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あべこべ世界でのランナー ~マラソン日本記録保持者が女性過多で貞操観念も逆転した世界線に転移し無双する~  作者: アサノ霞
第10章 夏の合宿 編

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第89話 白樺湖での合宿④ 本格的なトレーニングの始動

8月9日(木) ―― 07時00分。

 白樺湖の朝風は冷たく澄んでいたが、食堂を包む空気はどこか重く張り詰めていた。


 今日からいよいよ、「準高地」での本格的なスピードトレーニング(インターバル走)が始まる。

テーブルに並んだ朝食を前に、鳴野をはじめとする部員たちは会話もそこそこに、黙々と箸を動かしていた。

全員の表情は硬い。標高1500mという環境下で、未知の負荷に挑むのだから緊張と不安が入り混じるのは無理もなかった。


(みんな、さすがにガチガチだな……)


 僕が苦笑しながら視線を向けると、監督であるクリスもまた、どこか緊張した面持ちでコーヒーカップを手にしていた。彼女自身も「準高地トレーニング」の指導経験がないため、不安を隠しきれないのだろう。


 そんな緊張感あふれる空間で、唯一異彩を放っていたのが第二夫人の朱里だった。

昨夜も僕と濃厚な褥《しとね》を共にしたというのに、疲労の色など微塵もなく、むしろ肌にはツヤが宿り、実に艶《つや》やかな表情でサラダをつついていた。


「クーちゃん(クリス)、部員みんなの低用量ピルの服用状況と副作用チェック、終わったわよ。全員副作用の症状は出てないわ」


「そう、よかったわ……ありがとう」


 朱里の報告に、クリスが胸をなでおろす。その会話を耳にした僕は、ふと疑問に思って尋ねた。


「なあ……ピルって、部員全員が服用してるのかい? 女性アスリートの月経管理って、僕にはまだよく分からなくてさ」


元の世界では女性の指導経験がなく、そもそも別の世界線からやってきた僕にとって、女性アスリートのコンディショニング事情は未知の領域だったのだ。


天馬の質問を聞いた瞬間、クリスと朱里はキョトンとした顔で天馬を見つめた。その瞳には「何を当たり前のことを聞いてるの?」という呆れと困惑が浮かんでいる。


「……あ、そうか。天馬のいた『向こうの世界』では、アスリートのピル服用は一般的じゃなかったのかしら?」


クリスが納得したように頷き、優しく説明を始めた。


「いい? 女性アスリートにとって低用量ピル(LEP)の服用は、コンディショニング管理の『基本中の基本』なのよ。月経痛やPMS(月経前症候群)の緩和はもちろん、大切な試合や合宿の日程に合わせて月経をズラす(月経移動)ことができるの。それに、ホルモンの波を一定にコントロールすることで、安定して高いパフォーマンスを発揮できるようになるのよ」


「へぇ……そうだったのか。みんな合宿に合わせて調整してきたんだね」


「ええ。東相大病院の産婦人科で全員診断を受けていてね。一番遅い鳴野と三上でも、合宿前日から服用を始めたわ。二人とも副作用は全く出てないから安心してね」


(なるほどな……女性アスリートしかいないこの世界だからこそ、医療が完璧に結びついているんだな)


