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あべこべ世界でのランナー ~マラソン日本記録保持者が女性過多で貞操観念も逆転した世界線に転移し無双する~  作者: アサノ霞
第9章 新座での保護生活 編

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第71話 バズる動画と見えない拳

7月13日(金)―― 新座駐屯地グラウンドにて。


 9日(月)のスピードトレーニングから数日、僕は「国防軍体育隊」の長距離選手たちの指導を継続しつつ、彼女たちに混ざって一緒に汗を流す日々を送っていた。


 体育隊の陸上長距離選手は、20歳から30歳までの総勢40名。全員が女性であり、体育隊全体を見渡しても男性アスリートは1人もいない。彼女たちを支えるトレーナーやサポートスタッフ陣も、すべて女性だけで構成されている。


 直近の目標は、それぞれに違っていた。10月開催の「全日本陸上選手権大会」1万メートル走(出場枠5名)、あるいは11月のフルマラソン(出場枠10名)という高い壁に挑むトップ層もいれば、1月に控える実業団対抗の最高峰「新春全日本駅伝大会」にすべてを賭ける者もいる。

幸いにも、国防軍体育隊は昨年度9位(40チーム中)という好順位を残し、すでに今駅伝大会のシード権を手にしていた。彼女たちにとって、あの過酷な予選会が免除されている事実は小さくないアドバンテージだった。


 だが、すべてが順風満帆というわけではない―—夏場の練習メニューについてである。


「これまでのメニューは、少々根性論に寄りすぎてますね。夏場のこの暑さでこの距離を踏むのは、故障のリスクが高すぎます」


 体育隊監督とスタッフらを前に、僕ははっきりとそう告げた。 

提示されていた従来の練習メニューは、お世辞にも最新とは言えない時代遅れの理論に基づいていた。だからこそ、僕はクリスと共にトレーニングスケジュールの根本的な見直しを提案したのだ。

女性監督(体育隊中佐)と3名の女性コーチ(体育隊少佐)から了承を取り付けると、僕たちはすぐに動き出した。


 まず導入したのは「期分け(ピリオダイゼーション)」だ。この夏場の時期を“スピード持久力の徹底強化期間”と位置づけ、暑さ対策を組み込んだ一日の流れを以下のように再構築した。


【午前の部(9:00〜11:00)】

涼しいうちに、じっくりとジョグ、または身体に負担の少ないEペース(イージーペース)での15kmから20km走。


【昼休憩(11:00〜15:30)】

最も気温が上がる時間帯は完全休養。


【午後の部(16:00過ぎ〜)】

月水金はスピードトレーニング、火木はLT走(閾値走)で心肺とフォームを追い込む。


スケジュールを提示した瞬間、監督やコーチたちの顔が驚愕に染まった。無理もない計画だが、僕には“世界記録保持者”という絶対的な実績がある。異論を挟む者はなく、計画はそのまま承認された。


〜〜〜〜〜〜


17時過ぎ――。


「蘭! ラストだ、ラストだ! あと少し、頑張れ!」


 僕のげきが飛ぶ。今日のメニューは1000メートルインターバル走を7本。今週から2本増やして負荷を上げたため、体育隊の選手たちもかなりキツかったようだ。ほとんどの者が大の字になって倒れ込んでいる。

 そんな過酷な練習の中、最後尾から3秒ほど遅れて、鳴野は何とか走り切った。

 平日の午後、婚約者の鳴野蘭は16時過ぎから練習に合流している。大学のリモート講義を終えたその足で、このグラウンドへ駆けつけているのだ。


 国内トップクラスの体育隊選手たちに揉まれる過酷な環境だが、蘭は持ち前の根性で何とかギリギリ練習についていけるようになってきた。とはいえ、練習終了後は決まって限界を超えており、トラック脇にバタリと倒れ込むのがお約束だ。

