第78話 誓いの夜――男の決断!
7月17日(火) ―― 20時00分、応接室にて。
夕飯と入浴を滞りなく済ませた夜20時。
新座駐屯地内の天馬たちが滞在する宿舎の応接室には、独特の緊張感が漂っていた。
照明の柔らかな光が落ちる部屋で、僕はソファーに腰掛け、姿勢を正している。その隣には、いつも通り冷静沈着な佇まいで控える稀人担当官の北川さんの姿があった。
なお、千代乃をはじめとする妻たちや、婚約者の蘭には、今夜はあらかじめそれぞれの自室で待機してもらうよう頼んであった。これから迎える牧野姉妹が、大勢の妻たちの圧倒的な存在感や威圧感に気押されてしまっては困るという、僕なりの配慮からだった。
やがて、廊下から整然とした足音が近づき、応接室の扉が軽く叩かれた。
僕たちの宿舎の警備を担当する女性の警務隊隊員2名が扉を開け、来客を室内に招き入れる。
「失礼いたします。牧野大尉、ならびに牧野少尉をお連れいたしました」
警務隊員たちが一礼して退出すると、そこには少し身を縮こまらせた牧野椿姫大尉と、牧野葵少尉の姿があった。
二人の服装は、軍の制服でも、昼間の艶やかなタイトスカートでもなく、シンプルな運動用のジャージ姿だった。
それもそのはず、僕が事前に「どうぞリラックスして来てください。お互いジャージ姿で話しましょう」と希望を出していたからだ。
僕も北川さんも同じくジャージ姿であり、過剰な堅苦しさを無くすための配慮であったのだが――当の姉妹の緊張は、全くなだめられてはいなかった。
二人の顔は、部屋に入ってきた瞬間からすでに茹で上がったように真っ赤に染まっているが、どこか緊張感もある。
「お二人とも、お疲れ様です。どうぞ、ソファーに掛けてください」
僕がまず穏やかに挨拶をかけると、二人は弾かれたように背筋を伸ばした。
「は、はいっ! 失礼いたします……っ!」
「失礼……しますっ……!」
ぎこちない動きで二人が対面のソファーに腰を下ろす。北川さんも努めて冷静な表情を保ちながら、「お茶をどうぞ」と静かに会釈を返した。
二人がソファーの浅い位置に腰掛け、膝の上でぎゅっと拳を握りしめたのを確認すると、天馬は深く息を吸い込み、彼女たちの真っ直ぐな瞳を正面から見つめた。
「椿姫さん、葵さん。……まず、昼間のインタビューの件です」
僕の言葉に、姉妹の肩が跳ね上がる。
「あの場で僕が言った言葉に、嘘偽りは一切ありません。あの発言は、僕の本心です……椿姫さん。いつも僕のために親身になって尽くしてくれて、温かく支えてくれるあなたのことが、僕は心から好きです」
「っ……!」
椿姫さんの大きな瞳から、瞬く間にポロポロと涙が溢れ出し始める。
「そして葵さん。あなたの明るさと情熱、そして僕に向け直球でぶつかってきてくれる姿に、僕は……一目で惚れてしいました」
「あ……天馬さん……っ」
葵さんも口元を両手で覆い、赤面しながら息をのんだ。
天馬は立ち上がると、ソファーの前に進み出て、二人に向かって力強く両手を差し出し、深々と頭を下げた。
「僕の世界の常識と、この世界のルール……その重みをしっかりと理解した上で、言わせてください。――椿姫さん、葵さん、僕と、結婚してください!」
――静寂が、応接室を包み込んだ。
頭を下げたまま、数十秒ほどしても全く返事がないことを不思議に思った僕は、ゆっくりと顔を上げると、そこには見事に目を丸くし、口を半開きのまま「フリーズ」している牧野姉妹の姿があった。
そしてふと隣を見ると、なんと北川さんまでもが、感動と動揺のあまり一緒にカチコチにフリーズしていた。
(あ、またみんな固まっちゃった……)
僕は苦笑いしながらじっと待っていると、数十秒後、ようやく三人の意識が同時に「再起動」した。
ハッ!と我に返った牧野姉妹は、顔を見合わせるや否や、溢れ出る涙を拭おうともせず、大声で叫んだ。
