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あべこべ世界でのランナー ~マラソン日本記録保持者が女性過多で貞操観念も逆転した世界線に転移し無双する~  作者: アサノ霞
第6章 レース編 2

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第43話 ウェヌス・プラチナ・グランプリ 2018(前編)

5月13日㈰


 いつも通り僕は朝5時に目を覚ました。レース当日だというのに、不思議と胸は静かで余計な緊張はない。


 朝食の準備をしようとキッチンへ向かうと、すでに愛理が立っていた。前回の大会の時と同じように栄養バランスを考えた朝食が、手際よく並べられていく。


 僕は声を落として声をかける。


「おはよう」


「あっ……おはよう」


一瞬驚いたように振り向いた愛理は、すぐに柔らかく笑った。後ろからそっと抱きしめ彼女のお腹に手を添える。


「今日も頑張るね」


「うん……行ってらっしゃい、じゃなくて……一緒に行くんだったね」


そう言って、少し照れたように笑う。


 僕が出場する5000m走のスタートは13時過ぎである。自宅を10時頃に出れば十分に間に合うため、朝が苦手な奈月と朱里は、まだ夢の中だ。

 結果的に、朝食は愛理と二人きりになった。


『ウェヌスプラチナグランプリ2018』は、11日㈮から本日までの三日間開催。短距離・中距離の予選は金曜日に行われ、今日は決勝日となっている。


 長距離――5000mと10000mには予選はなく、参加標準記録を突破したランキング上位40名に出場資格がある。今回はそれに招待枠2名を加えた計42名が出場する。

 

 21名ずつ二組に分かれ、純粋なタイムで順位が決まる方式だ。


 僕は第2組で、スタートは13時25分前後の予定となっている。


 大会主催者からは、レース開始2時間前の11時以降に競技場入りしてほしい、との連絡が入っていた。

 理由は明確だった。


 初の男性選手出場により、観客の動線とメディアの集中と警備員の配置など、どれも前例がないからこそ慎重にならざるを得ないのだという。


 朝食を終え、軽く身体をほぐしていると、奈月と朱里も起きてきた。二人と挨拶を交わし、ハグをすると、眠たそうな奈月が軽口を叩く。


「いよいよだね、天馬……ん? 私、顔変かな?」


隣の朱里がくすっと笑う。


「大丈夫、いつも通りだよ」


僕がそう答えると、二人は顔を見合わせ、満足そうに頷いた。


〜〜〜〜〜


 10時少し前に、北川さんと藤野真由美さんが、僕と愛理の護衛を伴って迎えに来てくれた。


「おはようございます。本日もよろしくお願いいたします」


代表して北川さんが挨拶する。


 全員、前回と同じくジャージ姿で、首からスタッフカードを下げている。護衛も同様だ。


 僕の護衛は今日は4人体制で、その中には松田さんの姿もあった。僕が北川さんを通じて、「できる限りそばにいてほしい」とお願いした結果だ。

松田さんがいるだけで、不思議と心が落ち着き、レースに集中できる。


 僕たちは二手に分かれてワゴン車に乗り込み、妻たちと隣に住む美月をピックアップして自宅を出発した。


 なお、妻たちの護衛は本来4月末で終了予定だったが、千代乃のポケットマネーにより、5月いっぱいまで延長され、2名ずつ付けられている。

 移動はまるで大名行列のようだが、今日の観客数を考えれば致し方ない。


 千代乃は里美さんと共に競技場で合流する予定で、クリスは部員たちとマネージャーを伴い、こちらも直接競技場へ向かうことになっている。


 零士さんとヨッシーは他の妻宅を回っているため、今日はテレビで応援とのことだ。

 月子さんと葉月さんは、直接競技場に来る予定となっている。


 リリカと優君は春季リーグ戦の試合のため来られない。


 車内は不思議な静けさに包まれている。誰もが緊張していないわけではないのであろうが、それぞれが自分なりの想いを胸に秘めている――そんな空気だった。


 僕自身は緊張よりも、メジャーな大会にとてもワクワクしていた。


 高速を抜け、都心へ近づくにつれて、徐々に人の流れが増えていく。競技場周辺では、すでに警備車両やテレビ中継用の機材が並び始めていた。


「……すごい人ね」


愛理が窓の外を見ながら呟く。


「うん。今日が特別な日だってことだね」


僕は愛里の呟きに応える。


やがて視界の先に巨大な円弧が姿を現す。

——日本陸上競技の象徴とも言える国立競技場が見える。


 元の世界線とは異なり、近未来的で洗練された造りだが、白く堂々とした外観には圧倒される。


 周囲には多くの観客――全員女性ばかりが詰めかけ、黄色い声援を送りながら、僕の乗る車に手を振っている。

 もっとも、車両にはスモークフィルムが貼られているため、外から僕の姿は見えていない。


 11時頃、車は関係者用ゲート――南東側のGゲートへと進み、警備員の確認を受けた後、すぐに通行が許可された。


 その瞬間、胸の奥で何かが静かに切り替わる。


(――遂に来たな!)


