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あべこべ世界でのランナー ~マラソン日本記録保持者が女性過多で貞操観念も逆転した世界線に転移し無双する~  作者: アサノ霞
第7章 実績 編

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第57話 立川ハーフマラソン(後編)

 僕の周りにはアスリートしかいない。護衛がいるため、話しかけられることはないが、張り詰めた空気が辺りを支配している。

僕はスタート前のこの緊張感が、堪らなく好きで、つい口元が緩んでしまう。


 市長の挨拶(勿論女性の市長)が終わると、会場の熱気は最高潮に達した。


 そして――スタートの号砲が鳴る。一斉に動き出すランナーたち。

だが、僕はとても落ち着いていたので、設定ペースである3分/㎞で走る。

決して無理はしないが、抑えすぎるつもりもない、自然と身体が前へでていくような感覚だ。


 僕の30mほど前方には、中継車が先導する。

今日はテレビ中継はないので、ネット配信する中継車であろう。


 気付けば——僕は一人飛び出し先頭となっていた。後ろからは10人ほどが僕に付いてくる気配はしたが、数百メートル過ぎた地点で足音は遠ざかっていき、誰も付いてこれなくなる。


 最前列からのスタートということもあって、混雑は避けられ、入り1㎞は3分03秒と、先ず先ずのペースである。


 この地点で既に後ろの足音は全く聞こえず、完全な単独走となる。


 ロードバイクの護衛2名は、横に並走と後ろを追走する完璧なフォーメーションを組む。


 立川飛行場の滑走路は広く、遮るもののない直線が続き、風を切る音だけが耳に残る。

滑走路の平地を利用して、走るリズムと呼吸を整えていく。大きく二周回したのちに滑走路を抜け5㎞地点にて一般道へと入る。


 5キロのラップタイムは、15分03 秒! 予定通りだ。


 ここから「昭和記念公園」に入る12㎞地点までの一般道の区間は、2台の白バイが先導に付く。当然のことながら、隊員は女性である。


 一般道へ入ると景色が変わる。

 

「きゃああああああ!!」「天馬く——ん!!」「頑張って下さい—―」「速い!速すぎる!!」「腹筋がっ!」「エロい!」「かはっ!」「下半身が!」「とろける~!」

 

 沿道を埋め尽くす観客が多く、そのほとんどが女性ばかりで、スマートフォンを掲げ、歓声を上げ手を振っている。その熱量は、もはや“応援”というより熱狂に近い。

 

 だが、その中に――わずかながらも、男性の姿も見える。肩身が狭そうではあるが、それでも必死に声を上げてくれている。


「頑張ってくださーーい!!」


 その声に、少しだけ胸が温かくなり、声援を送ってくれた男性に僕は軽く手を上げて応えた。

すると、多くの女性らによる歓声がさらに大きくなる。


 5.5kmを過ぎた地点で給水所があり、スポーツドリンクが入った紙カップを受取り、飲み口をV字に潰してから飲み干す。

こうすることで、こぼさずに飲むことが可能なのだ。

今回はハーフなので、スペシャルドリンクは用意していない。


 沿道には所々でテレビ用のカメラや、カメラウーマンの姿も見え、僕を撮影する姿が見える。


 その後もキロ3分ペースを刻んでいき、テンポ良く走る。苦しさはなく沿道を見る余裕すらある。

だが、この女性過多な世界線では、僕のペースは驚異的な速さなのであろう。

沿道のギャラリーは驚愕の表情をしている。


 10kmを過ぎてもペースも呼吸も安定していた。ここで二回目の給水をする。

背後には誰もいない完全な独走状態となっている。


 ロードバイクの護衛も、風除けにもならない絶妙な距離間を保ち周囲を警戒しながら付いてきている。


(さすがだな……)


 僕は内心で感心する。


 12km地点——


 コースは「昭和記念公園」へと至り、ランニングコースに入る。ここで白バイ隊は離れて、ネット中継車のみが先導することとなる。


 同公園内のコースは、木々に囲まれた道で、わずかなアップダウンがあるが、僕のペースは落ちる事はない。

脚も呼吸も軽いままで、むしろとても気分が高揚し、テンポも良くなってきている感覚すらある。


(ランナーズハイ! となったか?!)


