王都へ走る手紙 3
会議が終わる頃には、夜が深くなっていた。
オリヴァーはすでに作業台へ向かっている。
ライヘルは王都内の連絡経路を整理し、オルガは黒輪術式の資料を思い出せる限り書き出し、ユアンは私的護衛へ連絡を送る。
誰も、十分に休める状況ではなかった。
けれど、今回は違う。
誰か一人が抱えているわけではない。
ミラが救援を呼んだことで、王都側の大人たちが本格的に動き出した。
ライヘルはミラの手紙をもう一度見た。
――どうか、力を貸してください。
「貸すに決まってるだろ」
小さく呟いた声には、兄としての苛立ちと心配が滲んでいた。
一方、その頃。
王都の別の一室で、ヴィクトル・グレインは黒い封筒を開いていた。
記録室を名乗った男からの報告。
グレイル。
ミラ・コックス。
エリオット・バーンスタン。
療養中。
回復の確証なし。
黒い幌の荷馬車との接点あり。
ヴィクトルは目を細めた。
「……まだ生きているだけでなく、動いているのか」
彼は報告書を折り畳み、机の奥へ入れた。
すぐにガレス・オルブライト副団長へ上げるべきか。
少し迷った。
エリオットの回復が本物なら、ガレスはすぐに動けと言うだろう。
だが、セヴラン側の黒い荷馬車の話まで絡んでいる。
下手に踏み込めば、自分の過去の関与も掘られる。
ヴィクトルは唇を歪めた。
「報告は後だ。まずは確認を」
彼は部下を呼び、短く命じた。
「グレイルへ追加の者を出せ。だが手は出すな。エリオットの右腕が本当に動くか、それだけを見ろ」
「治療師は?」
「近づきすぎるな。セヴランの領分かもしれない」
その名を出す時、ヴィクトルの声にはわずかな嫌悪が混じった。
協力関係。
だが、信頼関係ではない。
同じ夜。
グレイル村では、ミラが久しぶりに朝まで眠れた身体で目を覚ました。
まだ疲れは残っている。
だが、頭は前日より少し澄んでいた。
隣の部屋では、エリオットも目を開けていた。こちらも完全に回復した顔ではないが、目の奥の疲れは少しだけ薄い。
「おはようございます」
「ああ」
「眠れましたか」
「少し」
「少し?」
「……前よりは」
「では、良い傾向です」
エリオットは小さく息を吐いた。
「君は?」
「私も、前よりは」
「良い傾向だな」
同じ言葉を返され、ミラは少し笑った。
だが、その時、窓辺の反応針が薄く曇った。
朝の光の中で、銀の針先に灰色が差す。
二人は同時にそちらを見た。
封印箱のそばの針は澄んでいる。
窓辺だけが曇っている。
外から。
村の空気が、また少し黒を含み始めている。
ミラは深く息を吸った。
「今日も、やることが多そうです」
エリオットは左手で杖を取った。
「ああ。だが、昨日よりは眠った」
「はい」
「なら、昨日より少しは持つ」
その言葉は、強がりではなかった。
持ちこたえるために眠った。
助けを呼ぶために手紙を出した。
全部を抱えないために、村と王都を動かした。
まだ救援は来ない。
敵の影も近づいている。
それでも、二人は昨日より少しだけ、倒れない準備ができていた。
ミラは白花のペンダントを握り、静かに頷いた。
「救援が来るまで、持ちこたえましょう」
エリオットも頷いた。
「持ちこたえる」
グレイル村の新しい一日が始まった。