 僕は深く息を吸い、ゆっくりと吐いた。


 こうして『ウエヌス・プラチナ・グランプリ 2018』の一日は、静かに幕を開けたのだった。


~~~~~~


 ゲートを潜ったあと僕らは車両を降り、ここで朱里を除く妻たちと別れることになった。

 妻たちはそのまま二階のVIP席へ向かう。


 別れ際、ひとりひとりとしっかりハグを交わす。最後に愛理が少し心配そうな眼差しを向け、そっと僕に口づけをしてくれた。


 僕は朱里と北川さん、そして護衛を伴い、トラックフィールドインフォメーションセンター(選手受付)へと向かう。

今日は朱里と北川さんにサポート役として、常に傍についてもらうことになった。

そして、同センター(受付)にて、ナンバーカード(ゼッケン)とアスリートビブスを受け取る。


 フィールドではすでに競技が進行しており、スタジアム全体が熱気の渦に包まれている。

 収容人数が6万人であり、その客席は満席で、圧倒されるほどの人の波だった。


 観客席のみが屋根で覆われており、風雨や日差しを遮る構造になっている。スタジアム内部の造りも、元の世界線とはまったく異なる造りとなっていた。


 そして目に入ったのは、「ミナーヴァ」のユニフォームとシューズを身に着けた、僕と朱里のツーショットによる巨大な宣伝ポスターだ。

 顎を上げ、挑戦的な眼差しを向けた二人の表情が観客の心を掴んでいるらしく、評判は上々のようだった。


 先日の「ミナーヴァ」の宣伝撮影では、当初は僕とモデルの女性とのツーショットになる予定だった。

 しかし、僕の腹筋のカットが際立ってしまっているので、バランスが取れないとの理由から、近くで見守っていた朱里が急きょ起用された。

 見事に割れた朱里の腹筋は僕との相性も抜群で、担当者は大いに満足していた。


 オーロラビジョンには、スーツ姿で教育啓発キャンペーンを語る僕、都市開発計画を紹介する映像、白衣姿で医薬品研究に取り組む姿などが映し出されている。

 どの映像も完成度が高く、ストーリー構成も良いため、観客の反応は上々だった。


 クリスと部員たちは一階最前列、ゴール地点付近の席にいる。挨拶に顔を出そうかとも思ったが、警備上の理由で止められた。こればかりは仕方がない、ゴール後に向かおう。


 受付を済ませると、大会役員の女性が僕専用の選手控室へ案内してくれた。そこで着替えと準備を進める。


 着替えを終えると、妻たち、月子さん、葉月さん、そして第6夫人である千代乃が、里美さんと護衛を伴って控室を訪れてくれた。

 全員、選手関係者としてVIPカードを首から下げている。


クリスが短く声をかける。


「天馬、頑張ってね」


言葉は少ないが、十分すぎるほどの励ましだ。

月子さんと千代乃、そして妻たち全員と、しっかりとハグを交わす。


 12時過ぎ、ユニフォームの上からウインドブレーカーを着込み、隣接するサブトラックへ徒歩で移動する。

 競技場とは道路を挟んだすぐ隣にあり、元の世界線では軟式グラウンドだった場所だが、この世界では立派なサブトラックになっていた。


 移動中は松田さんの指揮のもと、朱里の護衛2名を含め、僕と朱里と北川さんを囲む形で警護が敷かれる。

 さらに大会主催者側が用意してくれた4名の警備員が外側を固め、隙のない布陣となっている。


 フェンスの外からは多くの女性から黄色い声援が飛んでくる。手を振って応えたい気持ちはあるのだが、主催者側からはスタート地点に入るまで控えてほしいと要請されている。

 人波に押し寄せられれば、警護が出来なくなるためだ。


 5分ほど歩くとサブトラックに到着した。同トラック内では多くの選手らが準備運動をしている姿が見える。

全て女性選手のみであり、僕を見かけると一様に驚いた表情をし、僕の姿を目で追っている者もいる。


 そんな女性ばかりの中ではあるが、気にせず僕もゆっくりと準備運動を始める。


 今日は小雨交じりの天候で、競技者にとっては厄介なコンディションだ。ベストタイムを狙うには難しいが、僕にとってはむしろ恵みの雨だった。


 僕は雨の中で走るのがとても好きであり、特にこの程度の小雨は、僕にとって最高のコンディションと言える。


 10分程かけて動的ストレッチをしてから、8レーンにて20分かけてジョグで体を温める。

100mのWSウインドスプリントを3本実施後、今日のペースを体に覚えさせるため、200mを32秒でのスプリント走を2本実施した。

最後に13時まで長めのゆっくりジョグで仕上げ、アップを終了する。


(これで仕上がった!あとは走るのみ!)


