第54話 息抜きを兼ねた交流会
6月2日㈯
部員たちは昨日のヒルトレーニングのダメージが残っているようだったので、この日の練習は午前中のみ。ゆっくりとしたジョグを90分行って終了とした。
第二フェーズに入ったばかりとはいえ、ずっと張り詰めていては持たない。適度な息抜きも必要だ。
そこで、部員とマネージャーたちの交流を兼ねたパーティーを開くことにした。
全員に希望を聞いたところ――『焼肉パーティー!』と、満場一致だった。
というわけで、大学の食堂を貸し切り、焼肉パーティーを開催することになった。
費用はもちろん、すべて僕のポケットマネーだ。
さらに今回は、部員たちの保護者とも交流しておきたいと思い、クリスに相談したところ快く了承してくれた。
部員たちの多くは人口授精によって生まれた家庭で、母子家庭だったり、父親とほとんど会ったことがない者が多い。
そのため、今回参加する保護者は母親のみとなった。
――ただし、部員たちにはそれ以上に強い希望があった。
「天馬コーチの旦那さんたちに会ってみたいです!」
……というわけで、僕の妻たちも招くことになった。
千代乃以外の妻たちは「Jウィーク」の取材である程度知られてはいたが、部員たちは実際に会ってみたいのだという。
奈月、朱里、クリス、千代乃はすでに部員たちと面識があるが、美月と愛里は今回が初顔合わせだ。
北川さんに相談し、妻たちにも確認したところ、全員が快く了承してくれた。
そして今日、妻たち全員が顔を揃えている。なぜか――北川さんも一緒だが。
――夕方――
食堂には、すでに多くの人が集まっていた。
部員たちの母親たちが、まず僕とクリスのところへ挨拶に来る。
「いつも娘がお世話になってます」
「東相大学に入ってから、あの子が本当に楽しそうで……」
「寮費まで⋯⋯ありがとうございます」
深く頭を下げられ、僕も頭を下げ返した。
「こちらこそ。皆さんの娘さんは、とても頑張ってます」
クリスも柔らかく微笑む。
「いいチームになってきてますよ」
母親たちは安心したように笑顔になった。
部員たちは少し照れくさそうだ。
「ちょっとお母さん……」
「ちゃんと練習してるの?」
「してるって!」
あちこちでそんな会話が聞こえる。
そんな和やかな空気の中、入口の方で少しざわめきが起きた。
振り向くと、男子マネージャーの鷹司君と一条君が、やや緊張した様子で数人の女性を案内しているところだった。
二人とも普段は部員たちのサポート役だが、その容姿は相変わらず――まるで美少女のように整った顔立ちだ。
部員たちの母親の何人かが、思わず小声で言う。
「まぁ!……あの子たち、可愛いわねぇ……」
鷹司君と一条君が僕とクリスの前へ進み出て、すっと背筋を伸ばした。
「天馬コーチ、クリス監督」
「母と……妻を連れて参りました」
二人の背後から、4人の女性が一歩前へ出る。
落ち着いた雰囲気の妙齢の貴婦人が二人と、その後ろには、二十代前半とおぼしき若い女性が二人。
二人の貴婦人は、どこか上品な空気を纏っており、その面差しは鷹司君と一条君によく似ていて、一目で母親だと分かる。着物姿ではないが、その所作の一つひとつが洗練されていた。
二人は息を合わせるように、深く頭を下げた。
「いつも息子がお世話になっております。陽(鷹司)の母、陽菜でございます」
「いつも息子がお世話になっております、晶(一条)の母、千晶でございます」
無駄のない、見事な一礼だった。
京都の由緒ある家柄(華族)だと聞いてはいたが、立ち居振る舞いだけで血筋の良さが知れる。
僕も慌てて頭を下げた。
「こちらこそ。お二人のご子息には、いつも助けられてます」
クリスも穏やかな微笑みを浮かべる。
「ご丁寧に恐縮です。お二人とも、とても優秀なマネージャーですよ」
母親たちはさらに深く頭を下げた。
「ありがたいお言葉です」
「息子が、ここまで充実した表情をしているのは初めてでして……」
鷹司君と一条君は、少し恥ずかしそうにしている。
「お母様……」
「そんなに大げさに言わなくても」
母親たちは微笑んだ。
「いいえ。感謝はきちんとお伝えしなければなりません」
「そうですよ」
そして、陽菜さんが後ろに控える若い女性たちを促す。
「ほら、あなたたちも」
二人の若い女性が前に出た。
パンツスーツ姿で、まだ新入社員らしい初々しさの残る女性たち。だが、どこか気品があり、とても美しい。
彼女たちも丁寧に頭を下げた。
「鷹司の嫡妻の正子です。いつも夫がお世話になっております」
「一条の嫡妻の久子です。いつも夫がお世話になっております」
