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あべこべ世界でのランナー ~マラソン日本記録保持者が女性過多で貞操観念も逆転した世界線に転移し無双する~  作者: アサノ霞
第8章 歪なこの世界の闇 編

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第65話 大掃討——深淵の相貌(そうぼう)

6月22日㈮ 早朝4時——

 前日の国会による「蓮田みずき」と「立河理子」の罷免決議から、わずか数時間後。まだ夜も明けきらぬ闇の中で、国家の巨大な歯車が猛烈な速度で回転を始めた。


 事態は一刻を争っていた。閣僚議員の内部だけでなく、中央省庁の庁舎内にも多数の内通者が潜んでいることが発覚したためだ。その規模は“国家反逆罪”に相当する。


 事態を重く見た総理大臣は、千代乃からの圧力に押され、「国会の承認」を待つ猶予はないと判断。自身の最高権限をもって、情報省、警察庁、国防省、厚生労働省に対し、超法規的措置である『緊急治安出動令』を発令した。


 これにより、情報省を頂点とする指揮系統が確立され、裁判所の逮捕状や捜索差押許可状を必要としない、即時の逮捕拘束および強制捜査が可能となった。


 先日の合同会議で綿密に策定された計画に基づき、各省庁の精鋭たちが、待機していた拠点や家宅、そして庁舎内へと一斉に突入を開始する。その目的と役割分担は完璧に統制されていた。


① 蓮田みずき・立河理子の逮捕拘束

(情報省内部防諜課、警察庁、陸軍対テロ部隊)


② 男性保護庁内通者の身柄拘束

(情報省内部防諜課、警視庁特殊部隊)


③ 男性保護庁庁舎の立入強制捜査

(情報省内部防諜課、陸軍対テロ部隊)


④ 国内犯罪組織の強制捜査・逮捕拘束

(警察庁組織犯罪対策部、薬物銃器対策部、警視庁特殊部隊)


⑤ 国内犯罪組織の資産凍結

(警察庁デジタル資産凍結執行課、国防軍暗号解析隊)


⑥ 海外マフィア協力者(10名)とその関係者(20名)の逮捕拘束・資産凍結

(警察庁組織犯罪対策部、薬物銃器対策部、デジタル資産凍結執行課、陸軍対テロ部隊、国防軍暗号解析隊)


⑦ 保護施設「天啓のゆりかご園」での少年救出・強制捜査・関係者全員の逮捕

(厚生労働省種子局、陸軍対テロ部隊、警察庁薬物銃器対策部、警視庁から男性警官5名、国防軍医療施設の男性医師5名と男性看護師5名)


 動員された執行官のほぼ全員が女性という、この世界ならではの異様な光景の中、怒涛どとうの大掃討が始まった。


【男性保護庁庁舎と内通者の拘束】

 総理から直接発付された令状を手に、情報省防諜課と陸軍対テロ部隊の約50名が、まだ職員の出勤もまばらな男性保護庁庁舎へと一斉に踏み込んだ。証拠隠滅を完全に防ぐため、全フロアを瞬時に制圧。電子機器や関連資料をことごとく押収していく。

同時に、あらかじめ特定されていた内通者の職員20名(官僚1名、職員19名)の自宅にも、地元警察と連携した部隊が同時刻に突入。一人の逃亡も許さず、その身柄を拘束していった。


【蓮田と立河の逮捕】

 情報省内部防諜課は、罷免された二人の動向を完全に掌握していた。

まず蓮田みずき。彼女はすでに都内の大手医療法人の病院を抜け出し、別宅のマンションに潜伏していた。警察庁はあらかじめその動きを察知しつつも、本人に悟らせないよう、敢えて病院側に30名の警察官を配置してカモフラージュしていた。マスコミもその罠に釣られ、病院を取り囲んでいる。

その隙に、内部防諜課と陸軍対テロ部隊が本拠地である別宅マンションに突入。一切の抵抗もできずに取り押さえられた蓮田は、ただ驚き、思考が停止したようなキョトンとした表情を浮かべるのみだった。なお、彼女の部屋には、美少女かと見紛うほどに美しい少年とのツーショット写真が、禍々《まがまが》しく飾られていた。