 そう思いながらも走っていく。


 そのとき――


「天馬ーーー!!」


 と、遠くから聞き慣れた声がした。視線を向けると、そこにはクリスと部員たち、マネージャーたちが並び、全力で僕に声援と手を振っている。


「そのまま行けーーー!!」


 クリスが全力で叫ぶ。


「ペース完璧です!!」

「速っ!!」

『『コーチ~~頑張ってくださーーい!!』』


 部員全員の声援が聞こえる。その中に鳴野の声も混じる。

 

「天馬コーチーー! ステキーー! 愛してまーす!」


 鳴野の声援である。どさくさに紛れて何を言っているのやら……。僕は呆れ顔で苦笑を交えた表情でそれらの声援に手を挙げて応える。

そして、ここでサングラスを外し鳴野に投げる。鳴野は僕が投げたサングラスをしっかりとキャッチし、キョトンとした表情をしてから、それを胸に抱く仕草をした。


 何となく……クリスを含めた周りの声援が静まり、鳴野に視線を向けた様な気がするが、今はレースに集中することにしよう。


 さらに少し先――15㎞地点にさしかかり、ここで最後の給水をする。タイムは45分03秒!と、想定通り・


「天馬さーーーん!!愛してるぅ~~!」


 千代乃の声援が聞こえる。里美さん、真由美さんとともに、大きく手を振っている。

千代乃もまた、どさくさに紛れて何を言っているのやら……。


 僕は千代乃に向けて、左手薬指の指輪にキスしてから、親指を立てる仕草をした。

そんな千代乃は、赤面しつつも、僕に同じ仕草を返す。


 そして、ここでスイッチを入れ、スパートを掛ける。


(……よし! 行くか!)


 腕を大きく振り、ストライドを広げる。それまでのペースから、一段階引き上げる。

脚が、さらに回り、心肺もまだ余裕がある。


 ペースをキロ2分58秒まで上げる。20㎞地点の通過タイムは、59分53秒! このまま押し切る!


 沿道の観客の歓声が爆発する。


「速すぎる!!」

「世界記録ペースだ!!」


 ざわめきが広がる。僕も久々の長距離走に気持ちが昂る。


(……気持ちいい……とても気持ちいい!)


 ただ、それだけ。走ることの純粋な快感が全身を満たしていた。


 そして最後の直線へ。僕の表情は自然と口角が上がり、満面の笑顔であった。

苦しさはない、ただ楽しい。


 そのまま――久々の長距離を完走できた喜びを全身で表現し、満面の笑顔と両手の拳を大きく上げた状態で、ゴールテープを駆け抜けた。


 時計を見ると、1時間03分10秒と表示されていた。


ゴール後、僕は振り返りコースに深く一礼する。一瞬の静寂の後――会場が爆発した。


「え……!?」

「世界記録……!?」

「ありえない……!」

「速い!」「すごい!」


 観客、スタッフ、すべてが驚愕し、ゴール地点は騒然となる。ハーフマラソンの世界記録を更新したのが男性で、しかも、圧倒的な独走であったのだ。


僕は軽く息を整えながら空を見上げる。


(……やったな)