「「よろしくお願いします――っっ!!」」
寸分の狂いもなく、完璧にハモった二人の返事である。
その言葉を聞いた瞬間、隣にいた北川さんの目からも、ボロボロと大粒の嬉し涙がこぼれ落ちた。
「椿姫さん……! 本当によかったですね……っ!」
北川さんは泣き笑いのような表情で二人を祝福し、それからスッと表情を少し引き締めると、かつて仕事上で幾度となく意見を衝突させてきたライバルでもある椿姫さんに向かって、強い口調で言葉を投げかけた。
「椿姫さん! 天馬さんを、絶対に幸せにしてくださいね! もしも天馬さんを不幸にするようなことがあれば……この私が絶対に許しませんからね!!」
かつては業務上の対立も多かった二人だが、北川さんの胸中には、椿姫という一人の女性が報われ、幸せを掴み取ったことに対する心からの微笑ましさがあった。そして何より、稀人担当官として、天馬の幸福を第一に願う強い想いがその言葉には込められていた。
椿姫さんは涙を拭いながら、力強く、何度も深く頷いた。
「ええ……ええ! 分かってるわ、北川さん……! 命に代えても、必ず天馬さんを幸せにします……っ!」
「よし、では……手続きに移りましょう」
北川さんは目元を拭うと、用意していたカバンから「婚姻届」の書類一式を取り出し、テーブルの上に広げた。
僕は迷うことなくペンを取り、署名欄に滑らかな手つきで「甲斐田天馬」とサインする。
続いて、震える手を押さえつけながら、椿姫さんと葵さんが一枚の用紙にそれぞれ署名と捺印を行っていく。
記入が完了した婚姻届は、北川さんの手によって丁寧な手つきで専用の封筒に収められ、厳重に封印された。その封筒はすぐさま、千代乃の担当官である藤野里美さんへと手渡された。
明日の早朝、藤野里美さんの手によって天馬の現住所がある役所へと直接持ち込まれ、提出される手筈となっている。明日中には無事に「婚姻届受理証明書」が発行され、法的な婚姻関係が正式に成立することになるだろう。
二人が選択した姓は、共に「甲斐田」であった。
牧野家には二人の他にも多数の姉妹が存在し、家名を相続する女性(全員女性の軍人・官僚家系)が他に幾人もいるため、改姓することに対して家柄的な問題や拘りは全くないとのことだった。
こうして、姉の椿姫さんが「第8夫人」、そして連婚(同時に姉妹を妻として迎えること)の制度により、妹の葵さんが「第9夫人」として登録申請された。
(※ちなみに第7夫人「候補」としては、現在保護生活を共にする婚約者の鳴野蘭がすでに登録されているため、椿姫さん葵さんは第8・第9という扱いになる)
「……これで、二人は僕の妻だ」
仮の形とはいえ、正式に夫婦となった実感を得た天馬は、ソファーから立ち上がった二人を優しく、しかし力強くその両腕の中に抱きしめた。
二人の身体から伝わってくる温もりと、かすかな震え。天馬は彼女たちの頭に手を添えながら、心の中で強く誓いを立てた。
(この二人の人生のすべてを背負う。絶対に、僕の手で二人を世界一幸せにしてみせる――)
21時頃、婚姻届の記入が完全に終わったのを見計らったかのように、応接室の扉が賑やかに開いた。
待ちかねていた妻たち――愛理、千代乃、奈月、朱里、美月、クリス、そして婚約者の蘭が、笑顔で部屋へと雪崩れ込んできたのだ。
「椿姫さん、葵さん! おめでとうございます!」
「ふふ、ようこそ我が家へ。これでまた賑やかになるわね」
妻たちからの温かい祝福の言葉が次々と贈られる。
特に、普段は冷徹なまでの威厳を漂わせている千代乃が、まるで我が事のように非常に嬉しそうな、満面の笑みを姉妹に向けていたのが印象的だった。千代乃としても、天馬が自らの言葉に責任を取り、男としての覚悟を示したことが誇らしかったのだろう。
そこからは、アルコール抜きの清涼飲料水と軽食を囲んでのお祝いの宴が始まった。
