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落ちこぼれ治療師は傷ついた騎士の剣を取り戻す  作者: 月森しおり
第一章 旅の治療師と傷ついた騎士
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団長命令 2

 ユアンが団長室へ呼ばれたのは、その少し後だった。

 表向きには、訓練予定の確認という名目だった。

 だが、扉を閉めると、アルベルトの顔にいつもの穏やかな威厳とは違うものがあった。

 疑念。

 そして、痛みを伴う決意。

「ユアン」

「はい」

「グレイル村に関して、騎士団名を使って動いている者がいないか確認しろ」

 ユアンの心臓が一拍強く打った。

 表情には出さない。

「正式派遣は出ていないはずです」

「そのはずだ」

 アルベルトはユアンを見据えた。

「だから確認しろ。正式命令のない者が騎士団名を使っているなら、職務詐称として扱う」

「承知しました」

「報告は私へ直接。ガレスを通すな」

 ユアンは、今度はほんのわずかに目を上げた。

 アルベルトはその反応を見逃さなかった。

「何か知っているな」

 問いというより、確認だった。

 ユアンは慎重に答えた。

「確証のある形では、まだ申し上げられません」

「そうか」

「ですが、グレイル村には、私の知る者が関わっています」

「エリオット・バーンスタンか」

 名前が出た。

 ユアンは一瞬、息を止めた。

「はい」

 アルベルトは机の上の紙に目を落とした。

 そこには例の一文がある。

 ――バーンスタン。試し石。白光。忘れるな。

 ユアンにも、それが見えた。

 彼の表情が変わる。

「団長、それは」

「私は何かを忘れさせられている」

 アルベルトは静かに言った。

「エリオット・バーンスタンの試し石。私は見たはずだ。白い光を」

 ユアンは、すぐには言葉を出せなかった。

 騎士団長がそこまで言う意味。

 それは、エリオットがただの元騎士ではないと、団長が思い出しかけているということだ。

「このことは誰にも言うな」

「はい」

「特にガレスには」

「承知しました」

 アルベルトは深く息を吐いた。

「ユアン。エリオットの身に危険が及ぶ可能性があるなら、私へ直接知らせろ」

「……はい」

「私は、まだ全てを思い出していない。だが、もし彼が私の見た通りの者なら、騎士団は彼を守らねばならなかった」

 その声には、悔恨が滲んでいた。

「それを、私はできなかった」

「団長」

「言い訳はしない。踏み込まなかった責任は私にある」

 アルベルトは拳を握った。

「だが、今度は見過ごさない」

 ユアンは深く頭を下げた。

「エリオットにその言葉が届けば、きっと力になります」

「まだ届けるな。まずは彼を生かして戻す」

「はい」

「それから、ユアン」

「はい」

「グレイルへ公式に騎士を出すことは今はしない。出せばガレスに察知される。だが、私の命令でグレイル周辺への無許可接触は禁止した。これで少しは時間が稼げるはずだ」

「十分です」

 ユアンは静かに言った。

「その時間を、使います」

     

 団長室を出たユアンは、廊下で立ち止まらなかった。

 ゆっくり歩く。

 急がない。

 いつも通りの顔で。

 だが、胸の奥は熱かった。

 団長が誰かに認識阻害をかけられていた可能性。

 そして今、団長が目を覚まし始めている。

 まだ完全ではない。

 危うい。

 団長はガレスを警戒している。

 ガレスに知られれば、また認識を曇らされるかもしれない。

 けれど、騎士団長アルベルト・レーヴェンは、エリオットを守る側へ踏み出した。

 ユアンは、誰にも見られない角を曲がってから、短い符号文を書いた。

 宛先は、ライヘル。

 ――団長、認識阻害の自覚。試し石の白光を思い出しかけている。

 ――グレイル方面への無許可立入禁止命令発令。

 ――騎士団名を使う非公式接触は動きにくくなる。

 ――報告は団長へ直接、ガレスを通すなとの命。

 ――団長は味方候補。ただし認識阻害の再発に注意。

 それを、いつもの経路ではなく、さらに安全な文具商の裏便へ預ける。

 ユアンは思った。

 エリオット。

 お前を忘れていなかった者が、ようやく目を覚まそうとしている。

  

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