 一方、立河理子は羽田空港にいた。偽名のパスポートを使い、別人になりすましてアジアの第三国へ逃亡しようとしていたのだ。

しかし、尾行していた内部防諜課が空港警察と連携し、出国審査や搭乗手続き、さらには旅客機の出発を意図的に遅らせる工作を実行していた。寸前のところで逃亡を阻止し、激しく抵抗する彼女の細い腕に手錠をかけた。


【国内犯罪組織の本部ビル】

 都内某所にある国内最大級の犯罪組織の本部ビルには、警察庁「組織犯罪対策本部」「薬物銃器対策部」の私服警官50名と、「警視庁特殊部隊」が一斉に突入した。重厚な扉を爆破し、内部にいた約50名全員を瞬く間に制圧、逮捕拘束する。

それと同時に、同行していた「デジタル資産凍結執行課」と「国防軍の暗号解析隊員」が、組織のサーバーから全財産の口座を瞬時にハッキングし、その資金を完全に凍結した。


【海外マフィア協力者の制圧】

 最も危険視されていた海外マフィアの協力者10名は、すでに天馬の自宅マンションの向かいにあるマンションの3室をアジトとして確保していた。さらに両隣の部屋には、その関係者計20名が潜伏している。

ここに警察庁の私服警官と陸軍対テロ部隊が、計3部屋へ同時に突入を敢行した。部屋からは東欧製の拳銃、短機関銃、軍用小銃が多数押収されたが、陸軍対テロ部隊の圧倒的な速度の前に、敵は引き金に指をかけることすらできなかった。銃撃戦は回避され、全員が床に組み伏せられる。

押収されたスマートフォンは、その場で「デジタル資産凍結執行課」によって解析され、暗号資産を含む全口座が凍結された。さらに「国防軍の暗号解析隊員」が通話履歴や暗号メッセージをリアルタイムで追跡し、さらなる関係者の洗い出しへと繋げていく。


天啓てんけいのゆりかご園の強制捜査】

 早朝6時。人里離れた自然に囲まれた小高い丘の上に佇む保護施設「天啓のゆりかご園」。まだ一般の客(女性たち)が訪れる前の静寂を、国防軍統合監査本部、厚生労働省種子局、そして陸軍対テロ部隊の怒号が引き裂いた。

正面口と裏口から一斉に突入した部隊は、3階建て・全20部屋に及ぶ広大な施設を瞬時に制圧した。事前の情報通り、組織的な抵抗はほとんどなかった。


 そこで、最奥の部屋に監禁されていた7名の少年たちが無事に保護された。

少年たちは、この世界では極めて珍しい男性警官や男性軍医の姿を見るなり、その胸に必死にすがりつき、堰を切ったように大声で泣きじゃくった。

施設内で逮捕されたスタッフ約20名は、全員が女性だった。


【水面下の外交戦、そして終結】

 同時刻、都内の某高級ホテルのレストランでは、千代乃の手先である「JISS」が、来日していた東欧およびアジア第三国の外相らと対峙していた。JISSは同諸国の金融資産と経済の命脈を裏から牛耳っている。彼女らの放つ「国内のマフィアを即刻掃討しろ」という要求は、外交の辞令などではなく、国家を破滅させかねない絶対的な脅しであり、外相らは青ざめて頷くしかなかった。


 こうして、国家を揺るがした大掃討作戦は、わずか半日で終了した。

逮捕者は総勢200名を超える大掃除となり、その容疑者のほぼすべてが女性であった。


 後日、「天啓のゆりかご園」のスタッフの供述に基づき、施設から少し離れた山林の捜索が行われた。そこから発見されたのは、男性のものとみられる30体もの遺体だった。体の一部が白骨化している遺体もあり、この一年で凄惨な搾取を物語っていた。

