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あべこべ世界でのランナー ~マラソン日本記録保持者が女性過多で貞操観念も逆転した世界線に転移し無双する~  作者: アサノ霞
第7章 実績 編

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第61話 閑話 3 大会後の反響と鳴野との婚約

6月16日(土)

 大会から一週間が経ち、その反響は、想像を遥かに超えていた。

テレビ、雑誌、ネットニュース、SNSに至るまで、どこをのぞいても僕の話題で持ちきりだった。


『陸上界の男神おがみ、再び世界を制す』

『ハーフマラソンで世界新記録を樹立』

『歴史的快挙――男性が女性の記録を圧倒』

『異次元の63分――歴史が塗り替えられた瞬間』

『美し過ぎるアスリート!』

『次の舞台はフルマラソンか?』


 連日のように扇情的な見出しが躍り、各局がこぞって特集を組む。

 

 男性選手が、トップクラスの女性選手を大きく上回るタイムで世界記録を更新したという事実は、この世界に、あまりにも巨大な衝撃を与えていた。


 称賛は、国境を越えて広がっていった。

当然ながら、国内外を問わず、あらゆるメディアが接触を試み、沖ホールディングスの広報部は対応に追われ続けていた。


 騒がしい状況下で、僕が単独インタビューに応じたのは、わずか三誌に限られていた。


『Jウィーク』

『月刊アスリート』

『サンライズ』


 以前の取材での感触が良く、信頼に値する――。そう判断した「沖ホールディングス㈱」の広報部が、他を断ってこの三誌のみを指定したのだ。


 もちろん、その他の媒体にも可能な限り対応はした。だが、短時間のコメント出演や合同取材が中心で、深い内容はこの三誌に絞られていた。


 テレビ出演もいくつかこなしたが、いずれも短時間だった。


 その中で、僕が必ず口にしたことがある。


「大会スタッフの皆さん、警備員の皆さん、スポンサー企業の皆さん、自治体の皆さん、そして応援してくださったすべての方々に感謝します」


「妻たち、護衛の皆さん、仲間たちの支えがあってこその結果です」


 派手な言葉や自己主張ではなく、ただ真っ直ぐな感謝を述べる。その姿勢が好意的に受け止められたらしく、視聴者からの評価は高かったようだ。


「速いのに謙虚」

「ちゃんと周りに感謝できる人」

「見た目だけじゃなく中身まで完璧」

「推せるどころじゃない……尊い!」


……少し持ち上げられすぎな気もする。


 そんな中――陸軍の公式動画配信サイトにて、立川ハーフマラソンの映像が公開された。

 レースの全体を追った映像ではあるが、編集の中心は明らかに僕だった。スタートからの独走、そしてゴールに至るまで、その走りが丁寧に切り取られている。


 そしてもう一つ――牧野少尉とのインタビュー映像も同時に公開された。


 牧野少尉との軽妙なやり取りの最中、ふと緩む表情や、わずかに揺れる視線。そんな僕の動揺は、彼女への好意を隠すにはあまりに無防備で、傍目にも分かりやすすぎた。


「あれ、絶対好きでしょ」

「顔に出すぎてる」

「ああいうのがタイプ?」

「牧野少尉羨ましい!」


 コメント欄は、瞬く間にその話題で埋め尽くされてしまうのだが、それは決して否定的なものではなかった。


「人間味があっていい」

「完璧すぎないところが好き」

「こんな風に想われたい」


 温かく、どこか微笑ましい空気が広がっていく。結果として、その映像は爆発的な再生数を記録した。


 動画からは、世界記録という事実以上に、僕の存在そのものが、人々の関心の中心へと変わり始めていると実感せずにはいられなかった。


 東相大学でも祝福ムードだった。


 理事長をはじめ役員の方々から祝いの言葉をいただき、陸上長距離・駅伝部の部員たちも大騒ぎだった。


「コーチ! 本当に世界記録ですか!?」

「映像百回見ました!」

「ゴールの笑顔、かっこよすぎです!」


 練習前からそんな調子で、なかなか始まらない。


 さらに沖ホールディングスにも顔を出し、僕から感謝を伝えに行った。


 会長の月子さん、社長の葉月さん、そして役員の皆さんから盛大に祝福され、少し照れてしまった。

広報部の愛理常務へもしっかりとお礼をした。


 そして――もう一つ、大切な予定があった。


 「鳴野 蘭」との婚約登録である。


 その前に、彼女の親へ筋(挨拶)を通したいと、僕がそう伝えた瞬間、蘭は耳まで赤くして驚き、それから何度も激しく頷いた。この世界には、親に相手男性を紹介する文化など存在しない。だからこそ、その「異質な誠実さ」が彼女の心を揺さぶったようだった。