 自身の無知を恥じつつも、性差に関わる専門領域については無理に手を出さず、妻であり専門家でもあるクリスと朱里に全面的に任せるのが最善だと思うのであった。


~~~~~~


 朝食を終え、天馬、クリス、朱里の3人が食堂を出ると、廊下の陰から蘭(鳴野:婚約者で第七夫人候補)がひょっこりと姿を現した。


「テンさん……っ♪」


蘭は周りの目を盗むようにして天馬に歩み寄ると、どこか色っぽい笑みを浮かべ、耳元で密やかに囁いた。


「テンさん……わたしもピル飲み、始めたから薄壁がなくてもデキないから、いつでも大丈夫だぞっ……♪」


そう言うと、蘭はクルリと背を向け、お尻をキュッとくねらせながら、天馬に向けて悩ましいウインクを飛ばしてきた。


「……バカなこと言ってないで、早く練習の準備をしなさい!」


天馬は呆れ果てながら、蘭のお尻をパンッ!と軽く叩いた。

クリスも横からジト目を向ける。


「蘭〜、合宿中は練習に集中しなさいね」


と釘を刺す。


(まったく……本当は蘭のこともたっぷり構ってやりたいんだけど、毎夜『性欲モンスター』の朱里とやり合ってるからな、体力的にもこれが精一杯なんだよな……)


「……合宿が終わったら、な?」


僕が申し訳なさを込めて優しく囁くと、蘭の顔がパーッと輝いた。


「はいっ!!」


元気よく返事をした蘭は、そのまま僕の胸に飛び込んで抱きついた。……そしてドサクサに紛れ、僕の股間をキュッと手で握りしめてきた。


「おわっ!?」


「へへっ♪」


思わず声を上げた僕は、すぐさま蘭のおでこに「ペシッ!」とデコピンを叩き込んだ。


(まったく……相変わらずムッツリスケベなんだから。油断も隙もないな……!)


額を押さえて「痛い〜!」と笑う蘭を追い出しつつ、僕は気を引き締め直した。


~~~~~~


午前8時00分——。

 移動前のミーティングのため、部員全員が食堂へ集められた。天馬の手には、分厚い分析データ資料が握られている。


「みんな、おはよう。今日のスピード練習に入る前に、先日行なった10kmタイムトライアルの分析結果と、今日からの個別設定タイムを渡す」


 資料が全員に手渡されると、部員たちの間から「えっ……!?」「なにこれ!?」と驚きの声が上がった。


 手渡された用紙には、各個人の『VO2max(最大酸素摂取量)』と、それを基に弾き出された『VDOT値』、そして個々の走力に応じた最適なトレーニングペース(タイム)が詳細に数値化されていたのだ。


「これは、東相大学の『理工学部情報分析科』と『スポーツ科学部』の協力を得て開発した専用アプリで算出したデータだ。五千や一万のタイムを入力するだけで、君たちの現在の走力に完璧に適合したトレーニングペース(E・M・T・I・Rペース)が弾き出される」


※データ精度は天馬と部員、国防軍体育隊のサンプルデータ約71名分を基にしており、現在85〜90%程度の精度を誇る。


天馬は資料を指さしながら、具体例を説明した。

尚、関東州競技会に参加した三上ルイ他5名の部員は、その時のタイムで算出した。


◆【三上ルイ】(10000m:32分30秒 / VO2max:66ml/kg/分)

VDOT値:66


①E(イージー)ペース: 4分05秒〜4分30秒/km


②M(マラソン)ペース: 3分34秒/km


③T(閾値)ペース: 3分24秒/km


④I(インターバル)ペース: 3分07秒/km


⑤R(レペティション)ペース: 2分52秒/km


★合宿中のインターバル設定: 3分07秒/km


◆【鳴野蘭】(10000m:32分58秒 / VO2max:65ml/kg/分)

VDOT値:65


①Eペース: 4分08秒〜4分34秒/km


②Mペース: 3分36秒/km


③Tペース: 3分26秒/km


④Iペース: 3分09秒/km


⑤Rペース: 2分54秒/km


★合宿中のインターバル設定: 3分09秒/km(※三上と同じ3分07秒グループへの挑戦も可)


