団長命令 2
ユアンが団長室へ呼ばれたのは、その少し後だった。
表向きには、訓練予定の確認という名目だった。
だが、扉を閉めると、アルベルトの顔にいつもの穏やかな威厳とは違うものがあった。
疑念。
そして、痛みを伴う決意。
「ユアン」
「はい」
「グレイル村に関して、騎士団名を使って動いている者がいないか確認しろ」
ユアンの心臓が一拍強く打った。
表情には出さない。
「正式派遣は出ていないはずです」
「そのはずだ」
アルベルトはユアンを見据えた。
「だから確認しろ。正式命令のない者が騎士団名を使っているなら、職務詐称として扱う」
「承知しました」
「報告は私へ直接。ガレスを通すな」
ユアンは、今度はほんのわずかに目を上げた。
アルベルトはその反応を見逃さなかった。
「何か知っているな」
問いというより、確認だった。
ユアンは慎重に答えた。
「確証のある形では、まだ申し上げられません」
「そうか」
「ですが、グレイル村には、私の知る者が関わっています」
「エリオット・バーンスタンか」
名前が出た。
ユアンは一瞬、息を止めた。
「はい」
アルベルトは机の上の紙に目を落とした。
そこには例の一文がある。
――バーンスタン。試し石。白光。忘れるな。
ユアンにも、それが見えた。
彼の表情が変わる。
「団長、それは」
「私は何かを忘れさせられている」
アルベルトは静かに言った。
「エリオット・バーンスタンの試し石。私は見たはずだ。白い光を」
ユアンは、すぐには言葉を出せなかった。
騎士団長がそこまで言う意味。
それは、エリオットがただの元騎士ではないと、団長が思い出しかけているということだ。
「このことは誰にも言うな」
「はい」
「特にガレスには」
「承知しました」
アルベルトは深く息を吐いた。
「ユアン。エリオットの身に危険が及ぶ可能性があるなら、私へ直接知らせろ」
「……はい」
「私は、まだ全てを思い出していない。だが、もし彼が私の見た通りの者なら、騎士団は彼を守らねばならなかった」
その声には、悔恨が滲んでいた。
「それを、私はできなかった」
「団長」
「言い訳はしない。踏み込まなかった責任は私にある」
アルベルトは拳を握った。
「だが、今度は見過ごさない」
ユアンは深く頭を下げた。
「エリオットにその言葉が届けば、きっと力になります」
「まだ届けるな。まずは彼を生かして戻す」
「はい」
「それから、ユアン」
「はい」
「グレイルへ公式に騎士を出すことは今はしない。出せばガレスに察知される。だが、私の命令でグレイル周辺への無許可接触は禁止した。これで少しは時間が稼げるはずだ」
「十分です」
ユアンは静かに言った。
「その時間を、使います」
団長室を出たユアンは、廊下で立ち止まらなかった。
ゆっくり歩く。
急がない。
いつも通りの顔で。
だが、胸の奥は熱かった。
団長が誰かに認識阻害をかけられていた可能性。
そして今、団長が目を覚まし始めている。
まだ完全ではない。
危うい。
団長はガレスを警戒している。
ガレスに知られれば、また認識を曇らされるかもしれない。
けれど、騎士団長アルベルト・レーヴェンは、エリオットを守る側へ踏み出した。
ユアンは、誰にも見られない角を曲がってから、短い符号文を書いた。
宛先は、ライヘル。
――団長、認識阻害の自覚。試し石の白光を思い出しかけている。
――グレイル方面への無許可立入禁止命令発令。
――騎士団名を使う非公式接触は動きにくくなる。
――報告は団長へ直接、ガレスを通すなとの命。
――団長は味方候補。ただし認識阻害の再発に注意。
それを、いつもの経路ではなく、さらに安全な文具商の裏便へ預ける。
ユアンは思った。
エリオット。
お前を忘れていなかった者が、ようやく目を覚まそうとしている。