「……う、うれしいです。テンさん……」


 それ以来、二人きりのときだけ呼び方が変わった。

僕は彼女を「蘭」と呼び、蘭は僕を「テンさん」と呼ぶことにしたのだ。


 そのたびに彼女が幸せそうに笑うので、こちらまで嬉しくなる。


~~~~~


 この日の練習は午前のみだった。

午後、蘭はいったん実家へ戻り、僕も一旦帰宅してスーツに着替える。


 15時頃、最寄り駅で待ち合わせると――。


「お待たせしました、テンさん」


 そこにいた蘭を見て、僕は思わず言葉を失った。

黒色のスカートスーツ姿の蘭は、いつもの学生らしい雰囲気とはまるで違っていた。清楚さの中に大人びた気品があり、一気に“女性”としての魅力が際立っている。


「……蘭、すごく綺麗だ」


「えっ……!」


蘭は一瞬固まり、次の瞬間には顔を真っ赤にした。


「そ、そんな……いきなり褒めるの反則です……」


 二人で駅の改札に入る。


 ちなみに僕の護衛は4名体制となっている。牧野大尉の件もあり、護衛は強化されている。

さらに蘭にも2名の護衛が付いた。


 来週月曜に婚約登録予定であり、僕の婚約者になる以上、今後を見据えて千代乃が私費で手配してくれたらしい。


「千代乃には頭が上がらないな……」


「私もです……」


 二人で苦笑しながら、電車に乗り込んだ。

隣りに座る蘭は、終始にこにこと幸せそうだった。


 やがて蘭の実家最寄り駅に到着する。

そこから少し歩いた先にあるのは、情報省幹部職員向けの官舎だった。


 高層マンション型の建物で、セキュリティは厳重そのもの。


 一階エントランスで、僕は手荷物検査と簡易ボディチェックを受ける。蘭は住居証明書を提示し、そのまま通過した。


「……さすが情報省」


「うちはちょっと特殊なんです」


蘭が苦笑する。


 エレベーターで上階へ上がり、鳴野家の玄関前へ至ると、蘭が深呼吸して、インターホンを押す。


 扉が開いた。


「いらっしゃい」


 玄関で迎えたのは、蘭の母・「鳴野 さき」さんだった。


 年齢が50を過ぎているはずだが、とても若々しく、見た目は40代前半でも通るだろう。

 そして何より、蘭によく似ていた。


 僕はすぐに姿勢を正し、深く頭を下げた。


「はじめまして。甲斐田天馬と申します。本日はお時間をいただき、ありがとうございます」


 手土産もさりげなく差し出す。


 咲さんは一瞬驚いた表情を見せ、それから小さく微笑んだ。


「……なるほど。蘭が夢中になるわけね」


蘭の顔が真っ赤になる。


「お、お母さんっ!」


 リビングへ通され席に着くと、僕はさきさんを真っ直ぐに見つめ、深々と頭を下げた。


「本日は、ランさんと婚約させていただきたく、ご挨拶に伺いました。必ず幸せにします。どうか、よろしくお願いいたします」


言葉に迷いはなかった。


すると隣で、蘭がぽろぽろと涙をこぼし始める。涙を流す娘に咲さんは驚いている様子。


「ら、蘭……?」


「……うっ、うれしくて……」


それを見た咲さんは、ため息まじりに微笑んだ。


「顔を洗ってきなさい。そんな顔じゃお話にならないわ」


「……は、はい」


蘭は涙を拭いながら洗面所へ向かう。

扉が閉まると、咲さんは静かに僕を見つめた。


「……あなたが『稀人まれびと』であることは承知しています。誤解しないでくださいね。部署は明かせませんが、私は情報省の要職におりますので……。娘を選んでくれて、本当にありがとうございます」


咲さんもまた、深く頭を下げる。その瞳には涙が滲んでいた。


「あなたなら大丈夫……蘭を、お願いします」


その言葉の重みを受け止め、僕も再び深く頭を下げた。


「必ず、幸せにします」


 その後は咲さんがデリバリーで用意した夕食を囲みながら、蘭の幼い頃の話で盛り上がった。


「この子ね、小さい頃から食いしん坊で」

「や、やめてよお母さん!」

「でも料理は本当に上手なのよ」


 蘭は赤面しながらも、どこか嬉しそうに笑っていた。


 彼女が母親の深い愛情を受けて育ったのだと、よく分かる。


 そんな蘭を見ながら、僕は心の中で静かに誓った。


(……この子を、幸せにしよう)


 決意は、さらに強くなっていた。