◆【その他の部員(10000m:33分40秒〜34分58秒)】

VDOT値:60〜63


Eペース: 4分13秒〜4分49秒/km


I(インターバル)ペース: 3分13秒〜3分20秒/km


R(レペティション)ペース: 2分58秒〜3分05秒/km


「精神論で走る時代は終わりだ。この根拠ある『Iペース(インターバル設定タイム)』を基にやっていこう!」


 僕はそう言って部員らを叱咤激励する。

すると自分の限界と目指すべき数値が明確になったことで、部員たちの表情から不安が消え去り、アスリートの熱い眼差しが戻ってきた。


「よーしっ!! 自分のタイムが見えたぞ! みんな、絶対に設定クリアするぞーーっ!」


鳴野が大声で叫ぶと、「おーっ!!」と全員が気勢を上げ、ハイタッチを交わし合った。


~~~~~~~


 バスで10分ほど移動し、「女神湖運動公園」の陸上競技場へ到着する。

トラック内側の美しい天然芝の上で、天馬の指導による動的ストレッチ(動的準備運動)が行われた。


「全員、身体の違和感や脚の痛み――特にスネの内側の痛み(シンスプリントの兆候)はないか?」


「「「異常なしです!!!」」」


天馬の問いかけに、部員全員が力強く答える。

控えていた朱里も部員たちの関節や動きを入念にチェックする。


「うん、みんなコンディションは完璧よ!」


と太鼓判を押した。


「よし! 今日のメニューは【1000m×5本(レスト2分完全休養)】だ!」


グループ分けと設定タイムが発表される。


Aグループ(設定:3分07秒/km): 三上、鳴野(※ペーサー:天馬)


Bグループ(設定:3分13秒/km): 7名


Cグループ(設定:3分15秒/km): 7名


Dグループ(設定:3分17秒/km): 7名


Eグループ(設定:3分19秒/km): 7名


トラックの混雑を防ぐため、A〜Cグループが10秒間隔で先行スタートし、終了後にD・Eグループがスタートする手筈となった。男子マネージャーがコース各所にフォーム撮影カメラをセッティングし、クリスと朱里がゴール地点でタイム計測と救護体制を整える。


『位置について――スタート!!』


クリス(監督)の合図とともに、天馬率いるAグループが飛び出した。


「3分07秒……寸分狂わず刻むぞ!」


僕が先頭に立ち、正確無比な精密機械のようにラップを刻む。だが、平地とは異なる標高1500mの薄い空気は、容赦なくランナーの肺を蝕む。


最初の1本目、2本目はそれほどのキツさは見られなかったが、3本目以降は、みんなとても苦しそうな表情をしている。


「ハァッ……! ハァッ……! く、苦しい……っ!」

「負けるかぁぁぁっ!!」


ラスト5本目。三上と鳴野は歯を食いしばり、必死の形相で天馬の背中に食らいつく。


「ゴールっ!! 3分06秒! 設定クリア!!」


クリスの叫びと同時にゴールラインを駆け抜けた瞬間、三上と鳴野はその場に倒れ込み、激しい荒い息を吐き出した。他のグループもまた、誰一人として脱落することなく、設定タイムを守り切って5本を完走した。


「全員、ナイスラン! 芝生に集まって体幹補強と入念なストレッチをして、午前の練習は終了だ。午後は14時集合とする!」


 部員たちが汗を流すために更衣室へ向かう中、僕は一人、静かにトラックのスタートラインへ立っていた。


(部員たちのペーサー(キロ3分07秒)じゃ、僕の心肺には十分な負荷がかからない。……ここからは僕の『本気の練習』だ)


僕が設定した自身のメニューは、同じく【1000m×5本(レスト1分30秒)】だが、設定ペースは狂気の【2分44秒/km】である。


トラック脇で見守る朱里と、北川さんが声を張り上げる。


「ダーリーンーッ! 頑張ってーっっ!」

「天馬さん! ファイトですっ!!」


シュパッ――!!


 天馬が暴風のようなスピードでトラックを駆け抜ける。1本目、2本目を異次元のラップでクリアするが、3本目に入ると、流石の天馬も表情を苦痛に歪め、激しい酸欠状態に苛まれ始めた。


 その時――着替えを終えて更衣室から出てきた蘭(鳴野)が、一人で限界まで追い込む天馬の姿を目撃した。


「えっ……!? テンさん……!?  テンさん頑張ってーーーっ!! 負けないでーーっ!! 愛してるぅーー」


蘭の悲鳴のような大声援に引っ張られるように、着替えを終えた部員たちが次々とトラックへと駆け寄ってきた。


「天馬コーチーーーッ!!」

「頑張ってくださいっ!!」


1000mを2分44秒という、こちらの世界線では異次元のペースで走り抜くコーチ(天馬)の凄絶な姿に、部員全員から割れんばかりの声援が飛ぶ。


(キツい……心臓が飛び出そうだ!、とても……キツい!)


みんなの声援を背中に受け、僕はラスト5本目を驚異的なラストスパートで駆け抜け、見事に全本数を設定通り走り切った。


「ハァっ……ハァっ……ぐっ……!」


ゴール後、僕は膝から崩れ落ち、トラック内側の芝生の上へ仰向けに倒れ込んだ。肺が焼けつくように熱く吐く息は生臭い。


「テンさんっ!!」


真っ先に駆け寄ってきたのは蘭だった。蘭は迷わず芝生に座り込むと、天馬の頭を優しく自分の太ももの上に乗せ――「膝枕」をしてくれた。


「テンさん、すごい……! すごいよ! はい、お水飲んで……!」


キャップを開けたペットボトルを口元へ運んでくれる蘭。

かつて新座の地で、妻の椿姫がやってくれたのと同じ、甘くて優しい膝枕のぬくもり。


(ふふ……可愛い奴だな、蘭は……)


 荒い息を吐き出しながら、僕は蘭の顔を見上げて心の中で微笑んだ。

己の限界を押し広げた達成感と、愛する婚約者の手厚い介抱に包まれながら、僕は最高の充実感に満たされていた。


