団長命令 3
一方その頃、グレイル村へ向かっていたガレス側の追加の男たちは、途中の宿場で足を止めていた。
王都からの伝令が追いついたのだ。
団長命令。
グレイル周辺への無許可立入禁止。
現地へ赴いた者は団長室へ直接報告。
男たちは顔を見合わせた。
「どうする」
「このまま行けば命令違反だ」
「だが、ヴィクトル卿からは確認を」
「正式命令じゃない」
その一言で、場が冷えた。
彼らは、自分たちの立場が不安定なことをよく分かっていた。
騎士団名を使える。
だが正式な派遣ではない。
だから捕まれば、上は簡単に切り捨てる。
「戻るぞ」
一人が言った。
「グレイルにいる記録室の男は?」
「伝令を送る。団長室へは行くな、と」
彼らは引き返した。
たったそれだけのことだった。
だが、グレイル村へ向かう影が一つ、消えた。
その夜、オリヴァー工房にユアンからの符号文が届いた。
ライヘルはそれを読み、目を見開いた。
「団長が……?」
オリヴァーが顔を上げる。
「何かあったのかい」
「騎士団長に認識阻害の兆候があったと。そして今、エリオットの試し石の光を思い出しかけています。グレイルへの無許可接触を禁止する命令も出しました」
オルガは椅子から身を起こした。
「それは大きいね」
「はい」
ライヘルは符号文を握りしめた。
「でも、危険でもあります。団長がまた認識阻害を受ける可能性がある」
「なら、その前に外から支える必要がある」
オルガは静かに言った。
「団長が自分の違和感を書き残しているなら、こちらも記録を集める。試し石の儀式記録、立会人、封印指定、エリオットの負傷記録。全部を繋げる」
オリヴァーは作業の手を止めなかった。
「救援荷馬車は予定通り、夜明けに出す」
「父さん」
「団長命令で敵側の追跡が鈍るなら、今が好機だ」
白石粉を縫い込んだ封印布。
小型換気具。
黒輪抑制具。
追加の反応針。
ミラへの手紙。
すべてを、夜明けまでに積み込む。
王都の中でも、グレイル村へ向けても。
味方たちは、それぞれの場所で動き始めていた。
同じ頃、騎士団本部の廊下をガレスが一人で歩いていた。
その表情に、昼間の余裕はない。
団長が思い出しかけている。
ユアンが呼ばれた。
グレイルへの非公式接触が封じられた。
盤面が、少しずつ動き始めている。
「セヴランめ」
ガレスは低く呟いた。
「遊んでいる場合ではないぞ」
彼は暗い階段を降り、騎士団本部の奥にある、使われていない古い連絡室へ向かった。
そこには、黒い水晶片をはめ込んだ小さな通信具が隠されている。
使えば、相手にもこちらの焦りを悟られる。
それでも、今は繋ぐ必要があった。
ガレスは黒い水晶片に手をかざす。
しばらくして、低い声が響いた。
「珍しいですね。あなたから急ぐとは」
セヴラン・ノックスの声だった。
ガレスは顔を歪めた。
「エリオット・バーンスタンの件だ。騎士団長が試し石を思い出しかけている」
通信具の向こうで、少しの沈黙が落ちた。
そして、セヴランの声が楽しげに細くなる。
「それは……面白い」
「面白がるな。認識阻害を補強しろ」
「今、団長へ直接触れるのは危険です。目覚めかけている者に無理な術を重ねれば、かえって痕が残る」
「ではどうする」
「光を消すには、火元を見ましょう」
「バーンスタンか」
「そして、彼を治している治療師です」
ガレスの目が冷える。
「まだ観察するつもりか」
「もちろん。ですが、あなたの焦りも理解しました」
セヴランの声は穏やかだった。
「では少しだけ、グレイルの夜を揺らしてみましょう」
ガレスは眉をひそめた。
「何をするつもりだ」
「彼らがどこまで耐えられるか、確かめるだけですよ」
通信はそこで途切れた。
ガレスは水晶片を睨みつける。
協力者。
だが、やはり信用ならない。
その頃、遠く離れたグレイル村では、ミラが患者の記録をつけていた。
エリオットは入口側で、今日は少しだけ目を閉じて休んでいる。
窓辺の反応針は薄曇り。
封印箱のそばの針は澄んでいる。
静かな夜だった。
だが、坑道の奥で、箱の中の黒いものがゆっくりと脈打った。
まだ誰も知らない。
王都で、セヴランがほんの少しだけ手を伸ばしたことを。
そして、救援の荷馬車が夜明けに王都を出るその前に、グレイル村の夜がもう一度、試されようとしていることを。