その口調はとても低姿勢だった。
二人とも今年、関西州の名門大学を卒業したばかり。だが、勤め先は関西州最大の企業グループであり、その創業一族でもあるという。
「夫が東相大学で素晴らしい環境に恵まれていると聞き、ぜひ一度ご挨拶をと……」
「天馬コーチ、クリス監督。心より感謝申し上げます」
再び二人は深く頭を下げた。
僕は思わず苦笑する。
「そんなに畏まらなくても大丈夫ですよ」
クリスも優しく言う。
「ここでは皆、家族みたいなものですから」
二人は少し安心したように微笑んだ。
すると――鷹司君が、そっと嫡妻である正子さんの腰に手を添えた。
「……大丈夫? 長旅だったでしょう?」
一条君も心配そうに言う。
「体調は? 無理してない?」
二人の声は、驚くほど優しい。
嫡妻たちは少し照れたように笑った。
「大丈夫ですよ」
「あなたに会いたかっただけですから」
すると鷹司君は、ほっと息をついた。
「……よかった」
一条君も安心したように頷く。
「無理してないならいいんだ」
その様子は――とても自然で温かく、互いを本当に大切に思っているのが伝わってくる。
僕はその光景を見ながら、思わず口元を緩めた。
(……いい夫婦だな)
クリスも同じことを思ったのか、小さく笑った。
「天馬」
「うん?」
「あなた、今すごく微笑ましい顔してる」
僕は苦笑した。
「してた?」
「ええ」
クリスは静かに言った。
「いい家族ね」
僕は大きく頷いた。
「……ああ、本当に」
~~~~~~~~~~
その後、僕は部員たちを集めた。
「ちょっといいか」
視線が集まる。
「今日は約束通り、妻たちを紹介する」
部員たちの目が一斉に輝いた。
「来た……!」
「ついに……!」
僕は苦笑しながら言った。
「僕の妻たちだ」
まず奈月と朱里、千代乃が軽く手を振る。
部員たちはすでに知っているので、黄色い声援が上がる。
そして――僕は二人を前に出す。
「こちらが美月」
美月は堂々と一歩前に出て、軽く会釈した。
「天馬の妻の美月よ、よろしくね」
凛とした立ち姿。
落ち着いた声。
どこかリーダーのような威厳がある。
部員たちは思わず見入った。
「……かっこいい!」
「すごい!……」
「大人の女性!……」
「キレイ……」
憧れの視線が集まる。
続いて――
「そして、愛理」
愛理が少し恥ずかしそうに前に出た。
「えっと……愛理です。よろしくお願いします」
その瞬間、部員達は固まった。
「……」
「……」
「……」
愛理は透き通るような肌、柔らかな雰囲気と、思わず見とれるほど整った顔立ち。
可愛さと美しさが同時に存在している。
誰かが小声で呟いた。
「……天使?」
別の部員が頷く。
「やばい……可愛すぎる……」
愛理は困ったように笑った。
「そんなに見ないでください……」
すると鳴野が小声で言う。
「……コーチ」
「なんだ」
「旦那さんたち、レベル高すぎません?」
「知らん」
僕は即答した。
それからしばらくすると――不思議な光景が出来上がっていた。
美月の周りに、部員たちが集まっている。
「美月さんって沖グループの後継者なんですか?」
「かっこいいです!」
「憧れます!」
「どうしたら、強引に男性を引っ張りまわせるんですか?」
質問攻めだ。
美月は腕を組んで笑いながら答えている。
「「「えええ~~~~!?」」」
何を話しているのかは聞こえないが、大いに盛り上がっていた。
美月は完全に人気者だった。
堂々とした雰囲気と、気さくな性格。そして、僕を引っ張り回す姿が、部員たちにとって、まさに憧れの女性という感じらしい。
その様子を見て、僕は少し驚いた。
「……美月、人気だな」
クリスが笑う。
「当然よ」
奈月と朱里の周りにも部員が集まり、大いに盛り上がっていた。
特に朱里は、レスリングの五輪金メダリストにして総合格闘技の無敗王者という経歴の持ち主だけに、注目度はなおさらだった。
一方、食堂の隅では――
千代乃と鳴野が仲良く話していた。
「鳴野ちゃん、最近どう?」
「坂トレーニングがヤバいです!」
千代乃が笑う。
「天馬さん、厳しいでしょ?」
「めちゃくちゃです!」
二人はすっかり意気投合している。
「でも楽しいんです」
鳴野は笑った。
「強くなってる感じがするので」
千代乃は優しく頷いた。
「それならよかった」
その時、僕はふと気づいた。美月のテーブルには酒が並んでいるのだが、美月は一滴も飲んでいない。
僕は目を細める。酒豪の美月が酒を飲まない? あり得ない。
僕は少し考える。
(……もしかして)
ふと、ある可能性が浮かんだ。
(妊娠……?)