~~~~~~


 午後の練習は、「女神湖」の周回コース(1.8㎞)を12周回、6分30秒/㎞のペースにて約21kmの疲労抜きジョグを部員らと一緒に走り練習を終えた。


部員たちとクリスをバスで見送った僕は、ワゴン車内で素早くウェアを着替えた。

向かった先は、白樺湖から数百メートルほど離れた「女神湖ラグビー場」である。


「……うそだろ」


グラウンドの駐車場に車を横付けした瞬間、僕は目の前の光景に絶句した。

元の世界線ではここには人工芝のサッカーグラウンドが3面並んでいたはずだが、この世界線では完璧な手入れが施された天然芝のラグビー場が3面広がっており、巨大なナイター照明が整然と立ち並んでいた。


さらに管理棟を覗くと、全天候型の屋内練習場、広々としたロッカールーム、そしてプロ仕様の最新ウエイトマシンがズラリと並ぶトレーニングルームまで完備されている。


「天馬さん、ここは長野県をホームとするプロラグビークラブ『信州ヴァルキリーズ』の専用施設なんですよ」


一緒に付いてきてくれた北川さんが教えてくれた。


(プロチームがここを所有しているのか……どれだけ潤沢な資金と人気があるんだ。凄すぎるな……)


僕は感心しながら天然芝のグラウンドへ足を踏み入れた、その時だった。


「天馬兄さーーーんっ!!」


グラウンドの奥から、中性的な可愛らしい声が響き渡った。

振り返る間もなく、小柄で可憐な人影が僕の胸に向かって一直線に飛び込んできた。


ギューーッ!!


「うおっ……!?」


僕は反射的にその身体をしっかりと抱きとめた。

腕の中に収まったのは、最愛の義弟であり、僕にとっての『天使』――「福原優」君だった。


 栗色の柔らかい髪、そして潤んだ大きな瞳。庇護欲をそそる狭い肩幅に低身長で華奢《きゃしゃ》な身体。スポーツウェアを着ているというのに、まるでセーラー服が世界一似合う超絶美少女……いや、美少年である。男だと分かっていても、至近距離で見つめられると、アイドルグループにいそうな超絶美少女のような可愛さから心臓が跳ね上がり、顔が真っ赤に熟してしまう。