~~~~~


翌日――6月17日㈰


 僕は蘭と二人で、街の大型ショッピングモールを訪れる。

待ち合わせ場所に現れた蘭の姿を見た瞬間、僕は思わず目を奪われる。


 青いカットシャツに、ミニ丈のベージュスカート。裾には際どいスリットが入り、足元は黒のショートブーツ。黒い手提げバッグまで合わせたその装いは、大人びていて洗練されていた。


 ……そして、その服装には見覚えがあった。


「それ……千代乃がこの前着ていた服?」


 僕がそう尋ねると、蘭は頬を赤く染めながら小さく頷いた。


「は、はい……。私、普段着はジャージくらいしか持ってなくて……千代乃さんが“今日は初デートなんだから、これ着なさい”ってプレゼントしくれました……」


「なるほど」


 よく似合っている。可愛らしさと大人っぽさが同居した姿に、僕は少し眩しさすら覚えた。


 蘭は、もじもじと身体を揺らす。


「……変、ですか?」


「いや、すごく似合ってる」


「……!」


蘭は耳まで真っ赤になり、その場でうつむいてしまった。

……本当に分かりやすい子だ。


 まず向かったのはアパレルショップだった。


「今日は蘭の服を買おう」


「えっ!? わ、私のですか!?」


「これから色々出かけることも増えるだろうしね」


店内へ入ると、女性店員が目を輝かせながら駆け寄ってきた。


「いらっしゃいませ! ……あっ、甲斐田天馬さん!?」


どうやら僕に気づいたらしい。

周囲の店員たちもざわつき始めたが、皆きちんと仕事に徹してくれた。


「こちらのお客様にお似合いになるお洋服をご案内します!」


そこからは、半ばファッションショーだった。


「こちらのワンピースはいかがでしょう?」


「きゃあ、可愛い!」


「このジャケットも似合います!」


「蘭、着てみて」


「は、はいっ!」


試着室から出てくるたびに、蘭は違う魅力を見せた。

清楚なワンピース、大人びたパンツスタイル、可愛らしいカジュアルコーデ。


 どれもよく似合う。


「全部ください」


「て、テンさんっ!?」


「靴とバッグも見よう」


「そ、そんな……!」


結局、数十点の服に加え、靴、バッグ、アクセサリーまで揃えることになった。

会計を済ませた直後――蘭の目からぽろぽろと涙がこぼれた。


「えっ、どうした?」


「……男の人から……こんなふうに、プレゼントされるの……初めてで……っ」


声を詰まらせながら泣く蘭を見て、女性店員まで目元を押さえている。


「す、素敵ですぅ……!」


……店員さんまで、もらい泣きしていた。


 次に向かったのは、僕が以前から利用しているジュエリーショップだった。

店へ入ると、馴染みの女性スタッフがすぐに僕へ一礼する。


「甲斐田様、お待ちしておりました。個室へどうぞ」


予約していたこともあり、案内はスムーズだった。ソファー席へ着いたところで、僕ははっきりと告げる。


「婚約指輪をお願いします」


一瞬、蘭の呼吸が止まった。


「……え?」


「蘭の婚約指輪を選びに来た」


「――!!」


次の瞬間、蘭は大声で泣き始めた。


「うわあああああああん!!」


「蘭!? 落ち着いて!」


「うれし、うれしすぎて、無理ですぅぅ!!」


前回の千代乃のこともあってか、店員さんが慣れた様子でティッシュ箱を差し出してくる。


しばらくして落ち着いた蘭は、僕と並んで指輪を選び始めた。


「こちらは上品な定番デザインです」

「こちらは華やかな人気モデルになります」


その中で蘭が選んだのは、派手めで一際目立つデザインだった。


「これがいいです」


「意外だね」


派手なデザインに僕は驚く。


「……婚約者だって、一目で分かる方がいいので」


そう言って照れ笑いする蘭に、僕は思わず笑ってしまう。

店員の許可を得て、僕はその指輪を蘭の左手薬指へそっとはめた。


ぴたりと収まる。


「似合うよ」


蘭は指輪を見つめたまま、再び大泣きした。


「うわあああああん!!」


 ……今日はよく泣く日らしい。


 買い物を終え、店を出たあと、僕は提案した。