大学の定期テストも近いらしいので、僕としてはあまり無理をしてほしくないのだが、彼女のひたむきなキャプテンシーが足を止めさせないのだろう。


「天馬さん、お水です。それからタイムシート、こちらにまとめておきました」


 そう言ってキビキビと僕をサポートしてくれるのは、連絡係の牧野椿姫大尉だ。体育隊には5人の女性マネージャーがいるのだが、椿姫さんは本来の任務の傍ら、彼女たちの手伝いまで買って出てくれている。これが本当に手際が良く、指導に集中できるのでめちゃくちゃ助かっていた。

ただ、グラウンド内ではちょっとしたざわめきが絶えない。


 体育隊には有志組織「若駒会」の会員が多数所属しているため、国防軍だけで20万人(民間も含めると800万人)の頂点に立つ“会長”・牧野椿姫大尉が、一介の男性コーチである僕の給水補助をしている姿に、皆が驚きと戸惑いを隠せないのだ。


 さらに周囲を震撼させているのは、軍内部で「怜悧冷徹れいりれいてつ」と恐れられているあの牧野椿姫大尉が、僕と目が合うたびに、見たこともないような“フニャッ”とした満面の甘い笑顔を浮かべることだった。その変貌ぶりには、選手たちだけでなく、体育隊の監督やコーチ陣までもが「あの牧野大尉が……?」と目を疑っていた。


【19:00 ―― 宿舎のリビングにて】

 そんな中、本日の朝に陸軍広報部の公式動画チャンネルが更新されていた。

今回の内容は『国防軍体育隊・長距離選手たちの挑戦に迫る!』といったスポット企画である。本日の練習をすべて終え、夕食と入浴を手早く済ませた夜、僕は椿姫大尉を僕たちの宿舎へ招き、妻たちや北川さん、そして蘭と一緒にその動画を視聴することにした。


 ノートPCより繫いだテレビの大画面に動画が流れ出す。

そこには、並み居る女性隊員たちに熱心に身振り手振りを交えて指導を行う僕の姿と、実際に選手の前を走ってペースメーカーを務める姿が、妹の牧野葵少尉の軽快なナレーションと共に映し出されていた。


