王都へ走る手紙 1
リンドルを出た金具商の馬車は、夜の街道を静かに進んでいた。
荷台には、釘、留め具、薄い金属板、壊れた乾燥器の部品箱が積まれている。その中のひとつに、リンドルの魔道具屋から王都のオリヴァー・コックス工房へ宛てた小さな部品箱があった。
外から見れば、ただの修理依頼だ。
だが、その箱の底には、ミラの報告書と、エリオットが左手で書いた手紙が隠されている。
――グレイル村にて、黒熱症状多数。
――坑道奥に箱型の触媒源が残存している可能性。
――現地装備では除去不可。
――救援求む。
その手紙は、王都へ向かっていた。
けれど、同じ頃。
別の道を、別の報告もまた王都へ向かっていた。
騎士団記録室を名乗った男が送った黒い封筒。
――対象と思われる二名、グレイル方面に滞在。
――若い治療師、ミラ・コックスの可能性。
――右腕負傷の大柄な男同行。
――エリオット・バーンスタン本人と接触。療養中を装う。
――回復の確証は得られず。継続監視を推奨。
味方への救援要請と、敵への報告。
二つの手紙が、同じ王都へ向かっていた。
オリヴァー・コックスの工房に緊急の部品箱が届いたのは、翌日の昼前だった。
その日は朝から、工房の空気が少し落ち着かなかった。
封印庫の中に保管している標本Bは、前日より強く暴れることはなかった。だが、反応針の薄曇りは完全には消えない。
オリヴァーは何度も記録を確認していた。
――薄曇り継続。
――黒変なし。震動なし。
――外部同系統触媒との微弱共鳴、継続の可能性。
娘は今、どこにいるのか。
黒い核を抱え、患者Eと呼んだ青年と共に、危険な場所へ近づいているのではないか。
そんなことを考えていた時、工房の表で配達人の声がした。
「オリヴァーさん。リンドルから急ぎの部品箱です」
オリヴァーは顔を上げた。
「リンドル?」
胸の奥が、嫌なふうに鳴った。
彼はすぐに手袋をはめ、箱を奥の小部屋へ運んだ。
封を確認する。
外箱には、乾燥器部品の不具合報告、とある。
だが、蓋の内側に、リンドルの魔道具屋が使う符号が刻まれていた。
――通常経路不可。救援要。
オリヴァーの表情が変わった。
「……ミラ」
彼は箱の底を外し、中に隠された手紙を取り出した。
最初にミラの報告を読む。
一行目から、呼吸が浅くなった。
黒熱症状多数。
標本A・Bと同系統。
坑道奥に箱型触媒源。
ネロという男。
黒輪状術式。
黒い盤。
先生。
騎士団記録室を名乗る男の接近。
通常機関への通報は危険。
読み進めるほどに、オリヴァーの顔から穏やかさが消えていった。
最後の一文で、彼はしばらく手を止めた。
――私たちだけでは完全対処できません。救援が必要です。
――ですが、救援が来るまで、村の悪化を止める努力を続けます。
――父さん、兄さん。どうか、力を貸してください。
オリヴァーは、深く息を吸った。
「……ようやく書いたか」
助けてほしい。
あの頑固な娘が、それを書いた。
それだけで、状況の深刻さが分かる。
次に、エリオットの手紙を開いた。
左手で書いたのだろう。文字はわずかに震えていた。だが、内容は明確だった。
――エリオット・バーンスタンです。
――右腕は完全には戻っていません。しかし、瘴気に対する感知反応があります。
――グレイル村の件は、ただの病ではありません。坑道奥に人為的なものがあります。
――騎士団の正式経路は使わないでください。
――父母への接触があったなら、これ以上近づけないでほしい。
――必要なら、私は証言します。だが今は、ミラと村人を守るため、ここに残ります。
オリヴァーは手紙を机に置き、しばらく目を閉じた。
ミラは一人ではない。
それが分かって、少しだけ胸が救われた。
だが、同時に状況は悪すぎた。
瘴気封入触媒の箱が坑道内に残っている。
村人に黒熱症状。
現地にはミラと、まだ右腕の治っていないエリオット。
敵側の運び屋らしき男。
さらに騎士団側の追跡。
これは、旅治療師が処理する案件ではない。
オリヴァーは工房の弟子を呼んだ。
「ライヘルに使いを。今すぐ来るように。理由は言わなくていい。“ミラから急ぎ”とだけ伝えて」
「はい!」
「それから、今日は急ぎの修理以外は断って。奥の小部屋には誰も入れない」
「分かりました」
弟子が走っていく。
オリヴァーは机の上に道具を並べ始めた。
白石粉。
鉛銀板。
携行用封印針。
換気用の小型魔道具の設計図。
坑道入口を外側から塞ぐための封印布の材料。
手紙を読んで嘆いている時間はなかった。
娘が助けを求めた。
なら、父親がすることはひとつだ。
届く道具を作る。