「このままモールで食事でもする?」


すると蘭は少し遠慮がちに僕を見上げた。


「……テンさんのお家に、行ってみたいです」


「うちに?」


「はい。皆さんにも……ちゃんとご挨拶したくて」


僕はすぐに妻たちへ連絡を入れた。返ってきた返事は、全員一致で歓迎だった。


夕方、自宅へ戻ると、すでに妻たちが揃っていた。奈月、朱里、クリス、愛理、美月、そして千代乃。


「いらっしゃい、蘭ちゃん! 待ってたわよ~!」


千代乃から明るく迎えられ、蘭は緊張しながらも深々と頭を下げた。


「本日から……よろしくお願いします!」


そのまま夕食会の準備となり、僕と愛理、クリスが台所へ立つ。

すると蘭も袖をまくった。


「私も手伝います!」


大丈夫か?と、僕は心配するが――それは杞憂だった。包丁さばき、段取り、火加減、そのどれもが見事だった。


「……蘭、凄いな! ほぼ愛理と同レベルだ!」


僕は驚きとともに感心する。


「母が仕事で帰り遅くて……小さい頃から料理番組とネット見て覚えました」


「すごいわね……驚きました」


愛理が素直に感心している。


「ちなみに母は家事壊滅的です」


「……なるほど」


僕は妙に納得してしまった。


 愛理とクリスと蘭の三人は、とても楽しそうに料理をする。とても微笑ましい姿に、僕自身がホッコリしてしまう。


 料理が並び、全員で席につく。

その場で、妻たちが一足早い婚約祝いをしてくれた。


「蘭ちゃん、おめでとう!」


「ようこそ、家族へ」


「乾杯!」


 皆でそう祝うと――蘭はまた号泣した。


「うわあああああああん!!」


 あまりの泣きっぷりに、皆が少し引いていた。


「……よく泣く子ね」


「感情豊かで可愛い」


 奈月と朱里が小声で話している。


 千代乃に背中を擦られると、蘭も落ち着き、食卓は和やかな空気に包まれていった。


 その一方で、ふと見ると、美月と千代乃は酒に一切手をつけていない。


(……美月は、もしかして)


 以前から気になっていたが、どうやら妊娠の可能性が高い。


 だが――千代乃まで?


(いや、まさか……)


 僕は心の中で首を傾げた。


 食卓を見渡す。


 奈月、朱里、クリス、美月、愛理、千代乃、そして新たに加わる蘭。

皆が笑い、語り、同じ食卓を囲んでいる。

その光景に、僕は胸の奥がじんわりと温かくなるのを感じた。


~~~~~~~~


翌日——6月18日㈪

 昨日は蘭、クリス、美月、千代乃の4人が我が家に泊まった。


 けれど、蘭と同じ布団に入ることはしなかった。彼女はまだ学生の身だし、アスリートとしての未来もある。万が一のことがあれば、彼女の競技人生を台無しにしてしまう。

避妊という選択肢もあったが、不運にも僕はその備えを持っていなかった。それはクリスも同様で、結局、蘭との夜はお預けになったというわけだ。

当の蘭はといえば、千代乃と同じ部屋で眠りについていたので、別に残念がる様子もなかったけれど。


 妻たちと護衛、そして北川さんを伴い、僕は蘭との「婚約登録」のため市役所の戸籍課を訪れていた。

 窓口の担当は、いつもの野本さんだ。彼女は法律に従って僕への聞き取りを行うが、その顔には生気がなく、まるで能面のようだった。


「こちらの……女性との婚約登録で、お間違いないですね?」


「はい、よろしくお願いします」


 以前、千代乃から注意されていたこともあり、僕は努めて淡々とした表情で応じた。野本さんは僕をじっと見つめると、なぜか一筋の涙を流し、そのまま淡々と手続きを進めていく。


 数十分後、「婚約届受理証明書」が発行され、晴れて蘭との婚約が成立した。証明書を受け取った蘭が感極まって僕に抱きつき、声を上げて泣いたのは言うまでもない。


(幸せだな……)


 これから先、きっと色々なことが起こるだろう。問題や騒動、予想外の出来事だって。


 それでも――。


 僕は妻たちと共に、ひとつずつ乗り越えていこう。そう静かに心に誓った。


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