表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
落ちこぼれ治療師は傷ついた騎士の剣を取り戻す  作者: 月森しおり
第一章 旅の治療師と傷ついた騎士
PR
103/195

王都へ走る手紙 2

 ライヘル・コックスは、工房に駆け込むなり、父の顔を見て足を止めた。

「……何が届いたんですか」

「ミラからだ」

 それだけで、ライヘルの表情が引き締まった。

 オリヴァーは手紙を渡した。

 ライヘルは立ったまま読み始めた。

 黒熱症状多数。

 箱型触媒源。

 ネロ。

 黒輪。

 先生。

 騎士団記録室。

 読み終える頃には、彼の顔色は明らかに悪くなっていた。

「グレイル村……」

「知っている場所かい」

「古い鉱山道の村です。王都の公式地図では、ほとんど重要視されていません」

「だから使われたのかもしれない」

「ええ」

 ライヘルはエリオットの手紙も読んだ。

 その左手の文字を見て、しばらく黙る。

「彼自身が証言すると書いていますね」

「その前に生きて戻さないと」

 オリヴァーの声は静かだった。

 ライヘルは手紙を畳み、机に置く。

「公式救援は使えません。騎士団、魔術院、治療院、どこに情報が漏れるか分からない」

「分かっている」

「でも、現地の状況は非公式で済ませるには大きすぎます」

「だから、まず非公式で抑える。公式に出すのは、証拠と安全な経路を確保してからだ」

 オリヴァーは道具を示した。

「ミラたちに必要なのは、今すぐの封じと換気だ。坑道の奥に入る必要はない。むしろ入らせてはいけない。入口からの流出を弱める道具を送る」

「作れますか」

「完全な封印は無理だ。だが、風に混じる粉を抑え、瘴気の流れを遅らせるくらいならできる」

「どのくらいで?」

「一晩」

 ライヘルは一瞬、父を見た。

「父さん」

「一晩で作る」

「無茶です」

「ミラがグレイルでしていることに比べれば、工房で徹夜するくらいどうということはない」

 ライヘルは返す言葉を失った。

 父は穏やかだ。

 だが、こういう時、誰よりも頑固だった。

「僕はフェンネル管理官を呼びます」

「実物は持ち込まない」

「もちろん。ここに来てもらいます」

「ユアン君にも」

「はい。騎士団記録室を名乗る男が動いています。彼からその経路を探ってもらう必要があります」

 オリヴァーは頷いた。

「それと、エリオット君の両親への接触を止める方法も考えた方がいい」

「ユアンに頼みます」

「お願いする立場が増えてきたね」

「ええ」

 ライヘルは苦く笑った。

「でも、ミラが助けを求めたんです。こちらも使える人を全部使います」

 オリヴァーは少しだけ目を細めた。

「兄らしい顔になった」

「父さんこそ」

「父はいつでも父だよ」

     

 その日の夕方、オリヴァー工房の奥には再び四人が集まった。

 オリヴァー。

 ライヘル。

 オルガ・フェンネル。

 ユアン・クロフォード。

 オルガはミラの報告書を読み終え、しばらく目を閉じた。

「黒輪状術式……発言封じと逃亡防止。やり口が悪いね」

「心当たりがありますか」

 ライヘルが尋ねる。

「禁術資料の古い分類で見たことがある。契約封じの一種だよ。本人の魔力路に瘴気の輪を噛ませ、禁じた情報へ触れると喉や胸を締める」

「解除は?」

「術者本人か、術式の芯を断てる者が必要だね」

 全員の視線が、一瞬だけエリオットの手紙へ向いた。

 魔を断つ力。

 だが、おそらく今のエリオットにそれをさせるのは危険すぎる。

 オリヴァーが言った。

「今は解除ではなく、発作を抑える道具を作る。黒輪の反応を鈍らせる程度なら、外付けの遮断布で少しはできるはずだ」

「お願いします」

 ライヘルが言う。

 ユアンは、騎士団記録室を名乗る男の報告部分を読んでいた。

「記録室の正式派遣はありません」

「やはり」

「ただし、非公式に動かせる人間はいます。ヴィクトル・グレインの周辺に、そういう事務方が数人いる」

「グレイルへ行った男も、その一人?」

「可能性が高いです」

 ユアンの声は硬かった。

「彼らの目的は、エリオットの状態確認でしょう。今すぐ襲うというより、回復度を測る」

「戻れば、報告がヴィクトルへ行く」

「すでに送っているかもしれません」

 工房内の空気が重くなる。

 オルガが静かに言った。

「つまり、グレイルには二種類の目がある。セヴラン系の目と、騎士団側の目」

「目的は違います」

 ライヘルが続ける。

「セヴランはミラとエリオットの反応を観察したい。騎士団側はエリオットの再起を警戒している」

「どちらにしても、現地の二人には危険だね」

 オルガは短く言った。

「救援はどう出す?」

 ユアンが問う。

 オリヴァーは机の上に設計図を広げた。

「まず物資。封印布、白石粉、換気具、反応針、黒輪抑制用の手首覆い。これはリンドル経由で送る」

「人は?」

 ライヘルが尋ねる。

「私が行く」

 オリヴァーが言った。

 場が一瞬、静まった。

「父さん」

「現地で道具の調整が必要だ。坑道入口の風向きや村の配置を見ないと、換気具は正確に置けない」

「危険です」

「だから行く」

「父さんまで狙われます」

「狙われるほど目立たないよ。ただの工房職人だ」

 オルガが苦笑した。

「自分で言うほどただの職人ではないと思うけれどね」

 オリヴァーは肩をすくめた。

「それでも、魔術院の研究員や騎士団の騎士よりは目立たない」

「僕も行きます」

 ライヘルが言った。

 オリヴァーは首を横に振った。

「君が動けば魔術院側に目立つ」

「でも、ミラが」

「ライヘル」

 父の声が少しだけ強くなった。

「君には王都でしかできないことがある。資料を追う。フェンネル管理官とつなぐ。ユアン君と情報を合わせる。ミラたちが戻る場所を確保する」

 ライヘルは唇を引き結んだ。

 行きたい。

 妹のそばへ。

 だが、父の言う通りだった。

 今ライヘルが王都を離れれば、魔術院側の動きが途切れる。セヴランや治療院の線を追える者が減る。

 オルガも静かに言った。

「コックス君。あなたは王都に残るべきだよ」

「……分かっています」

 ライヘルは低く答えた。

 分かっているからこそ、苦しかった。

「では、父さんだけで?」

 ユアンが問う。

「いや」

 オリヴァーは少し考えた。

「工房の古い弟子を一人連れて行く。あと、リンドルから現地へ慣れた者を借りる。武力ではなく、荷運びと設置のためだ」

「護衛は?」

「目立つ護衛は避けたい」

 ユアンが静かに言った。

「なら、騎士団ではなく、私の私的な知人を一人つけます。退役騎士で、今は馬具職人をしている男です。表向きは荷馬車の護衛兼御者。口は堅い」

「信頼できる?」

「命を預けたことがあります」

 その言葉に、オリヴァーは頷いた。

「お願いするよ」


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