関与した者たちには、この国の歴史上最も重い刑罰が下されることになるだろう。


~~~~~~


翌日――。

 大掃討作戦の熱狂が冷めやらぬ中、警察庁と情報省による徹夜の取り調べ、そして押収された膨大な電子データの解析によって、この国の根幹を揺るがす陰謀の全容が次々と白日の下に晒されていった。


 とりわけ、「立河理子」(35歳)元男性保護庁長官と「蓮田みずき」(45歳)議員の背後関係は、国家の安全保障を根底から覆すほどに凄惨なものだった。

彼女らはアジア第三国と極めて密接に繋がっており、法律の上限を遥かに超える巨額の献金を、追跡の困難な暗号資産(仮想通貨)の形で受け取っていた。そればかりか、保護施設からの売り上げの一部も二人に渡っていたのだ。


 国民のしもべたる現職の国会議員が、単なる汚職ではなく、違法な管理売春と精液の不正密輸にまで手を染めていたのである。


 この組織的な侵食は、トップ層だけに留まらなかった。

今回逮捕された男性保護庁の官僚1名、職員19名、そして保護施設のスタッフ20名もまた、同様のルートで「国内マフィア」および「アジア第三国」と強固に繋がっており、長年にわたって多額の賄賂を受け取りながら、国家のシステムを内側から腐らせていたことも判明した。


 “アジア第三国”、そして“東欧”の目的は一貫していた。


 世界中で圧倒的な人気と、もはや信仰に近いほどの価値を誇る「日本国男性」の自国への囲い込み。そして、その遺伝子たる「精液」の強奪である。


 過去に日本国との間で激しい紛争があった歴史的経緯から、現在、日本国男性のアジア第三国および東欧への渡航は法律で厳しく禁止されている。当然、精液の輸出も完全に停止されたままだ。

だが、日本国の精液は極めて高品質であり、妊娠確率の高さだけでなく、健康的な男児が生まれる出生率も突出して高かった。少子化と男性不足に喘ぐ諸外国にとって、それは喉から手が出るほど欲しい至宝に他ならない。だからこそ彼女たちは、自国のマフィアの手まで借り、法の網を完全に踏みにじってでも、闇の密輸ルートを構築しようと躍起になっていたのだ。


 今回の電撃的な大掃討により、蓮田と立河を頂点とした少年たちへの不同意不正売春、そして国内外のマフィアを介した精液の密輸組織は、完全に息の根を止められた。


 しかし、後に残された衝撃は、あまりにも大きすぎた。

現職の国会議員が二名、そして国家の要たる現職の官僚・職員が20名、さらには少年を守るべき保護施設のスタッフが20名。合計42名もの人間が国家を裏切り、敵国に魂を売っていたという、あまりに凄惨な現実であった——。


 その全容を記した報告書を前に、首相官邸の総理と副総理は、底知れない闇の深さに身震いするしかなかった。

もはや自分たちだけの手に負える事態ではない。二人はわらにもすがる思いで、今後の具体的な対応策を求めるべく、千代乃の「JISS」の門を叩いた。


「隠遁生活に入って40年……。私が表舞台を退いてる間に、世の中の流れは随分と変わってしまったようね」


 運ばれてきた紅茶に静かに口をつけながら、千代乃は冷徹な声音で言い放った。その美貌の奥にある瞳は、すでに次なる一手を見据えている。


「まだまだ、私ものんびり隠居しているわけにはいかないみたいね。徹底的な大掃除が必要よ」


 総理と副総理は、未だ政府内に潜伏しているかもしれない工作員の存在を恐れ、この事実を極秘裏に処理すべきだと考えていた。

しかし、千代乃の考えは違った。彼女は、この未曾有の不祥事を一切秘匿することなく、すべて世間に公表することを二人に提言したのだ。


「闇は、光に晒されてこそ消え去るものよ。国民にすべてを明かしなさい」


 国民が政府や高官たちに対して、これまで以上に厳しい監視の目を強めること。それこそが、潜伏する残党をあぶり出し、根絶やしにする最強の武器となる。同時にそれは、今後二度とこのような裏切りを許さないという、未来への強力な抑止力へと繋がるのだ。


 千代乃の放った絶対的な打開策を受け、総理たちは深く頷いた。歪んだ国家のシステムを根底からひっくり返す、真の大掃除が今、始まろうとしていた。


 だが……その道のりはとても険しい。


 最も深刻なのは、男性保護庁のトップらがマフィアと繋がっていたことにより、甲斐田天馬が「稀人まれびと」であるという最高機密が、すでに東欧やアジア第三国にまで漏洩している可能性が極めて高いということだった。


 情報省、国防省、警察庁は、今一度、全省庁の職員に対する極秘の身元照会を再実施することを決定した。同時に、今回の上層部一斉検挙によって「ほぼ壊滅」にまで追い込んだ国内マフィアの残党を、根絶やしにするための暗闘が始まろうとしていた。


 天馬の平穏、そしてこの国の歪んだ均衡を守るための戦いは、まだ始まったばかりだった。