 この世界での、初めてのロードレースをトップで完走することが出来た。

僕自身、余りハーフを走った経験はないが、それでも、その結果は――想像以上に好タイムだった。


 ゴール後、サポート役の朱里が駆け寄り、肩にタオルをかけてくれる。僕は朱里を抱きしめると、何度も頷いて労ってくれる。


「ダーリン、お疲れ様でした!」


 北川さんと護衛の松田さんも僕を労ってくれた。

そんな北川さんと松田さん、もう一人の護衛と、ロードバイクで護衛してくれた二人にも、僕は感謝を伝え、しっかりと強く抱きしめる。

全員が一瞬固まっていたのは言うまでもない。


 すると待機していた6人の警備員たち(全て女性ばかり)が一斉に動き出し、僕の周りを囲んだ。僕へ殺到しかねない観衆から警護するための措置だ。


 ゴール地点の会場は、歓声と熱狂の渦に包まれていた。陸上界の『男神』とうたわれる僕が、またしても世界記録を更新したのだから、それも当然のことだった。


 だが、その喧騒に浸る暇はなかった。


「こちらへお願いします」


 ゴール地点にて待機していた大会スタッフのベストとジャージを着用する女性二名に促され、僕はそのまま広場の一角へと誘導される。

朱里と北川さんと護衛と警備員も僕に続く。


 その視線の先には――大きな仮設テントが設けられており、「検査エリア」と掲示されている。

周囲はすでに厳重な警備が敷かれており、関係者以外は立ち入り禁止となっていた。


 僕らがテントに到着すると、パンツスーツ姿の陸連役員(女性)と、同じくスーツに「検査員」のベストを着用した30代ほどの女性が待ち構えていた。

 やはりドーピング検査か。世界記録を塗り替えた直後なのだから、当然の段取りだ。


「甲斐田天馬選手ですね」


 ユニフォーム姿の僕を間近にして、検査員はわずかに頬を赤らめたものの、落ち着いた声で歩み寄ってきた。そして、資格証と身分証を提示する。


JADA(じゃだ)(日本国アンチ・ドーピング機構)の佐藤と申します。世界記録の更新に伴い、検査の対象となりました。よろしいでしょうか?」


「はい、問題ありません」


 僕は即答した。この世界のハーフマラソンの記録は1時間4分台(2018年時)だ。それを更新したのだから、検査が行われない方がおかしい。

ただ……これまでの検査員とは違う、独特の堅さと厳しさが彼女からは漂っていた。


「なお規定により、男性選手の場合は採尿時に最大二名まで同行が認められています。ご指名はありますか?」


 僕は少し考える。いつも冷静な美月はいない。クリスと千代乃がこちらに到着するまでには、まだ時間がかかるはずだ。


 となると――。


「こちらの二人でお願いします」


「承知しました。では、身分証の提示をお願いいたします」


 僕は朱里と北川さんを指名した。

朱里は目を丸くして驚いていたが、すぐに身分証を取り出した。一方の北川さんは、顔を赤らめながらもどこか硬い手つきで提示に応じている。

検査員が二人の身分証を端末で記録し、僕たちは共にテントの中へと足を踏み入れた。


「北川さん、もしわたしが暴走しそうになったら……ぜっっったいに止めてね!」


 朱里が切実な表情で北川さんに詰め寄る。北川さんは赤面のまま、深く、重々しく頷いた。


 簡易的な仕切りで区切られた空間。そこには男性用の簡易トイレがあり、検査員、北川さん、朱里の三人が、至近距離で僕を囲む形となる。


「それでは、こちらにお願いします」


医療用ゴム手袋をはめた検査員が、震える手で容器を差し出した。


 僕が容器に採尿を始めた数秒後――。


 朱里の表情が劇的に変わった。頬は火照り、瞳はとろりと潤み、肩をぴくりと震わせて僕の方へ吸い寄せられようとする。


「落ち着いてください、朱里さん! これは検査です!」


 即座に北川さんが朱里を羽交い締めにし、力ずくで引き止める。耳元まで届く朱里の荒い鼻息が、テント内の温度を一段上げているようだった。


「はぁ……はぁ……っ、ダーリンの……が……っ!」


「ダメです、我慢して!」


 朱里が必死に理性を繋ぎ止める一方で、ふと横を見ると、職務中であるはずの検査員まで様子がおかしい。


「……す……ご……い……っ」


 彼女は僕の下半身を直視したまま、顔を真っ赤にして呼吸を乱していた。手元がおぼつかず、今にも僕に触れてしまいそうなほど指先が震えている。

北川さんも、表向きは鉄面皮を保って朱里を制止しているが、その目元だけはどこか熱を帯び、とろりと緩んでいた。


 数十秒後——。


「か……確、認しました。規定量に達しています……っ」


 検査員は内股をきつく閉じ、自身の股間を抑え込むようにして、絞り出すような声で告げた。

僕は安堵して、軽く息を吐く。


「……これで、いいですか?」


「はっ……はい、ご協力⋯⋯ありがとうございました……っ」


 検体を佐藤さんに渡し、その場で厳重に封印された。番号を確認し、震える手で書類に記入を済ませる。


 その作業を終えると、検査員の佐藤さんは魂が抜けたような表情で、その場に力なく座り込んでしまった。


 検査は無事終了。僕はテント内の更衣室にて着替えをする。北川さんと朱里はテントを出て外で待機してもらう。


 着替えを済ませながら、僕は次の予定を思い浮かべる。


 (さて―—次はインタビューか!)


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