最初は緊張していた牧野姉妹も、妻たちの気さくで温かい雰囲気に包まれ、徐々に表情を緩めていく。天馬の性格や、甲斐田家の賑やかな日常についての話題で持ちきりとなり、宴は23時近くまで大いに盛り上がった。
宴が一段落し、おひらきの時間が近づいた頃。
この世界の慣習であれば、今夜は新しく妻となった牧野姉妹と天馬が「褥を共にする(夜を共にする)」のが筋であった。しかし、天馬は二人の耳元へそっと顔を寄せ、小声で静かに切り出した。
「……あのね、二人とも。本来なら今夜は二人と一緒に過ごすべきなんだけど……実は、まだ婚約者の蘭ともそういう行為はしてないんだ。彼女、テストが近いから……勉強に集中させたくてね。だから順番として、今夜はまだ無しにさせてほしい、その替わり……そのときは、寝かせないからね」
僕がウインクしてそう言うと、二人とも赤面し、数秒ほどフリーズした。再起動した二人は、それぞれ天馬に向かい蕩けた表情で返事した。
「えっ……! あ、はい! ……っ!ふふっ……」
「天馬さんのお気持ちだけで……!でも……その時は……」
椿姫さんは嫌らしい表情で返事し、葵さんは俯きながらも返事した。
天馬は続けて、以前から考えていた提案を口にする。
「その代わりと言っちゃなんだけど……近いうちにお二人のご両親にご挨拶に行きたいんだ。男として、娘さんたちを僕の妻にいただいた報告と、お礼を言いたくて」
「「えええええっ!?」」
この提案には、流石の二人も素で驚愕の声を上げた。
この世界において、男性がわざわざ妻の実家に挨拶に出向くなど、極めて稀なケースだからだ。
葵が慌ててスマートフォンを取り出し、実家の母親――陸軍大将という要職に就く厳格な母へ連絡を入れる。
画面越しに事情を聞いた母親は、開いた口が塞がらないほど驚き、「あの“男神”と婚姻!?挨拶に!? 本当なのか!? 何かの間違いではないのか!?」と、何度も何度も電話越しに聞き返していたという。結局、あまりの衝撃と恐縮から、母親自らが明日の昼頃にこの新座駐屯地へ出向いてくることで話がまとまった。
宴が終わり、深夜の静かな廊下。宿舎の玄関先で、帰路につく椿姫さんと葵さんを僕は見送る。
「じゃあ、気をつけて帰ってね……明日もよろしく」
そう言って、僕はまず姉の椿姫の引き締まった腰を抱き寄せ、その唇に熱いキスを落とした。
「あ……んっ……!?」
頭が真っ白になった椿姫は、うっとりと甘い吐息を漏らし、そのまま力なく崩れ落ちそうになる。
間髪入れずに、天馬は妹の葵の引き締まった身体も抱き寄せ、その唇を同じように深く塞いだ。見事な胸部装甲が天馬の胸元に当たる。
「ふあ……っ!? ん……うあぁ……っ」
葵もまた、極上の快感と幸福感に襲われ、膝の力が完全に抜けてヘタリと床にへたり込んでしまった。
「……ふふ、相変わらず天馬さんの威力は絶大ですね」
微笑みながら見守っていた北川さんと、天馬の護衛たちが、腰が抜けて立ち上がれない二人の肩を優しく支え上げる。
「天馬さん、ご安心ください。お二人を責任持って自室の宿舎までお送りいたします」
「北川さん、護衛の皆さん、よろしくお願いします」
力なく、しかし世界で一番幸せそうな蕩けた笑顔を浮かべたまま、護衛たちに抱えられて夜の闇へと消えていく牧野姉妹。
その背中を愛おしく見送りながら、天馬は夜空を見上げた。
明日からは、新たな妻たちとの生活、そしてサクラフィフティーンの本格的なフィジカル改造が始まる。
怒涛の試練と幸福が入り混じる日々へ向けて、天馬は深く息を吸い込み、静かに自室のドアを開けるのだった。
【お知らせ】
本業多忙により、今回は短めの文章となってしまいました。次回の投稿は、月曜日となってしまいます。
少し間隔が空いてしまいますが、今後とも本作品をよろしくお願いいたします。