確証はないが、もしそうなら――僕は美月の方をちらりと見た。
美月は部員たちに囲まれながら楽しそうに笑っている。
その横顔を見ながら、僕は静かに思った。
(……美月の報告を待つとしよう)
ふと視線を向けた先で―—愛理が、鷹司君の母である陽菜さんと、一条君の母である千晶さんと親しげに談笑しているのが見えた。
しかも……かなり打ち解けた様子で笑っている。
(……あれ?)
僕は少し首をかしげる。三人とも初対面のはずだが、それなのに、妙に距離が近い。
まるで昔からの知り合いのような空気だった。
すると、愛里がこちらに気づき、手招きした。
「天馬さん、ちょっと来て」
僕が近づくと、陽菜さんと千晶さんは、くすっと笑った。
陽菜さんが言う。
「ほんと久しぶりね」
「え?」
僕が首をかしげると、愛里が楽しそうに言った。
「実はね――この二人とは中学の頃からの親友なの」
「……え?」
僕は思わず声が出てしまい、驚きを隠せない。
改めて陽菜さんと千晶さんを見る。
二人とも落ち着いた大人の女性だが、40代には見えない。三十代前半と言われても違和感がないほど若々しい。
愛理が笑顔で続ける。
「本当に昔から仲良しなのよ」
千晶さんが懐かしそうに頷いた。
「中学も高校も一緒でしたからね」
陽菜さんも楽しそうに言う。
「帰り道、三人でよく寄り道したわよね。愛理って昔から全然変わらないの」
千晶さんがくすっと笑う。
「そうそう。昔から可愛かったのよ。高校の頃なんて、お見合いの話がしょっちゅう来てたもの」
愛理が少し困ったように笑う。
「もう、やめてよ二人とも」
そのやり取りを聞きながら、僕は改めて驚いた。
(……世間って、本当に狭いな)
まさか妻の親友が、部のマネージャーの母親だったとは。
そんな僕の様子を見て、陽菜さんがくすっと笑う。
「それにしても、愛理から聞いたわよ」
千晶さんが続ける。
「懐妊、おめでとう」
二人の視線が、そっと愛理のお腹へ向けられる。優しい微笑みが浮かんでいた。
「本当におめでとう」
「良かったわね、愛理」
二人は心から祝福しているようだった。
だが――その笑顔の奥に、ほんの少しだけ別の感情が混じっているのが分かった。
羨ましさだ。
陽菜さんが小さくため息をつく。
「いいわねぇ……私も、もう一人くらい欲しいわ」
千晶さんも苦笑する。
「でも、うちの人……淡泊で……」
陽菜さんが肩をすくめる。
「うちもよ」
そして二人は、愛理のお腹を優しく見つめた。
「いいわね、本当に」
「羨ましいわ」
その言葉には、温かな気持ちがこもっていた。
すると、愛理は眉をひそめながら、すぐに突っ込みを入れる。
「ありがとう。でも……あなたたち、三人も産んでるじゃない! 私、まだ二人目よ!」
陽菜さんと千晶さんは、愛理の言葉に一瞬きょとんとした顔をして――そのまま、何事もなかったかのように話題を流した。
完全にスルーである。
暫くすると、三人は顔を見合わせ、また楽しそうに笑い合う。
そんな愛理の笑顔が、とても微笑ましかった。
~~~~~~~~~
一方で、北川さんと護衛たちも交代で食事を取っている。
僕と妻たちの護衛にも、部員たちは興味津々らしく、あちこちで質問攻めにしている様子だった。
「護衛って、普段どんな訓練してるんですか?」
「射撃とかやるんですか?」
「男性の護衛って大変ですか?」
そんな声が聞こえてくる。
その時、北川さんがグラスを手に持って僕のところへ歩いてきた。
「天馬さん」
そう言って、僕に酒を差し出す。
「どうぞ」
「ありがとうございます」
僕が受け取ると、北川さんは会場を見渡して微笑んだ。
「とても良いチームですね」
そして、穏やかな口調で続ける。
「次のレース、頑張ってください」
「はい」
僕は静かに頷いた。
焼肉の香りと、楽しそうな笑い声が食堂に満ちている。
こうして交流会は、夜遅くまで続いていった。
このひと時は、明日以降の厳しい練習に向けた大切な活力補給でもある。
チームが一つになっていく。そんな温かな時間だった。
【次回更新日のお知らせ】
誠に勝手ながら、土日は所用のため、次回の更新を月曜日とさせていただきます。
お待たせしてしまい恐縮ですが、今後ともよろしくお願いいたします。
もしよろしければ、「ブックマーク登録」と「★評価」や「感想・コメント」をいただけますと、執筆の大きな励みになります!




