第4話 決意
リリアンはかばんからオルゴールを取り出し、優しく撫でた。
「よかった。壊れてなさそう……」
それを見ていたニコラスは、リリアンに尋ねた。
「そのオルゴール、よく眺めているよな。ずっと気になっていたんだ」
「大切な人からもらった、大切なものなんです……」
リリアンは茶色の瞳を閉じた。ルーク、サラの顔を思い浮かべ、最後に父親のジョンを思い浮かべていた。
『これから先、絶望を覚えるときが来るかもしれない。でも、必ず希望はあると、諦めてはいけないよ』
――私は生きたい……! またスーザの地に行くために。
「……殿下、短剣をお借りできますか?」
ニコラスは腰に差した短剣をリリアンに渡した。
「何に使う……」
ニコラスが問い終える前に、リリアンは長い栗色の髪に短剣を当て、斬り落とした。それにニコラスは呆気にとられ、やっと言葉が出たときには、リリアンの髪は短くなっていた。
「いったい、何をしているんだ。お前は……」
リリアンは地面に穴を掘り、そこに髪の毛を埋めた。
「逃亡するのに長い髪は邪魔です」
「しかし……」
リリアンは戸惑っているニコラスに視線を向けた。
「私たちは生き残らねばなりません。残ってくれたポールとケイティのためにも」
「……リリアンの言う通りだ。あまりここに長居もできない。これからどこへ向かうか……。おれたちを追っていたのは、騎士団だった。クーデターを起こしたのは騎士団と考えた方がいい。街に近づくのはよそう」
リリアンはうなずいた。そして、シュケルズ王国の地理を必死に思い出していた。
「この森はたしかエリオット王国の国境近くまでの広い森。森の中を進み、エリオット王国の国境まで行きませんか?」
「そうだな。それしか生き延びる道はなさそうだ。リリアン、行こう」
ニコラスは立ち上がり、リリアンに手を差し出した。リリアンもニコラスの手を取って立ち上がった。
エリオット王国の国境騎士団のもとに、シュケルズ王国で起きたクーデターの一報が飛び込んできた。
それを受け、騎士団長のヘンリー・スミスは国王のロバートへ報告の早馬を飛ばし、状況を確認するため、二十人の派兵を決めた。
その中にルークの姿もあった。リリアンがシュケルズ王国へと旅立った後、ルークは国境騎士団へ入団していた。リリアンが国外からこの国を守るというのなら、自身は国内からこの国を守ろうと決めたのだ。
一団はシュケルズ王国に入り、森の中でひっそりと野営をしていた。
「おい! 怪我人だ!」
焚火を囲んでいたルークたちはその声がした方を向いた。ひとりの騎士が、金髪の女性の腕を肩に回し、支えていた。
「もしかしてケイティ?」
ルークは信じられないもの見るようにゆっくりと立ち上がり、その女性の顔を確認した。間違いなくケイティだった。ひどい怪我で、意識はないようだ。
騎士はテントにケイティを運び込み、隊長のジェームズ・ハリスとルークがそれに続いた。ランプで明かりを取り、ケイティの様子を見ると、切り傷が多く、血色のない顔をしていた。
「ケイティ! しっかりして、ケイティ」
必死に呼びかけるルークにジェームズは尋ねた。
「知り合いか?」
「リリアン……王女の侍女です」
ルークの回答にジェームズは騎士に言った。
「急いで治療をしよう」
騎士はうなずき、治療をはじめた。
ルークとジェームズはいったんテントを出ていたが、治療をしていた騎士がテントから顔を出した。
「意識が戻りました」
ルークとジェームズがテントに戻ると、ケイティは起き上がろうとした。だが、ジェームズがそれを止めた。
「ひどい怪我だ。横になっていろ。――それで、リリアン王女はどうした?」
ケイティは青い瞳をジェームズに向けた。
「リリアン王女とは、はぐれました。わたしはリリアン王女とニコラス王太子殿下を逃がすため……」
そこまで言って、ケイティは顔を苦痛に歪めた。ジェームズはケイティの顔を覗き込んだ。
「では、リリアン王女とニコラス王太子殿下は逃げ延びているのか?」
「……はい。方角的にはこの森に向かったと推測し、探しておりました」
ルークはジェームズの横に並び、ケイティを覗き込んだ。ケイティは驚いたように青い瞳を開いた。
「お前はいつも予想外のところに現れるな」
「国境騎士団に入団したんだ。俺がリリアンを探しに行くよ」
それにジェームズはルークに顔を向けた。
「ルーク、お前、リリアン王女と知り合いなのか?」
ルークはうなずいた。
「リリアン王女はスーザの領主様に育てられ、そのころに親しくしておりました」
ジェームズはわずかに視線を逸らし、考えるようにしていた。
「第四王女のリリアン様がスーザでお育ちになったことは、おれも存じ上げている。スーザにいらしたころに、何度かお会いしたこともある。顔見知りであれば、リリアン様も安心するだろう。ルーク、リリアン様の捜索をお前に託したい」
ケイティはゆっくりと起き上がった。
「わたしも一緒に行く」
ルークはケイティに不安そうな顔を向けた。
「その怪我じゃ無理だ」
「大丈夫。擦り傷ばかりだ。わたしはリリアン様の侍女であり、護衛だ。それに、ルークだけでは不安だ」
ジェームズとルークは顔を見合わせた。ルークは首を横に傾げた。
「足手まといにならないでよ?」
「その言葉、そのままお前に返すよ」
ケイティはわずかによくなった顔色で笑った。




