表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
落ちこぼれ治療師は傷ついた騎士の剣を取り戻す  作者: 月森しおり
第一章 旅の治療師と傷ついた騎士
PR
11/186

旅治療師の期限 3

 その日の昼過ぎ、ミラは次の村へ送る手紙と薬草の包みを村長へ預けた。

 村長は丁寧に受け取り、隣町へ向かう若者に託すと言った。

「滞在の延長、本当に助かるよ」

「こちらこそ、ありがとうございます」

「エリオットにも、少し変化があるんだろう?」

「はい。少しずつですが」

「そうか」

 村長は遠くを見るような目をした。

「あの子が戻ってきてから、村の皆、どう接すればいいのか分からなかった。励ませば傷つける。放っておけば孤独にする。手を貸せば、自尊心を削る」

 ミラは黙って聞いていた。

「君が来てから、あの子は少し変わったよ」

「私が、ですか」

「ああ。右腕だけじゃない。目が少し戻った」

 ミラは返事に困った。

 自分がそんな大きなことをしたとは思えない。

 けれど、エリオットが布をつまんだ時の顔を思い出す。

 悔しさの中に、確かに小さな火が戻っていた。

「私は、治療をしているだけです」

 ミラがそう言うと、村長は優しく笑った。

「それが一番ありがたいんだよ」

 その言葉を胸に、ミラは診療所へ戻った。

 机の上には、エリオットの治療記録と、守護騎士の伝承を書き写した紙片が並んでいる。

 ミラは椅子に座り、今日の記録を書いた。

 ――滞在延長決定。次の逗留先へ連絡。

 ――エリオット、右手で木片を押す動作成功。

 ――杯に右手を添え、温度感覚あり。

 ――騎士叙任時、試し石に白い筋を見た記憶あり。

 ――討伐記録に瘴気残滓が少ないとの指摘があった可能性。

 ――王都側の記録調査が必要。

 そこまで書いて、筆が止まる。

 兄に、いつ手紙を書くべきだろう。

 ライヘルなら、王都の記録を調べられるかもしれない。

 けれどそれは、エリオットの過去を再び王都へ差し出すことにもなる。

 ミラは悩んだ末、別の紙を一枚取り出した。

 まだ送るつもりはない。

 ただ、整理するために。

 ――兄さんへ。

 そこまで書いて、手が止まる。

 何を書けばいいのか分からなかった。

 エリオット・バーンスタンという元騎士を診ています。

 彼の右腕には黒い瘴気が残っています。

 村の治癒の女神の伝承と関わりがあるかもしれません。

 私のペンダントが反応しました。

 彼は守護騎士の末裔かもしれません。

 どれも、あまりに突飛だ。

 兄は信じるだろうか。

 いや、信じるかどうかより、研究者として興味を持つだろう。

 その時、ミラはぞくりとした。

 ライヘルは優しい兄だ。

 ミラを馬鹿にしたことはない。

 けれど、王立魔術院の研究員でもある。

 エリオットの腕を、症例として見てしまう可能性がある。

 それは嫌だった。

 ミラは書きかけの手紙を伏せた。

「まだ……もう少しだけ」

 もう少し、村で調べる。

 エリオットの状態を安定させる。

 その上で、本人に確認してから兄へ相談する。

 それが今のミラにできる、精いっぱいの誠実さだった。

 窓の外を見ると、夕暮れの中、エリオットの家の方角に小さな灯りがともっていた。

 ミラは胸元の白い花のペンダントに触れる。

 彼の右手は、今日、杯の温かさを感じた。

 たったそれだけ。

 けれど、それは剣へ続く道の途中にある、確かな一歩だった。

 ミラは帳面を閉じた。

 契約の期限は延びた。

 けれど、永遠ではない。

 この村に残れる時間には限りがある。

 だからこそ、その時間でできることをしなければならない。

 治療も。

 調査も。

 そして、エリオットがもう一度自分の手を信じられるようになるまでの、小さな積み重ねも。

 ミラは灯りをともし、明日の治療計画を書き始めた。





評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