~~~~~~~~~


二日後――24日㈰——

 警察庁と情報省の取り調べにより、何故?蓮田と立河が、国家を揺るがす犯罪に手を染めたのか……が徐々に明るみになった。


 蓮田と立河が“国家反逆罪”に相当する犯罪に手を染めたのには、それぞれの生い立ちと育った環境にあることが判明した。


 立河の歪んだルーツは、彼女の血筋にまでさかのぼる。

立河の実母は、かつて「アジア第三国」の外交官を務めていた女性だった。しかし当時、情報省の内偵によって同国の工作員と深く繋がっていた事実を突き止められ、その後は煙のように行方をくらましている。

実質的に実母に捨てられた立河は、日本国の外交官であった父親の手ひとつで育てられたが、高校に入学して間もなく、その父親も急逝してしまう。


 孤独になった彼女がすがったのが、実母の面影だったのだろうか。

立河は高校生にして、「蓮田みずき」が所属していた「極端な女性至上主義」を掲げる政治団体「白い椿会つばきかい」の集会に出入りするようになり、その過激な思想へと急速に傾倒していった。

そこで“蓮田”と運命的な出会いを果たし、彼女の紹介によって、アジア第三国、そして日本国内のマフィアとの暗い結びつきを形成していったのだった。


 大学卒業後、すでに国会議員となっていた“蓮田みずき”の秘書として政界の裏表を学んだ立河は、やがて蓮田の絶対的な信頼を獲得。彼女を支持する過激派団体の強力な後押しを受け、自らも国会議員への当選を果たすに至る。