「ひ、ひっさしぶり~~優君っ! サポートお疲れ様!」


「天馬にいさんっ! お会いしたかったです! 代表合宿のコーチ!ありがとうございます」


声まで鈴の鳴るような可愛さで、天馬のくぐもった声など吹き飛ばしてしまうほどだ。


最愛の天使との再会に鼻の下を伸ばしていた天馬だったが、次の瞬間――巨大な影が上空を覆った。


「天馬にいさーーーんっ!! 会いたかったよ~~~っっ!!」


「ぐはっ!?」


 ガバッ!っと覆いかぶさってきたのは、身長180cmを誇る義妹の大舘リリカ(東相大ラグビー部キャプテン、日本代表練習生)だった。

勢いあまって抱きつかれた天馬の顔面は、リリカのスポーツブラ越しに主張する圧倒的に豊潤な胸部へともれなく埋没した。


(ぐっ……苦しい……息が……! でも……柔らかくて良い匂いがする……ッ!)


「リリカ姉さん! 天馬さんが窒息しちゃうでしょ! 離れてっ!」


「えーっ! だって天馬兄さんに甘えたいんだもん!」


優君が慌ててリリカのお尻を叩いて離してくれたおかげで、天馬はなんとか生還を果たした。息を荒げながらも、天馬はリリカの頭を撫でた。


「はは……元気そうで何よりだよ、リリカ。相変わらずダイナミックだな」


「えへへっ……」


リリカは嬉しそうに笑う。すると背後から僕に監督が挨拶してくる。


「ハーイ! 甲斐田さん、お久しぶりです」


威厳とフレンドリーさが同居したハスキーボイスとともに歩み寄ってきたのは、ラグビー日本代表の指揮を執るアリッサ・イノウエ監督だった。日系ハワイ王国人である彼女は、日焼けした肌に鋭い眼光を宿し、天馬にがっしりと手を差し出してきた。


「本日より、よろしくお願いいたします」


「引き受けてくれてありがとう! よろしく頼むわね!」


力強い握手を交わした後、天馬は整列した日本代表選手たちと向き合った。その最前列に、優君の嫡妻である志田悦子さんが立っていた。


「甲斐田トレーナー、お久しぶりです」


 悦子さんはキリッとした凛々しい表情で天馬の目を直視し、深く力強い握手を交わした。優君を心から愛し、妻として守り抜く強さと包容力を兼ね備えた、頼もしすぎる義妹(義弟の妻)だ。


「悦子さんも、代表合宿お疲れ様。今日も最高のメニューを用意してきたから、しっかり追い込んでいこう」


「はい! よろしくお願いします!」


~~~~~~~


「――では、トレーニングを始める前に、『準高地トレーニング』についての概要を説明します!」


天馬の声が天然芝のグラウンドに響くと、選手たちの視線が一瞬で集まった。


「ここは標高1500m――いわゆる『準高地』です。高地ほど酸素が薄すぎず、平地と同じトップスピードを維持したまま、心肺機能へ最高の負荷をかけられる……まさに世界最高峰のトレーニング環境なんです! ここでの追い込みが、世界と戦うスタミナとスピードを作ります!」


代表選手たちが一斉に頷く。イノウエ監督も「なるほど、絶妙な標高ね……」と感心しきりだ。


「今日のメニューは【100mインターバル走×30本】! 設定は、往路疾走15〜16秒、復路緩走44秒の『60秒サイクル』で行います!」


「「「はいっ!!」」」


「……ただし!」


天馬はいたずらっぽく微笑み、リリカを含む東相大学所属の代表候補(練習生)選手5名を指さした。


「リリカたち東相大メンバーは、【36本】でやってもらいます」


「えぇぇぇーーーっ!? なんであたしたちだけ6本も多いの!不公平じゃん! キーキー!!」


リリカが露骨に叫び、何かキーキーと吠えている。


「ハハハ! 何を言ってるんだ。大学の部員たちはもう36本走ってるぞ!日本代表候補の君たちが30本で満足してどうする。足りないだろ?」


「うぐっ……! この〜〜〜っ! 鬼っ! 鬼コーチーーーーっ!!」


リリカが地団駄を踏んで悔しがる姿に、イノウエ監督や悦子さん、そして優君までもがクスクスと笑いを漏らした。


