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落ちこぼれ治療師は傷ついた騎士の剣を取り戻す  作者: 月森しおり
第一章 旅の治療師と傷ついた騎士
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同じ根の黒 2

 午前のうちに、オリヴァーたちは村の三か所を確認した。

 一つ目は診療所。

 換気具の効果で、部屋の反応針は黒変しにくくなっていた。患者を入れる前後で曇り方を比べると、重症者のそばでは針先が黒くなるが、換気具を動かすと徐々に薄曇りへ戻る。

「完全に浄化しているわけじゃない」

 オリヴァーは言った。

「でも、黒い粉と靄が部屋に留まりにくくなっている。患者の呼吸にはかなり違うはずだ」

 ミラは安堵した。

「これなら、軽症者はもっと安定しますね」

「直接治療を減らせる」

「……はい」

 言われる前に頷いた。

 オリヴァーが微笑む。

「よろしい」

 二つ目はネロの倉庫。

 黒輪抑制具をつけたネロは、昨日より少しだけ呼吸が落ち着いていた。手首の黒い輪は消えていないが、脈打つ間隔が長くなっている。

「軽いかい?」

 オリヴァーが尋ねると、ネロは目を逸らした。

「少しな」

「発作は?」

「夜中に一度。でも、喉は締まり切らなかった」

「なら効いている」

「……あんたら、ほんと何なんだよ」

 ネロは掠れた声で言った。

「俺は敵側の人間だぞ」

「信用はしていない」

 エリオットが入口で静かに答えた。

「でも、死なせる理由にはならない」

 ネロは苦々しく笑った。

「元騎士ってのは面倒だな」

「治療師も面倒だ」

 エリオットが言うと、ミラが少し眉を上げた。

「それはどういう意味ですか」

「褒めている」

「本当に?」

「たぶん」

 ネロは呆れたように二人を見た。

 その顔には、昨日までよりわずかに人間らしい疲れが戻っていた。恐怖だけで固まっていた表情が、少し崩れている。

 オリヴァーは黒輪の周辺に反応針を近づけ、記録した。

「黒輪は、ミラが持っていた核と同じ種類の脈を持っている。けれど、形が違う」

「形?」

 ミラが尋ねる。

「核は瘴気を封じて保存する器。黒輪は人の魔力路へ噛ませる拘束具。目的は違う。でも、素材と術式の根は同じだ」

 エリオットの表情が硬くなった。

「俺の腕も、ですか」

 オリヴァーは彼を見た。

「まだ直接比べていない。だが、報告と反応を見る限り、近い」

 ミラは拳を握った。

 やはり。

 グレイル村の患者。

 ネロの黒輪。

 前の村で拾った核。

 エリオットの右腕。

 全部が、同じ黒い根から伸びている。

     

 三つ目は、坑道へ続く道だった。

 中には入らない。

 それは何度も確認した。

 ダリオが先頭に立ち、村の男たちに距離を取らせる。ロアンは吸着板と白石粉の袋を持ち、オリヴァーは反応針を手にしていた。

 ミラとエリオットは、少し離れた風上に立つ。

「本当は、ミラは診療所にいてほしいんだけどね」

 オリヴァーが言う。

「位置だけ確認したいんです。危険ならすぐ下がります」

「エリオット君は?」

「俺は近づきません」

 エリオットは自分から答えた。

「近づけば右腕が反応します。今は邪魔になる」

 それは苦い判断だったはずだ。

 だが、口調は落ち着いていた。

 オリヴァーは頷く。

「良い判断だ」

 坑道の入口は、村人たちが布と石で応急的に塞いでいた。完全ではないが、風の通り道は狭まっている。

 それでも、岩の隙間から灰色の風が漏れていた。

 オリヴァーが反応針を近づける。

 針先はすぐに黒変した。

「強い」

 ロアンが顔をしかめる。

「これ、入口だけでこの反応ですか」

「ああ。奥にあるものはもっと強いはずだ」

 オリヴァーは黒い粉を採取し、白石粉の小皿に落とした。

 じ、と小さな音がした。

 白石粉の表面に黒い筋が走る。

「自然発生ではない」

 彼は静かに言った。

「これは、瘴気が石に染みたものじゃない。粉の一粒一粒に、術式の欠片がある」

「術式の欠片……」

 ミラが呟く。

「だから吸い込むと、患者の魔力路に黒い棘として残る。病ではない。人工的な術式汚染だ」

 その言葉は、重かった。

 病なら、治療できる。

 汚染なら、原因を断たなければ続く。

 ミラは坑道の暗がりを見た。

 奥にある箱。

 誰かが運び込んだもの。

 村人が暮らす場所の近くへ、意図して置かれたもの。

 胸の奥に、怒りが湧いた。

「父さん、入口から流れを弱められる?」

「できる」

 オリヴァーは即答した。

「ただし、今日一日で完全には無理だ。まず吸着板と封印布で風の流れを受ける。換気具は診療所を優先したいから、坑道入口用の設置は明日だね」

「それまで患者さんたちは」

「診療所の空気が軽くなった分、今日は持つ。君は直接治療を増やさない」

 先回りされた。

 ミラは黙った。

 エリオットが横から言う。

「俺も同意する」

「二対一はずるいです」

「三対一だよ」

 ロアンが言った。

「僕も師匠側です。ミラちゃん、顔色悪いです」

 ダリオまで短く言う。

「倒れる者を増やすな」

 ミラは全員を見回した。

 逃げ場がない。

「……分かりました」

 オリヴァーは満足そうに頷いた。

「よろしい」

  

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