 動画の後半では、葵少尉による選手へのインタビューのほか、僕への個別インタビューのシーンも流れていた。

画面の中の僕は我ながらかなり落ち着いて受け答えをしていたのだが、隣に座る美月がクスクスと笑いながら僕の脇腹をつついた。


「ねぇ天馬、やっぱり分かりやすいわ〜葵さんにグイグイ距離を詰められて、ちょっと顔が動揺してるじゃない」


「えっ、そうかな……?」


愛里が追撃する。


「そうよ。それにほら、このシーン⋯⋯インタビュー中なのに、画面の奥にいる椿姫さんの姿をチラチラと目で追ってるし⋯⋯も〜うバレバレなんだから」


朱里と奈月と千代乃たちからも一斉に「本当だー」「怪しいわねぇ」と突っ込まれ、僕は居心地が悪くなって頭をかく。

さらに動画のコメント欄を開くと、文字通りものすごい勢いでタイムラインが流れていた。先月ハーフマラソンで世界記録を出したこともあって、世間の注目度は爆発的だ。


『天馬くんのユニフォーム姿、エロかっこよすぎる!!』

『おへそ出してるの、スタイル良すぎて直視できない……!』


 視聴者からの評判は上々、というか男性アスリートとしての色気に黄色い悲鳴が殺到している。


 動画のカメラは、必死に走る蘭の姿も捉えていた。


『あれが噂の婚約者、東相大学の鳴野キャプテン?』

『さすがキャプテン、体育隊相手にすごい根性!』

『天馬くんって、ああいう黒髪ショートのキリッとした子が好みなんだね』

『私もこれくらい頑張れば、天馬くんに種付けくらいしてもらえるかな……?』


蘭への注目も高く、彼女が婚約者であることに驚きつつも、全体的に温かく応援してくれるようなコメントが並ぶ。


 さらに、動画は先日の月曜日に撮影された、僕と椿姫さんとの「単独スピードトレーニング」の様子へと移った。

僕が限界まで追い込んだ後、芝生の上で倒れ込み、椿姫さんが僕の頭を優しく支えてスポーツドリンクを飲ませる、あの甘酸っぱい一幕だ。


 コメント欄の熱量が、一気に限界を突破して沸騰する。


『きゃあああ! 何これ、完全に青春ドラマじゃん!!』

『あの甲斐田くんの頭を支えてるキレイな女性は誰!?』

『なんかめちゃくちゃ幸せそうな顔してる! 』

『私も天馬くんの頭を膝に乗せてお水飲ませてあげたい!!』

『っていうかあの凛とした美人……どこかで見たことあるような?』

『 確か?陸軍監査本部の……』


 凄まじいコメントの数に、僕の隣に座っている椿姫さんは、動画の中の自分と僕のやり取りを見つめながら、完全に顔を蕩けさせて「ふへへ……」と密かに悶絶していた。

妻たちと北川さん、そして蘭は、彼女のあからさまな好意がダダ漏れしている様子を「本当に分かりやすい人だな……」と生温かい目で見守っている。


 蘭は画面を見つめながら、ふと、部屋の壁際に立っている北川さんへと視線を向けた。


 蘭は“パチッ!”と、まるで合図を送るようにウインクをする。

その直後だった。

蘭が僕の隣にトコトコと近づいてくると、「テンさん!」と僕の右腕を不意に抱きかかえ、自分の胸元へとぐっと引き寄せた。


「おっと、蘭?」


突然の甘え方に僕が驚き蘭の方に顔を向けた、まさにその瞬間。

すぐ隣から――「ズシッ!!」という、信じられないほど重く鈍い衝撃音が聞こえた。


「っ……!? ぅぐ……っ、は、ぅ……っ」


音のする方を見ると、僕のすぐ隣に座っていたはずの椿姫さんが、お腹を押さえて前かがみになり、顔を真っ白にして猛烈に悶絶している。


「えっ!? つ、椿姫さん!? どうしたの!?」


僕があわてて声をかけると、僕の腕を抱きしめたままの蘭が、何食わぬ顔で可愛らしく舌を出した。


「あ、テンさん気にしないで〜。私はただテンさんの腕の筋肉を触ってみただけだぞ〜」


「いや、今、確実に何かすごい音が……」


 ふと見ると、いつの間にか椿姫さんの背後に、幽霊のように北川さんが音もなく立っていた。北川さんは完全に感情の消えた薄い顔で、驚くほど棒読みの、白々しい声を出す。


「おや? 牧野大尉どうなさいました? 顔色が真っ青ですが……どこか、お体の調子でもよろしくないのかしら?」


「くっ……! きた、がわ……っ!こっ⋯⋯の!」


 椿姫さんはお腹を抱えて震えながら、鬼の形相で背後の北川さんをキッと睨みつけている。しかし、僕の心配そうな視線に気づくと、彼女は脂汗を流しながらも、必死に顔の筋肉をプロの軍人として引き締め、引きつった笑顔を僕に向けてみせた。


「い、いいえ……! なんでも、ありません……っ! ちょっと、胃が、自己主張をしただけで……気になさらず、続きを、ゲホッ、どうぞ……っ!」


「そ、そう? ならいいんだけど……」


僕はすべてを悟り、敢えてそれ以上深く追究せず、気づかないフリをすることにした。


間違いない。今の一瞬の隙に、北川さんの「神速のボディーブロー」が椿姫さんの脇腹にクリーンヒットしたのだ。蘭が僕の腕を引っ張って僕の意識を逸らした一瞬を狙った、蘭と北川さんの完璧な連携プレーである。


(ん?⋯⋯先日も同じようなことが⋯⋯この二人……意外と、めちゃくちゃいいコンビなんじゃないか?)


 悶絶するエリート大尉と、それを完全にスルーして澄ましている僕の担当官である情報省のエリート。


 二人の暗黙のバトルの様子をどこか微笑ましく思いながら、僕は妻たちに勧められるまま、次の陸軍広報部の動画の再生ボタンを押すのだった。


最後までお付き合いいただき、ありがとうございました!

次の更新は、来週の月曜日を予定しています。これからも本作をあたたかく見守っていただけると嬉しいです。よろしくお願いいたします!

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