ガレスはその焦りを見て、内心で冷たく笑った。
ヴィクトルは使える男だ。
記録を処理し、末端を動かし、必要な時には汚れ仕事も引き受ける。
だが、二年前の黒塗り木箱の移送に関わっている。
つまり、怯える理由がある。
怯える駒はよく動く。
だが、追い詰めすぎれば余計なことをする。
「報告しろ」
「団長室から、通行証と馬車使用履歴の提出期限を前倒しされました」
「誰が動いている」
「ヘルムート副官が実務を。ユアン・クロフォードも調査に入っています」
ガレスの眉が動いた。
「ユアンか」
「はい。記録室名義で外へ出た者を洗っています」
「グレイルへ接触した男は」
「まだ戻っていません。連絡はつきました。団長室へは向かわせません」
「どこにいる」
「リンドルの先の宿場で足止めしています」
「戻すな」
ヴィクトルが顔を上げる。
「では」
「団長命令に従わせれば、奴は団長室で喋る。戻さなければ命令違反だが、まだ隠せる」
「長くは無理です」
「分かっている」
ガレスは冷たく言った。
「だから、お前が処理しろ」
ヴィクトルの喉が動く。
「処理、とは」
「口を塞げと言っているのではない」
今はまだ。
ガレスは言葉を飲み込んだ。
「記録を整えろ。あの男は正式派遣ではなく、私的な療養確認に過ぎなかったという形にする。騎士団名を名乗ったことは、本人の逸脱にする」
「末端切りですか」
「不満か」
「いえ」
ヴィクトルはすぐに頭を下げた。
だが、声には硬さがある。
ガレスは気づいていた。
ヴィクトルは、自分が次に切られる側になるかもしれないことを理解している。
だからこそ、役に立て。
「追加で出した者は」
「団長命令を受けて引き返しました」
「よろしい」
「ただ……」
「何だ」
「セヴラン側が、グレイルで動きを見せています。昨夜、現地の反応が一時的に跳ねたと」
ガレスの表情が冷える。
「奴は何をした」
「詳しくは。ただ、触媒糸が切断された反応があったと」
「切断?」
「はい。守護騎士の力の可能性がある、と」
部屋の空気が静まった。
ガレスはゆっくり立ち上がった。
「エリオットが、断ったのか」
「単独ではないようです。治療師の白い力が関与していると」
ミラ・コックス。
またその名だ。
ガレスは机の端に手を置いた。
強く握りすぎて、指先が白くなる。
「セヴランは何と言っている」
「観察を続ける、と」
その瞬間、ガレスは机の上の銀の文鎮を掴み、壁へ投げつけた。
鈍い音が響く。
ヴィクトルは身じろぎひとつしなかった。
「あの研究狂いめ」
ガレスの声は低く、冷たかった。
「火種を育てている自覚がないのか」
「セヴランは、ミラ・コックスに強い興味を持っています」
「興味で騎士団が燃える」
ガレスは吐き捨てた。
「守護騎士が戻れば、困るのはこちらだけではないはずだ」
「しかし、セヴランはすぐ潰す気はありません」
「なら、こちらで潰す」
ヴィクトルが目を上げた。
「団長命令が出ています。今、騎士団名で動けば」
「騎士団名で動くな」
ガレスは即答した。
ヴィクトルの表情が変わる。
「……外の者を使うのですか」
「お前が知る必要はない」
「ですが」
「ヴィクトル」
ガレスの声が、一段低くなる。
「お前はまず、自分の足元を掃除しろ。記録室の男。通行証。旅費。馬車。ユアンに拾われる前に、すべてを整理しろ」
「承知しました」
「それから、アルベルトの周辺に目を置け。あの男が何を書き残しているか、誰と会っているかを確認しろ」
「団長室に?」
「できる範囲でいい。直接触れるな。今、認識阻害を強めれば痕跡が残るとセヴランが言っている」
「では」
「だから、周囲を見る」
ガレスは眼鏡を外し、目頭を押さえた。
「眠りかけた獅子が目を覚ます前に、餌を遠ざける」
「餌とは、エリオットですか」
「光だ」
ガレスは静かに言った。
「アルベルトは光を見た。だから思い出しかけている。なら、その光を遠ざける。あるいは、再び折る」




