白光を恐れる男 1
王都騎士団本部の副団長室には、朝からひっきりなしに書類が運び込まれていた。
通行証発行記録。
記録室の外勤届。
騎士団馬車の使用履歴。
旅費の仮払い台帳。
直近十日間にリンドル、グレイル方面へ向かった者の名簿。
それらすべてに、騎士団長アルベルト・レーヴェンの印が押されている。
団長命令。
グレイル村周辺における黒熱症状および瘴気汚染の疑い。
同地域への無許可立ち入り禁止。
すでに赴いた者は、団長室へ直接報告。
表向きには、実に正しい命令だった。
騎士団員や記録室職員が汚染地帯へ不用意に入らないよう統制する。患者や療養者への聞き取りを制限する。正式な手続きを経ない調査を禁じる。
正論だ。
正論だからこそ、厄介だった。
ガレス・オルブライトは、机の上に置かれた命令書を見下ろしていた。
銀縁の眼鏡の奥で、目だけが冷えている。
「団長にしては、ずいぶん鋭い」
低く呟いた声に、返る者はいない。
アルベルト・レーヴェン。
前線上がりの武人。
王家に忠実で、騎士としての矜持を持つ男。
だが、政治には鈍い。
ガレスはずっとそう見ていた。
実際、長くそうだった。
人事、記録、予算、貴族との調整。
面倒なものはすべてガレスが引き受けた。
――団長は現場と王家への忠誠に集中なさってください。
そう言えば、アルベルトは疑わなかった。
疑いかけたとしても、少しだけ霞をかければよかった。
記憶の輪郭を鈍らせる。
違和感を疲労に見せる。
追及しようとすれば、頭痛を起こさせる。
セヴランの用意した認識阻害は、便利だった。
強すぎず、弱すぎず。
本人の意志を奪うわけではない。
ただ、ある一点だけを深く考えにくくする。
エリオット・バーンスタン。
試し石。
白い光。
その三つを、アルベルトの中で霞ませる。
それだけで十分だった。
十分だったはずだ。
二年前の儀式の日を、ガレスは今でも覚えている。
新任騎士たちが王家の剣となるため、試し石の前で剣を捧げる。
表向きには伝統。
若い騎士たちの忠誠を示すための形式。
だが、騎士団上層部のごく一部だけが、あの石の本当の意味を知っている。
王家の守護騎士を見つけるための聖遺物。
そんなものは、伝説の中だけで眠っていればよかった。
王家に光をもたらす騎士。
腐敗を浄化する白き剣。
魔を断ち、王都の闇を払う者。
美しい言葉だ。
美しすぎて、吐き気がする。
光とは、照らすものだ。
照らされたものは隠れられない。
裏帳簿。
消した記録。
流した金。
事故に見せかけた任務。
不都合な騎士の失脚。
王都の奥で少しずつ育ててきた、権力の根。
守護騎士が本当に現れれば、それらすべてが危うくなる。
だから、ガレスは伝説を嫌っていた。
そしてその日、地方出身の若い騎士が試し石の前に立った。
エリオット・バーンスタン。
家柄は平凡。
後ろ盾も薄い。
剣の腕はよく、魔物討伐でも成果を出していたが、政治的には何の力も持たない。
ガレスは、最初は気にも留めていなかった。
だが、エリオットが剣を振る仕草をした瞬間。
試し石の奥に、白い光が走った。
ほんの一瞬。
多くの者は気づかなかった。
気づいたとしても、儀式用の魔力灯の反射だと思っただろう。
だが、ガレスは見た。
アルベルトも見た。
そして、ガレスは理解した。
伝説が、伝説のままではなくなりかけている。
その夜、ガレスはセヴラン・ノックスへ接触した。
禁術派研究院。
王立魔術院の表の研究体系から外れた、闇の根。
セヴランは、その中心にいる男だった。
危険な研究者。
人を人として見ない男。
ただし、役に立つ。
騎士団の押収品を、研究素材として欲しがる。
魔物討伐で得た核や瘴気結晶を、実験に使いたがる。
記録から消せる負傷者や、身寄りの薄い傭兵を、症例と呼ぶ。
その代わり、ガレスへ道具を渡した。
認識阻害。
記憶を曇らせる処置。
瘴気に耐える特殊処置。
命令への抵抗を鈍らせる術式。
そして、邪魔な騎士を事故に見せて壊すための触媒。
ガレスはセヴランを信用していなかった。
だが、毒は使いようだ。
自分の手を汚さずに済む毒なら、なおさら。
エリオットを殺す必要はなかった。
死ねば、疑いが生まれる。
若く有望な騎士の死は、記憶に残る。
だから、壊す。
剣を握る右腕だけを。
騎士としての道だけを。
守護騎士として開く前の魔力路だけを。
魔物討伐任務。
混乱。
瘴気。
負傷。
そういう形にすればいい。
エリオットは生き残った。
右腕を失い、王都治療院でも治療不能とされ、故郷へ戻された。
アルベルトには、こう説明した。
重度の瘴気汚染。
王都治療院でも回復困難。
本人の精神状態も不安定。
これ以上騎士団が関われば、かえって傷つける。
静養が最善。
アルベルトは苦い顔をした。
納得しきってはいなかった。
だから、霞をかけた。
それで終わった。
そう思っていた。




