同じ根の黒 3
その日の午後、オリヴァーは診療所の机で三つの反応を並べて記録した。
前の村で拾った核。
グレイル坑道の黒い粉。
ネロの黒輪。
そして、エリオットの護符反応。
直接右腕へ触れて調べることはしない。負担が大きすぎるからだ。代わりに、エリオットが護符を机に置き、ミラが白花の光をほんの少しだけ流す。
すると、三つの黒い反応が同時に揺れた。
核は二重遮断箱の中で、低く脈打つ。
黒い粉は小瓶の中で、針先を曇らせる。
ネロの黒輪抑制具は、ほんのわずかに軋む。
エリオットの護符は、白く淡く光る。
ミラは息を呑んだ。
「同時に……」
オリヴァーは記録を取りながら言った。
「同じ根から作られている。間違いない」
「でも、反応の仕方は違いますね」
ロアンが言う。
「核は閉じ込める。粉は広げる。黒輪は縛る」
「そして、エリオット君の右腕にあるものは、おそらく封じるため」
オリヴァーが続けた。
エリオットは黙っていた。
自分の腕に残るものが、ようやく形を持って語られていく。
それは治療の手がかりでもあり、二年前の悪意の証でもあった。
ミラは静かに言った。
「私の光を近づけると、黒いものが表面に浮きます」
「うん」
「でも、私だけでは切れません」
「エリオット君の力が必要になる」
「はい。でも、エリオットさんだけでも、断てません」
エリオットが低く言った。
「君が浮かせたものしか、見えなかった」
オリヴァーは二人を見た。
「ミラが異物を浮かせる。エリオット君がそれを断つ。昨日の現象は、そういうことだろうね」
「使えますか」
ミラが尋ねた。
オリヴァーはすぐに首を横に振った。
「今は使わない」
「でも」
「これは切り札だ。治療法ではない。少なくとも、今の二人の身体には負担が大きすぎる」
エリオットも頷いた。
「俺も、今は使うべきではないと思う」
ミラは彼を見た。
少し意外だった。
だが、エリオットはもう焦ってはいなかった。
「使えることは分かった。だからこそ、むやみに使わない」
その言葉に、ミラはゆっくり頷いた。
「はい」
オリヴァーは静かに微笑んだ。
「良い相棒だね」
今度は、二人とも否定しなかった。
夕方、ミラはライヘルへの返信を書いた。
――父さんたちが到着。換気具設置により診療所の反応軽減。
――瘴気の核は父さんが回収、二重遮断箱へ。臨時封印庫で管理予定。
――坑道入口の黒い粉は人工的な術式汚染。患者の黒棘、ネロの黒輪、エリオットさんの右腕の封じと同根の可能性高。
――私の治癒は黒いものを浮かせる。エリオットさんの力はそれを断つ。ただし現状では使用禁止。
――治療人数は制限中。食事、睡眠も記録しています。
最後の一文を書いて、少しだけ唇を尖らせた。
書かされている気分だった。
けれど、書いた。
それを見ていたエリオットが、少しだけ口元を緩めた。
「ちゃんと書いたな」
「書きました」
「良い傾向だ」
「それ、私の言葉です」
「借りた」
同じ頃、王都騎士団本部では、アルベルト・レーヴェンの命令がさらに具体化していた。
通行証発行記録。
記録室名義の外勤届。
騎士団馬車の使用履歴。
旅費の仮払い記録。
直近十日間にリンドル、グレイル方面へ向かった者の名前。
すべてを団長室へ提出するよう命じられた。
ヴィクトル・グレインは、その命令書を見て、奥歯を噛んだ。
「ここまでやるか……」
団長は非公式派遣の存在を直接知っているわけではない。
だが、この調査を進められれば、いずれ辿られる。
リンドルへ行った記録室の男。
グレイルでエリオットに接触した件。
追加で出そうとした者たち。
そして、その指示を出した自分。
ガレスは表向き従うだろう。
だが、火の粉が飛ぶのは現場だ。
ヴィクトルは書類を握りつぶしそうになり、寸前で止めた。
扉が開き、ガレスが入ってくる。
「団長が洗い出しを始めた」
「見れば分かります」
「動かした者を戻すな。団長室へは絶対に行かせるな」
「では、どう処理しますか」
ヴィクトルの声には焦りが滲んだ。
ガレスは冷たく言った。
「お前の駒だろう」
ヴィクトルの顔が強張る。
「切れ、ということですか」
「必要ならな」
その時、廊下の向こうで足音がした。
ユアン・クロフォードが、団長室へ向かって歩いていく。
ヴィクトルは息を止めた。
ユアンは一瞬こちらへ目を向けたが、何も言わずに通り過ぎた。
ただ、その目は見ていた。
何かを探る目だった。
ガレスの表情から、ほんのわずかに余裕が消えた。
「急げ、ヴィクトル」
低い声。
「団長が完全に目を覚ます前に、証拠を消せ」
王都の廊下に、張り詰めた沈黙が落ちた。
グレイル村では術式の線が繋がり始め、王都では人の線が炙り出され始めている。
黒い根は、少しずつ地表へ近づいていた。




