表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
落ちこぼれ治療師は傷ついた騎士の剣を取り戻す  作者: 月森しおり
第一章 旅の治療師と傷ついた騎士
PR
114/193

救援の荷馬車 1

 夜明け前の王都は、まだ青かった。

 東の空が白むより早く、オリヴァー・コックスは工房の裏口で荷の最終確認をしていた。

 小型換気具が二台。

 白石粉を縫い込んだ封印布が三枚。

 追加の反応針が六本。

 隔離布。封印札。薬草。

 黒輪の反応を抑えるための手首覆い。

 そして、ミラへ宛てた手紙。

 どれも必要なものだった。

 けれど、足りない。

 オリヴァーはそう思っていた。

 坑道奥に残された箱型触媒源。

 村全体に広がる黒熱症状。

 エリオットの右腕。

 ネロという運び屋の黒輪。

 そして、娘の消耗。

 工房の荷馬車一台で運べる道具には限りがある。

 それでも、持てるだけ積むしかなかった。

「師匠、固定終わりました」

 ロアンが荷台の奥から顔を出した。

 無口な青年だが、昨夜からほとんど休まず動いている。換気具の歯車と白石粉の濾過布を何度も確認し、道中の揺れで壊れないよう、緩衝布まで追加していた。

「ありがとう。反応針の箱は手元に置いて」

「はい。あと、黒輪抑制具は別袋にしました。すぐ出せます」

「助かる」

 オリヴァーは頷いた。

 その声はいつも通り穏やかだったが、ロアンは知っていた。

 師匠は焦っている。

 ただし、焦りを手順に変えられる人だった。

 裏口の方から、馬の鼻息が聞こえた。

 御者台にいたダリオが振り向く。片目に古い傷のある、退役騎士の男だ。今は馬具職人として暮らしているが、手綱を握る姿には、まだ戦場の人間の気配が残っていた。

「馬は持つ。道中、替え馬を使えばリンドルまでは急げる」

「無理はさせないでください」

 オリヴァーが言うと、ダリオは片眉を上げた。

「娘さんのところへ急ぐんじゃなかったのか」

「急ぎます。けれど、馬が倒れたら着けません」

「なるほど。あんた、いい指揮官になるな」

「職人ですよ」

「職人の方がよほど堅実だ」

 ダリオは短く笑い、手綱を握り直した。

 出発の直前、ライヘルが裏口へ駆け込んできた。

 手には封書を持っている。

「父さん、これをミラに」

「追加の手紙かい」

「はい。昨日の夜、ユアンから団長命令の件が入りました。グレイル方面への無許可接触が禁じられています。騎士団側の動きは少し鈍るはずです」

 オリヴァーは封書を受け取った。

「それは、あの子たちにとって良い知らせだ」

「ただし、セヴラン側は別です」

「分かっている」

「それと、エリオットさんの右腕について。白刃状の光が出た場合、直後の熱と痛みを必ず記録するよう書きました。無理に再現させないでください」

「させないよ」

 ライヘルは父を見た。

「父さんも、無茶をしないでください」

「昨夜も聞いたね」

「何度でも言います」

 オリヴァーは少し笑った。

 そして、息子の肩に手を置く。

「ライヘル。王都を頼む」

「はい」

「ミラは私が見てくる」

 その一言で、ライヘルの表情が少しだけ崩れた。

 兄として、本当は自分が行きたい。

 けれど、王都に残る役目がある。

「お願いします」

「ああ」

 荷馬車が動き出した。

 工房の裏路地を抜け、まだ眠る王都の外門へ向かう。

 朝焼けの光が、荷台の白石粉の袋を淡く照らした。

    

 王都を離れて最初の宿場町で、ダリオは馬を替えながら情報を拾った。

 彼は騎士の顔ではなく、馬具職人の顔をしていた。

 宿場の厩で、馬の脚を見ながら、厩番に何気なく尋ねる。

「このところ、西の鉱山道は混んでいるのか」

「混むほどじゃないが、妙な連中は通ったよ」

「妙な?」

「騎士団っぽい男たちだ。グレイル方面へ行くとか言ってたが、急に引き返してきた」

 荷台で道具を確認していたオリヴァーの手が止まった。

 ダリオは顔色を変えずに続ける。

「何かあったのか」

「さあな。団長命令がどうとか言ってた。正式な派遣じゃなかったんじゃねえか?」

「ふうん」

 ダリオは馬の腹帯を締めた。

「他には?」

「黒い幌の荷馬車が前に通ったな。重そうな箱を積んでた。あれも西だ」

「いつ頃だ」

「何日か前。夜だった。金払いはよかったが、誰も荷には触らせなかった」

 ダリオは礼を言い、銅貨を置いた。

 馬車へ戻ると、オリヴァーが低く尋ねた。

「騎士団風の男たちは引き返した、と」

「ああ。団長命令が効いているらしい」

「それは助かる」

「だが、黒い幌の荷馬車は確かに通っている。宿場の者が覚えているくらいだ。重い箱を積んでな」

 ロアンが顔をしかめた。

「グレイルの坑道に置かれた箱、ですよね」

「おそらく」

 オリヴァーは西の空を見た。

 まだ遠い。

 けれど、その方角だけ雲の色が少し鈍く見える。

「急ぎましょう」

  

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