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落ちこぼれ治療師は傷ついた騎士の剣を取り戻す  作者: 月森しおり
第一章 旅の治療師と傷ついた騎士
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団長命令 3

 一方その頃、グレイル村へ向かっていたガレス側の追加の男たちは、途中の宿場で足を止めていた。

 王都からの伝令が追いついたのだ。

 団長命令。

 グレイル周辺への無許可立入禁止。

 現地へ赴いた者は団長室へ直接報告。

 男たちは顔を見合わせた。

「どうする」

「このまま行けば命令違反だ」

「だが、ヴィクトル卿からは確認を」

「正式命令じゃない」

 その一言で、場が冷えた。

 彼らは、自分たちの立場が不安定なことをよく分かっていた。

 騎士団名を使える。

 だが正式な派遣ではない。

 だから捕まれば、上は簡単に切り捨てる。

「戻るぞ」

 一人が言った。

「グレイルにいる記録室の男は?」

「伝令を送る。団長室へは行くな、と」

 彼らは引き返した。

 たったそれだけのことだった。

 だが、グレイル村へ向かう影が一つ、消えた。

    

 その夜、オリヴァー工房にユアンからの符号文が届いた。

 ライヘルはそれを読み、目を見開いた。

「団長が……?」

 オリヴァーが顔を上げる。

「何かあったのかい」

「騎士団長に認識阻害の兆候があったと。そして今、エリオットの試し石の光を思い出しかけています。グレイルへの無許可接触を禁止する命令も出しました」

 オルガは椅子から身を起こした。

「それは大きいね」

「はい」

 ライヘルは符号文を握りしめた。

「でも、危険でもあります。団長がまた認識阻害を受ける可能性がある」

「なら、その前に外から支える必要がある」

 オルガは静かに言った。

「団長が自分の違和感を書き残しているなら、こちらも記録を集める。試し石の儀式記録、立会人、封印指定、エリオットの負傷記録。全部を繋げる」

 オリヴァーは作業の手を止めなかった。

「救援荷馬車は予定通り、夜明けに出す」

「父さん」

「団長命令で敵側の追跡が鈍るなら、今が好機だ」

 白石粉を縫い込んだ封印布。

 小型換気具。

 黒輪抑制具。

 追加の反応針。

 ミラへの手紙。

 すべてを、夜明けまでに積み込む。

 王都の中でも、グレイル村へ向けても。

 味方たちは、それぞれの場所で動き始めていた。

   

 同じ頃、騎士団本部の廊下をガレスが一人で歩いていた。

 その表情に、昼間の余裕はない。

 団長が思い出しかけている。

 ユアンが呼ばれた。

 グレイルへの非公式接触が封じられた。

 盤面が、少しずつ動き始めている。

「セヴランめ」

 ガレスは低く呟いた。

「遊んでいる場合ではないぞ」

 彼は暗い階段を降り、騎士団本部の奥にある、使われていない古い連絡室へ向かった。

 そこには、黒い水晶片をはめ込んだ小さな通信具が隠されている。

 使えば、相手にもこちらの焦りを悟られる。

 それでも、今は繋ぐ必要があった。

 ガレスは黒い水晶片に手をかざす。

 しばらくして、低い声が響いた。

「珍しいですね。あなたから急ぐとは」

 セヴラン・ノックスの声だった。

 ガレスは顔を歪めた。

「エリオット・バーンスタンの件だ。騎士団長が試し石を思い出しかけている」

 通信具の向こうで、少しの沈黙が落ちた。

 そして、セヴランの声が楽しげに細くなる。

「それは……面白い」

「面白がるな。認識阻害を補強しろ」

「今、団長へ直接触れるのは危険です。目覚めかけている者に無理な術を重ねれば、かえって痕が残る」

「ではどうする」

「光を消すには、火元を見ましょう」

「バーンスタンか」

「そして、彼を治している治療師です」

 ガレスの目が冷える。

「まだ観察するつもりか」

「もちろん。ですが、あなたの焦りも理解しました」

 セヴランの声は穏やかだった。

「では少しだけ、グレイルの夜を揺らしてみましょう」

 ガレスは眉をひそめた。

「何をするつもりだ」

「彼らがどこまで耐えられるか、確かめるだけですよ」

 通信はそこで途切れた。

 ガレスは水晶片を睨みつける。

 協力者。

 だが、やはり信用ならない。

    

 その頃、遠く離れたグレイル村では、ミラが患者の記録をつけていた。

 エリオットは入口側で、今日は少しだけ目を閉じて休んでいる。

 窓辺の反応針は薄曇り。

 封印箱のそばの針は澄んでいる。

 静かな夜だった。

 だが、坑道の奥で、箱の中の黒いものがゆっくりと脈打った。

 まだ誰も知らない。

 王都で、セヴランがほんの少しだけ手を伸ばしたことを。

 そして、救援の荷馬車が夜明けに王都を出るその前に、グレイル村の夜がもう一度、試されようとしていることを。

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