王都へ走る手紙 2
ライヘル・コックスは、工房に駆け込むなり、父の顔を見て足を止めた。
「……何が届いたんですか」
「ミラからだ」
それだけで、ライヘルの表情が引き締まった。
オリヴァーは手紙を渡した。
ライヘルは立ったまま読み始めた。
黒熱症状多数。
箱型触媒源。
ネロ。
黒輪。
先生。
騎士団記録室。
読み終える頃には、彼の顔色は明らかに悪くなっていた。
「グレイル村……」
「知っている場所かい」
「古い鉱山道の村です。王都の公式地図では、ほとんど重要視されていません」
「だから使われたのかもしれない」
「ええ」
ライヘルはエリオットの手紙も読んだ。
その左手の文字を見て、しばらく黙る。
「彼自身が証言すると書いていますね」
「その前に生きて戻さないと」
オリヴァーの声は静かだった。
ライヘルは手紙を畳み、机に置く。
「公式救援は使えません。騎士団、魔術院、治療院、どこに情報が漏れるか分からない」
「分かっている」
「でも、現地の状況は非公式で済ませるには大きすぎます」
「だから、まず非公式で抑える。公式に出すのは、証拠と安全な経路を確保してからだ」
オリヴァーは道具を示した。
「ミラたちに必要なのは、今すぐの封じと換気だ。坑道の奥に入る必要はない。むしろ入らせてはいけない。入口からの流出を弱める道具を送る」
「作れますか」
「完全な封印は無理だ。だが、風に混じる粉を抑え、瘴気の流れを遅らせるくらいならできる」
「どのくらいで?」
「一晩」
ライヘルは一瞬、父を見た。
「父さん」
「一晩で作る」
「無茶です」
「ミラがグレイルでしていることに比べれば、工房で徹夜するくらいどうということはない」
ライヘルは返す言葉を失った。
父は穏やかだ。
だが、こういう時、誰よりも頑固だった。
「僕はフェンネル管理官を呼びます」
「実物は持ち込まない」
「もちろん。ここに来てもらいます」
「ユアン君にも」
「はい。騎士団記録室を名乗る男が動いています。彼からその経路を探ってもらう必要があります」
オリヴァーは頷いた。
「それと、エリオット君の両親への接触を止める方法も考えた方がいい」
「ユアンに頼みます」
「お願いする立場が増えてきたね」
「ええ」
ライヘルは苦く笑った。
「でも、ミラが助けを求めたんです。こちらも使える人を全部使います」
オリヴァーは少しだけ目を細めた。
「兄らしい顔になった」
「父さんこそ」
「父はいつでも父だよ」
その日の夕方、オリヴァー工房の奥には再び四人が集まった。
オリヴァー。
ライヘル。
オルガ・フェンネル。
ユアン・クロフォード。
オルガはミラの報告書を読み終え、しばらく目を閉じた。
「黒輪状術式……発言封じと逃亡防止。やり口が悪いね」
「心当たりがありますか」
ライヘルが尋ねる。
「禁術資料の古い分類で見たことがある。契約封じの一種だよ。本人の魔力路に瘴気の輪を噛ませ、禁じた情報へ触れると喉や胸を締める」
「解除は?」
「術者本人か、術式の芯を断てる者が必要だね」
全員の視線が、一瞬だけエリオットの手紙へ向いた。
魔を断つ力。
だが、おそらく今のエリオットにそれをさせるのは危険すぎる。
オリヴァーが言った。
「今は解除ではなく、発作を抑える道具を作る。黒輪の反応を鈍らせる程度なら、外付けの遮断布で少しはできるはずだ」
「お願いします」
ライヘルが言う。
ユアンは、騎士団記録室を名乗る男の報告部分を読んでいた。
「記録室の正式派遣はありません」
「やはり」
「ただし、非公式に動かせる人間はいます。ヴィクトル・グレインの周辺に、そういう事務方が数人いる」
「グレイルへ行った男も、その一人?」
「可能性が高いです」
ユアンの声は硬かった。
「彼らの目的は、エリオットの状態確認でしょう。今すぐ襲うというより、回復度を測る」
「戻れば、報告がヴィクトルへ行く」
「すでに送っているかもしれません」
工房内の空気が重くなる。
オルガが静かに言った。
「つまり、グレイルには二種類の目がある。セヴラン系の目と、騎士団側の目」
「目的は違います」
ライヘルが続ける。
「セヴランはミラとエリオットの反応を観察したい。騎士団側はエリオットの再起を警戒している」
「どちらにしても、現地の二人には危険だね」
オルガは短く言った。
「救援はどう出す?」
ユアンが問う。
オリヴァーは机の上に設計図を広げた。
「まず物資。封印布、白石粉、換気具、反応針、黒輪抑制用の手首覆い。これはリンドル経由で送る」
「人は?」
ライヘルが尋ねる。
「私が行く」
オリヴァーが言った。
場が一瞬、静まった。
「父さん」
「現地で道具の調整が必要だ。坑道入口の風向きや村の配置を見ないと、換気具は正確に置けない」
「危険です」
「だから行く」
「父さんまで狙われます」
「狙われるほど目立たないよ。ただの工房職人だ」
オルガが苦笑した。
「自分で言うほどただの職人ではないと思うけれどね」
オリヴァーは肩をすくめた。
「それでも、魔術院の研究員や騎士団の騎士よりは目立たない」
「僕も行きます」
ライヘルが言った。
オリヴァーは首を横に振った。
「君が動けば魔術院側に目立つ」
「でも、ミラが」
「ライヘル」
父の声が少しだけ強くなった。
「君には王都でしかできないことがある。資料を追う。フェンネル管理官とつなぐ。ユアン君と情報を合わせる。ミラたちが戻る場所を確保する」
ライヘルは唇を引き結んだ。
行きたい。
妹のそばへ。
だが、父の言う通りだった。
今ライヘルが王都を離れれば、魔術院側の動きが途切れる。セヴランや治療院の線を追える者が減る。
オルガも静かに言った。
「コックス君。あなたは王都に残るべきだよ」
「……分かっています」
ライヘルは低く答えた。
分かっているからこそ、苦しかった。
「では、父さんだけで?」
ユアンが問う。
「いや」
オリヴァーは少し考えた。
「工房の古い弟子を一人連れて行く。あと、リンドルから現地へ慣れた者を借りる。武力ではなく、荷運びと設置のためだ」
「護衛は?」
「目立つ護衛は避けたい」
ユアンが静かに言った。
「なら、騎士団ではなく、私の私的な知人を一人つけます。退役騎士で、今は馬具職人をしている男です。表向きは荷馬車の護衛兼御者。口は堅い」
「信頼できる?」
「命を預けたことがあります」
その言葉に、オリヴァーは頷いた。
「お願いするよ」