~~~~~~


『位置について――ピピッ!!』


笛の音とともに、日本代表の過酷なインターバル走がスタートした。


「15秒フラット! ナイスペース! 復路しっかり息を整えて!」


天馬の精密なタイム計測と声かけが飛ぶ。

さすがは日本代表、過酷な準高地での60秒サイクルにも食らいつき、30本を全員ギリギリで設定タイムをクリアしてみせた。


そして――プラス6本を追加されたリリカたち東相大5人組はというと……。


「ハァッ……ハァッ……しぬ……! マジでしぬ……っ!」


36本目のゴールラインを駆け抜けた瞬間、リリカは膝から崩れ落ち、芝生の上でミミズのように転がった。


「リリカ、ナイスラン! 10分休憩のあと、最後の仕上げに体幹トレーニングをやるぞ!」


「鬼……! 天馬兄さんはイケメンの顔をした悪魔だぁぁ……!」


リリカの泣き言にグラウンドがドッと沸いた。


 そして、10分の休憩を挟み、みっちりと体幹の補強筋トレをこなして、今日のラグビー日本代表のフィジカルトレーニングはすべて終了した。


「明日は本格的な『ウエイト&筋力トレーニング』を行う! 今日はしっかり栄養をとって身体を休めてくれ!」


「「「ありがとうございました!!」」」


 時計の針はすでに18時を回っていた。すっかり茜色へと移り変わる空の下、天馬は


「よし、僕も宿舎へ帰ろう」


と片付けを始めた。


「天馬兄さん!」


トコトコと駆け寄ってきたのは、優君だった。

優君は僕の前で立ち止まると、セーラー服……ではなくトレーニングウェアの裾をきゅっと握りしめ、深々と頭を下げた。


「今日のフィジカル指導、本当にありがとうございました……! 悦子さんも、他の代表の先輩たちも『すごく論理的』って感動してました!」


「ちょっと、優君! そんな畏まらなくていいよ!」


慌てて制止する僕の手を、優君は両手で包み込むようにキュッと握った。


「ううん、お礼を言わせてください。天馬兄さんがこうして来てくれて、本当に心強いです。……明日も、よろしくお願いしますねっ♪」


首をちょこんとかしげ、ウインクし満面の「超絶美少女天使スマイル」を咲かせる優君。

その破壊力は凄かった。


(ぐはっ……!! 可愛すぎる……! 破壊力が世界代表レベルだろコレ……!)


「あ、ああ! 任せて! 優君のためなら、いくらでも頑張るからね!」


鼻血が出そうになるのを必死で耐えながら、天馬は力強く胸を叩いた。


 優君や悦子さん、そして悔しがりながらも手を振るリリカに見送られ、天馬はワゴン車に乗り込んだ。


 義理の弟妹たちの成長と活躍を間近で支えられる喜びを感じながら、天馬は明日への意気込みを新たに宿舎へと車を走らせるのだった。


【あとがき】

またまた長文となってしまい、すみませんでした。

天馬は何とかラグビー日本代表のフィジカルコーチもこなせている様ですね。余り無理はさせ過ぎない様にしているのですが、いかんせん、この世界線では天馬の持つトレーニング理論はとても画期的なので、ある程度の無理は致し方ないかな?と思ってしまいます。

北川さんもいることですし、何とかやりくり出来るものと信じております。

次回の投稿は、来週の月曜日を予定しております。今後とも本作品にお付き合いして頂ければ幸いです。

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― 新着の感想 ―
いつも楽しく読ませていただいております。 タイトルが「白樺湖での合宿⑤」なっていますが、 ④の間違いでは?
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