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クーデターから逃げ延びた王女ですが、身分を捨てて幼馴染と生きることにしました~オルゴールのゆくえ〜  作者: 冬木ゆあ


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第2話 リリアン①

「お初にお目にかかります。リリアン・エリオット第四王女殿下。宰相のウィリアム・オズボーンと申します」


 父のジョンから呼び出され、応接間にきたリリアンに一人の男が跪き、そう言った。

 リリアンは茶色の瞳を見開き、ジョンに視線を向けた。ジョンは固い表情でうなずいた。


「リリアンが十五の成人を迎えたら伝えるつもりだった」


 リリアンは青白い顔で尋ねた。


「お父様と、お母様は実の両親ではないの……?」


 ジョンは首を横に振った。


「ドロシーは実の母親だよ。ドロシーが王城に礼儀見習いに行っていたことは知っているね? そのとき、陛下の子を賜った。そのとき、すでに王子が三人、王女が三人いた。辺境の領主の娘だったドロシーは陛下の恩情で里下がりしたのだ」


 父から語られる真実にリリアンは唖然とした。


 ――私が王女……。


 ウィリアムは頭を下げたまま、リリアンに言った。


「陛下がリリアン王女を王城にお迎えするようにと申されております。わたしと共にウィルソンへいらしてください」


 その響きは命令だった。リリアンはただうなずくことしかできなかった。


「……支度をしてまいります」

「生活に必要なものはすべて手配いたします。陛下はすぐにでもリリアン王女と会いたいと仰せです」


 リリアンは部屋の隅で控えていたケイティと共に部屋を出た。頭では理解したが、感情がついていかない。ただ黙って自室へと戻った。

 それを侍女のサラが笑顔で出迎えた。


「お帰りなさいませ、リリアン様。――どうしたんですか? お顔色が悪いです」


 リリアンはサラを呆然とした表情で見つめた。


「私、王女だったの。ウィルソンにある王城へ行くことになったわ。急いで支度をしないといけないの。手伝ってちょうだい」


 サラは茶色の瞳を丸くして、リリアンの両肩を掴んだ。


「どういうことですか? リリアン様が王女?」


 そこへジョンが扉を開けて入ってきた。その顔は応接間のときとは違い悲痛に歪んでいる。リリアンはジョンに駆け寄り、抱き着いた。


「お父様、私、行きたくない!」


 ジョンは優しくリリアンの背を撫でた。


「……これから先、絶望を覚えるときが来るかもしれない。でも、必ず希望はあると、諦めてはいけないよ」


 そして、リリアンをぎゅっと抱きしめてから離した。茶色の瞳から涙を流すリリアンに、ジョンは優しく頭を撫でた。それから、ケイティとサラに視線を向けた。


「急いで支度をしなさい」


 ケイティとサラは弾かれたように荷物をまとめはじめた。それを眺めながらリリアンはぽつりと言った。


「……ルークにさよならを言いたいわ」


 それにジョンは首を横に振った。


「それはできないよ。お前が王女だということは伏せるように言われている。屋敷を出たとき、リリアン・リチャードは病死したことになる」


 それを聞いたリリアンは驚き、ジョンの胸元に手を置いた。


「そんなのひどい!」


 ジョンは悲しげな表情でリリアンを見た。


「陛下のご意向だ。だから、ルークにもお前が王女だと知らせずに、病死したと伝えた方がいい」


 リリアンはその場に座り込み、嗚咽を漏らしながら涙を流した。


 屋敷の前に止まった豪奢な馬車にリリアンは泣きはらした顔で乗り込んだ。ケイティも共に付き従う許可が出て、同行することになった。

 馬車が走り出し、ジョンは馬車の姿が見えなくなるまで見送っていた。隣にいるサラは泣いていて、ジョンは優しく肩に手を置いた。


「リリアンには言わなかったが、シュケルズ王国の王太子との結婚が決まっている。あの子の人生が少しでも穏やかなものであるように祈ろう。サラ、あの子は今、死んだ。いいね?」


 サラは涙を流しながら、静かにうなずいた。


 馬車はスーザの大通りを行く。カーテンは閉め切られ、外の様子は見えない。


 ――そろそろ鍛冶屋の前を通るところかしら。最後にルークに会いたかった……。


 リリアンはまた一筋だけ涙を流した。


 十日の旅を経て、リリアンは王城へとたどり着いた。案内された部屋でドレスに着替えさせられ、ウィリアムと共に謁見の間へと向かった。

 謁見の間の玉座には王であるロバート・エリオットがいた。白髪交じりの栗色の髪と口髭、威厳のある人だった。


 ――あれが私の本当のお父様。


 実感が沸かないまま、リリアンはお辞儀をした。


「お初にお目にかかります。リリアン・リチャードと申します」


 ロバートは立ち上がり、階段を下りて、リリアンの前に立った。


「お前はリリアン・エリオットだ。今後は間違えてはいけないよ。――ドロシーによく似て美しい娘に育ったな。ここまで育てたリチャード伯爵には、褒美をやらねばならんな」


 リリアンは頭を上げ、ロバートと向き合った。


「……なぜ今になってわたくしを王城へ呼び寄せたのでしょうか?」

「シェケルズ王国の王太子との縁談の話がある。上の王女三人はすでに結婚していて、第五王女はまだ八歳。ならば、リリアンにあてがおうと思った。王太子は十六歳。十四歳のお前と年齢もちょうどいい。いい縁談だろう?」


 ロバートは笑顔でそう言った。それを聞いたリリアンは言葉が出なかった。


 ――政略結婚。


 その言葉が脳裏に浮かんだ。ロバートは唖然と立ち尽くすリリアンの肩に優しく手を置いた。


「長旅で疲れているだろう? 今日はゆっくりと休むといい」


 そう言って、ロバートは退室していった。ウィリアムは少しだけ心配そうにリリアンの顔を覗き込んだ。


「突然のことで驚きでしょう。大丈夫ですか?」

「ええ……」

「さぁ、お部屋に戻りましょう」


 リリアンもウィリアムについて、謁見の間を退室した。自室へ戻る道すがら、ウィリアムはリリアンに詳しく説明をした。


「シュケルズ王国へは一か月後に発つ予定です。それまでは先ほどの部屋を自室としてお使いください」


 リリアンは力なくうなずいた。


 部屋に戻ってきたリリアンをケイティが迎えた。リリアンは椅子に座り、肘をつき、額に手を置いた。真っ青な顔をしている主にケイティは心配そうに尋ねた。


「陛下へのご挨拶のとき、なにかありました?」

「……一か月後にシュケルズ王国の王太子と結婚するために、ここを発つわ」


 ケイティはそれに顔をしかめた。


「そのためにリリアン様をここへ呼び寄せたのか。この部屋もリリアン様のために用意されたというより、客室なのも、そのせいか……」


 ひとり納得したようにつぶやくケイティに、リリアンは疲れた表情で笑った。


「ずっと放っておいたくせに、政治の道具にしようだなんて……」


 ケイティはうなだれるリリアンの背を優しく撫でた。

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