同じ根の黒 2
午前のうちに、オリヴァーたちは村の三か所を確認した。
一つ目は診療所。
換気具の効果で、部屋の反応針は黒変しにくくなっていた。患者を入れる前後で曇り方を比べると、重症者のそばでは針先が黒くなるが、換気具を動かすと徐々に薄曇りへ戻る。
「完全に浄化しているわけじゃない」
オリヴァーは言った。
「でも、黒い粉と靄が部屋に留まりにくくなっている。患者の呼吸にはかなり違うはずだ」
ミラは安堵した。
「これなら、軽症者はもっと安定しますね」
「直接治療を減らせる」
「……はい」
言われる前に頷いた。
オリヴァーが微笑む。
「よろしい」
二つ目はネロの倉庫。
黒輪抑制具をつけたネロは、昨日より少しだけ呼吸が落ち着いていた。手首の黒い輪は消えていないが、脈打つ間隔が長くなっている。
「軽いかい?」
オリヴァーが尋ねると、ネロは目を逸らした。
「少しな」
「発作は?」
「夜中に一度。でも、喉は締まり切らなかった」
「なら効いている」
「……あんたら、ほんと何なんだよ」
ネロは掠れた声で言った。
「俺は敵側の人間だぞ」
「信用はしていない」
エリオットが入口で静かに答えた。
「でも、死なせる理由にはならない」
ネロは苦々しく笑った。
「元騎士ってのは面倒だな」
「治療師も面倒だ」
エリオットが言うと、ミラが少し眉を上げた。
「それはどういう意味ですか」
「褒めている」
「本当に?」
「たぶん」
ネロは呆れたように二人を見た。
その顔には、昨日までよりわずかに人間らしい疲れが戻っていた。恐怖だけで固まっていた表情が、少し崩れている。
オリヴァーは黒輪の周辺に反応針を近づけ、記録した。
「黒輪は、ミラが持っていた核と同じ種類の脈を持っている。けれど、形が違う」
「形?」
ミラが尋ねる。
「核は瘴気を封じて保存する器。黒輪は人の魔力路へ噛ませる拘束具。目的は違う。でも、素材と術式の根は同じだ」
エリオットの表情が硬くなった。
「俺の腕も、ですか」
オリヴァーは彼を見た。
「まだ直接比べていない。だが、報告と反応を見る限り、近い」
ミラは拳を握った。
やはり。
グレイル村の患者。
ネロの黒輪。
前の村で拾った核。
エリオットの右腕。
全部が、同じ黒い根から伸びている。
三つ目は、坑道へ続く道だった。
中には入らない。
それは何度も確認した。
ダリオが先頭に立ち、村の男たちに距離を取らせる。ロアンは吸着板と白石粉の袋を持ち、オリヴァーは反応針を手にしていた。
ミラとエリオットは、少し離れた風上に立つ。
「本当は、ミラは診療所にいてほしいんだけどね」
オリヴァーが言う。
「位置だけ確認したいんです。危険ならすぐ下がります」
「エリオット君は?」
「俺は近づきません」
エリオットは自分から答えた。
「近づけば右腕が反応します。今は邪魔になる」
それは苦い判断だったはずだ。
だが、口調は落ち着いていた。
オリヴァーは頷く。
「良い判断だ」
坑道の入口は、村人たちが布と石で応急的に塞いでいた。完全ではないが、風の通り道は狭まっている。
それでも、岩の隙間から灰色の風が漏れていた。
オリヴァーが反応針を近づける。
針先はすぐに黒変した。
「強い」
ロアンが顔をしかめる。
「これ、入口だけでこの反応ですか」
「ああ。奥にあるものはもっと強いはずだ」
オリヴァーは黒い粉を採取し、白石粉の小皿に落とした。
じ、と小さな音がした。
白石粉の表面に黒い筋が走る。
「自然発生ではない」
彼は静かに言った。
「これは、瘴気が石に染みたものじゃない。粉の一粒一粒に、術式の欠片がある」
「術式の欠片……」
ミラが呟く。
「だから吸い込むと、患者の魔力路に黒い棘として残る。病ではない。人工的な術式汚染だ」
その言葉は、重かった。
病なら、治療できる。
汚染なら、原因を断たなければ続く。
ミラは坑道の暗がりを見た。
奥にある箱。
誰かが運び込んだもの。
村人が暮らす場所の近くへ、意図して置かれたもの。
胸の奥に、怒りが湧いた。
「父さん、入口から流れを弱められる?」
「できる」
オリヴァーは即答した。
「ただし、今日一日で完全には無理だ。まず吸着板と封印布で風の流れを受ける。換気具は診療所を優先したいから、坑道入口用の設置は明日だね」
「それまで患者さんたちは」
「診療所の空気が軽くなった分、今日は持つ。君は直接治療を増やさない」
先回りされた。
ミラは黙った。
エリオットが横から言う。
「俺も同意する」
「二対一はずるいです」
「三対一だよ」
ロアンが言った。
「僕も師匠側です。ミラちゃん、顔色悪いです」
ダリオまで短く言う。
「倒れる者を増やすな」
ミラは全員を見回した。
逃げ場がない。
「……分かりました」
オリヴァーは満足そうに頷いた。
「よろしい」