 一方、その手引きをしていた蓮田みずきの闇もまた深かった。

彼女のスマホから検出された暗号通信の解析により、立河よりさらに10年も古い高校時代から過激な女性至上主義団体である「白い椿会」で活動していた事実が発覚した。

アジア第三国と接触を持ったのは大学入学の頃。その後、一度は総務省に入省して国家の内部に深く潜り込み、そのわずか3年後には国会議員として政界へと打って出ている。彼女が手にした権力の階段には、常にアジア第三国からの莫大な資金援助が敷き詰められていた。


~~~~~~~


 そして、その日の早朝未明——


 冷徹な静寂が支配する拘置所の面会室に、千代乃はいた。

裏の権力を遺憾なく行使した彼女の面会に、法的な立ち会いなど存在しない。ただ防弾ガラスを隔てたこちら側に、実娘であり秘書の里美が、影のように控えているだけだった。


 防弾ガラスの向こう側に、一人の女が連れてこられる。元国会議員にして、前男性保護庁長官、「蓮田みずき」である。


 かつての傲慢な面影は見る影もない。目の下にはどす黒い隈が刻まれ、肌の艶は失われ、実年齢の45歳を遥かに超えて老け込んだように見えた。生気のない無表情で椅子に座った蓮田だったが――対面に座るグリーンのワンピース姿の美女を一瞥した瞬間、その顔が恐怖と動揺で激しく歪んだ。


(……この、女……っ!)


 一ヶ月前、蓮田は「沖グループ」会長の月子から、ある「都市伝説」を遠回しに聞かされていた。

それは、この国の裏権力を完全に掌握し、200年以上を生き続ける「やおびくに」という種の存在。

そして、その絶対的な存在こそが、月子の母である「沖千代乃(旧名・龍神千代乃)」に他ならないということ。彼女に逆らった者が辿る悲惨な転落人生と、彼女らがどう歴史から消し去られていったかを、蓮田は思い知らされていた。


 今、目の前にいる美女こそが、その怪物の正体だ。蓮田の全身を、本能的な恐怖の戦慄が駆け巡る。


 しかし、千代乃はそんな蓮田の狼狽などどこ吹く風で、ただ濁りのない美しい声を響かせた。


「それで? 何故あんなことをしたのか、聞かせて頂戴。天馬さんを東欧やアジア第三国に売り渡すつもりだったの? ……それに、あの施設にいた少年たちには何の罪もなかったはずよ」


 淡々と、しかし逃げ場を塞ぐような冷徹な質問。

蓮田は観念したように、生気のない声でポツリポツリと己の胸の内を吐露し始めた。


 すべては、歪んだ怨嗟から始まったものだった。

学生時代、どんなに努力しても好きな男性との恋が成就しなかったこと。信じた男性に無惨に裏切られた経験。男たちの気まぐれに振り回される日々に絶望した蓮田は、「いつかそんな男どもを全員ひれ伏させ、自分の周りにはべらせるために」血の滲むような努力を重ね、遂に権力と金を手に入れたのだという。


 国会議員となり、望み通り多数の男をはべらせることは叶った。だが、どれだけ男を囲っても彼女の心が満たされることはなかった。

そんなある日、憂さ晴らしに手を出した少年の買春(援助交際)に、彼女は底なしの沼のように嵌っていった。付き合いのあったアジア第三国の高官からも、極秘裏に美しい少年を提供されるような関係にまで依存は深まった。


 転機が訪れたのは2年前、男性保護庁長官として、保護施設「天啓のゆりかご園」を訪問したときのことだった。


 施設にいた少年たちは、保護されている身でありながら傍若無人に振る舞い、我儘の限りを尽くして女性スタッフたちを困らせていた。その様子を見た蓮田は、激しい不快感を覚え、20名ほどの少年たちを集めて説教を試みたという。


『お前たちがこの施設で何不自由なく安全に暮らせているのは、一体誰のおかげだと思っているの? すべては国民の、私たち女性が納めた税金で賄われているのよ! ここを一歩追い出されれば何もできないくせに、調子に乗るんじゃないわ。スタッフたちに迷惑をかけるな!』


 しかし、過保護に育てられた少年たちの返答は、蓮田のプライドを完璧に打ち砕くものだった。


『は? 男として生まれた時点で俺たちの勝ち組だし。女が男に奉仕するのは当然だろ』


 横柄で、傲慢で、感謝の欠片もない態度。少年たちは全員が異口同音に、女性を見下す言葉を言い放った。


「その瞬間……私の中で、何かが音を立てて壊れたのよ」


 蓮田の目に、狂気じみた光が宿る。

自分も含めたこの世界の女性たちが、男に気に入られるため、選ばれるためにどれほどの努力を重ねてきたか。女性のサポートがなければ生きることすらできない無力な存在のくせに、日々の感謝もせず、横柄な態度で女性を蹂躙じゅうりんする少年たちを、どうしても許すことができなかった。


 気づけば、口答えをした少年の顔を、蓮田は衝動的に殴りつけた。

周囲のスタッフも、同行していた副長官の立河も、誰もそれを止めなかった。それどころか、恐怖に怯え、泣き叫びながら自分に服従を誓う少年たちの姿を見たとき、蓮田の心はかつてない全能感と悦楽で満たされたのだ。


「自立できない男性は、女性に絶対的に服従させるべきなの。女性の管理下において、男性はただ、女性の性的欲求を満たすための道具……繁殖のためだけの『家畜』であることこそが、この世界のあるべき理想の姿よ」


 語る蓮田の表情は、自らの歪んだ思想に完璧に酔いしれる、おぞましい自己陶酔に満ちていた。

だからこそ1年前から、少年たちを薬漬けにして抵抗を奪い、不正売春を行わせ、アジア第三国や東欧へと精液を密輸する利権構造を作り上げたのだと豪語した。


 そして、話は天馬のことへと及ぶ。


「甲斐田天馬……あの男には、アジア第三国も東欧も、狂ったように種付けを熱望していたわ。だけど、あんな男が表舞台で有名になりすぎては、私たちの計画の邪魔になる。だから、あらゆる手を使って潰そうとしたのよ。何せ、本物の『稀人まれびと』だもの。他の有象無象とは価値が違いすぎるわ」


蓮田は不敵に笑う。


「海外の連中に『稀人』の存在をリークして、甲斐田と高木良明(大舘真人)がそれだと教え込んであげたのに、誰も信じなかった。でも、甲斐田が二度目の世界記録を更新したあたりからかしらね。向こうの連中も、必死になって甲斐田との接触を目論み始めたわ。……ただ、あの男の護衛はあまりにも隙がなくて、どうしても手が出せなかったみたいだけど。高木良明の方は……もう、有名になりすぎて手遅れだったみたいね」


 防弾ガラスの向こうで、己の犯行と歪んだ理想をすべて傲然と語り尽くした蓮田。

そんな哀れな罪人に対し、千代乃が向けたのは――感情のすべてが削ぎ落とされた、氷のように冷めきった眼差しだった。


「……残念ね」


千代乃の唇から、冷ややかな、そして憐れむような言葉が漏れる。


「その少年たちが横柄で、感謝の言葉も知らない男だったのは確かでしょうね。けれどそれはね、その施設自体の教育が、最初から腐っていただけよ。しっかりと人に思いやりを向けられる環境を整え、正しい教育を施せば、男性だって他人を慈しむ立派な人間に育つわ。……あなたは、まだまだ子供ね」


「な……っ」


子ども扱いされた蓮田の顔が、屈辱で赤く染まる。


「男性を力で抑え込み、管理下に置いたところで、何一つ解決などしないわ。自由な環境で、愛されて育った男性は、とても優しく、思いやりのある美しい存在になるものよ。……現に、私たちの天馬さんがそうであるようにね」


天馬の名を出した瞬間、千代乃の声音に明確な「拒絶」が混ざった。


「あなたが少年たちに行わせた不同意の不正売春の罪。身体を壊すまで薬漬けにした罪。そして……多くの少年たちを薬物中毒で苦しませ、死に至らしめた罪。あなたの犯した罪は、この国の歴史上、最も重いものになるわ」


 千代乃は静かに席を立つ。その瞬間、面会室の空気が爆発せんばかりの威圧感で膨れ上がった。

千代乃は防弾ガラスに一歩近づき、蓮田の目をまっすぐに見据えた。


 その表情は、ゾッとするほど美しい微笑を湛えていながら、オッドアイの瞳の奥には一切の光がない、絶対的な「無」の冷酷さに満ちていた。人間がどれだけ乞い願おうとも決して覆ることのない、“天災の化身”のような、圧倒的な強者のかお


「そして何より――私の愛する天馬さんを、他国へ売り渡そうとしたその大罪。私はあなたを絶対に許すことはないわ。……生涯をかけて、地獄の底でつぐないなさい」


 地響きのような宣告を残し、千代乃は一度も振り返ることなく、里美を連れて部屋を退出していった。


 防弾ガラスの向こう側で、蓮田みずきは激しい嗚咽を漏らし、恐怖のあまりガタガタと震えながら、誰もいなくなった空間に向けて、いつまでも深々と頭を下げ続けることしかできなかった。


 いつもご愛読くださり、ありがとうございます。

次回の更新は間隔が空いてしまいますが、月曜日とさせてください。


よろしければ、ブクマ登録と評価や感想をいただけますと、執筆の大きな励みになります!

引き続き、本作をよろしくお願いいたします。



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