~~~~~


 最後に朱里と北川さん、そして護衛の皆にお礼を言う。


「朱里、北川さん、ありがとう。松田さん、護衛の皆さんもありがとうございました。レース、頑張ります」


 ここにいる全員とハグを交わすと、北川さんや松田さん、護衛の皆が赤面していた。


 ウインドブレーカーを脱ぎ、ユニフォーム姿となる。前回と同じセパレートタイプのユニフォームだ。


 13時10分の選手コールを待つため、スタート地点に近いFゲート屋内へ向かう。

ここから先は朱里と北川さんは入れないため、二人はゴール地点側へ移動した。傍にいるのは護衛4名のみだ。


 周囲を見回すと、二組目の選手たちが集まっている。全員女性で、こちらをちらりと見ては赤面している。

このヘソ出しなユニフォームは、ここにいる選手たちには刺激的に見えるのだろうか。


 その中の一人が僕のもとへ近づいてきた。


「甲斐田さんですよね。私の記録、破られちゃいましたけど……すごくいい走りでした。今日はついていきます。よろしくお願いします」


「はい、よろしくお願いします」


 淡々と返すと、その選手は思わず口を開けたまま、驚いた表情を浮かべていた。


~~~~~


 選手コールの時間となり、大会役員(女性)からゼッケンと、右臀部みぎでんぶに貼り付けたアスリートビブスのチェックを受ける。


 二組目の選手全員が履いているのは、ミナーヴァ社製カーボン入りシューズ「エアロスパークα」である。

 全員がスパイクではないことに、役員は驚いた様子だった。


 点呼が終わると何人かの選手が次々と声をかけてくる。


「甲斐田さん! 握手してもいいですか?」


松田さんが間に入ろうとしたが、僕は手で制止した。レース前に少しリラックスしすぎかとも思ったが、握手を受け入れる。

気づけば列ができ、結局二組目の選手全員と握手を交わすことになった。


 そうこうしているうちに、一組目のレースが終了する。小雨の影響もあり最高タイムは15分05秒であった。決して悪くはないが突出した記録でもない。


 スタートまであと少し!


 僕はいつものルーティンに入った。

両膝をつき、両手を地面につき、土下座する姿勢となって最後に唇を地面につける。


 サポートしてくれた妻たち、護衛の皆さん、出場のために尽力してくれた月子さん、千代乃、応援してくれるすべての方々、招待してくれた大会主催者と警備員。

 そして、これから走らせてもらうフィールドへ――感謝と敬意を捧げる。


 ——ゆっくりと、ひとつ…ふたつ…みっつ――深呼吸をしてから、ゆっくりと目を開く。


 感覚は研ぎ澄まされ、完全にゾーンに入った。


 僕はスタート地点へと移動する。二組目の選手らが皆僕のこの姿に釘付けであり、刺すような視線を向けている。


 全員がスタート位置に着くと、各選手一人ずつコールがされ、選手はそれぞれ手を振るなり、何かしらのポーズをしている。


 先ほど「ついていく」と言った、元日本記録保持者が呼ばれた。彼女も僕と同じ招待枠らしい。


 そして――僕の名前が呼ばれる。


 スタジアムは、今日一番の割れんばかりの歓声に包まれた。観客は熱狂し無数の声援が降り注ぐ。


 初めて体験する規模の声援だが、ゾーンに入った僕は驚くほど落ち着いていた。

笑顔で満遍なく手を振る。


 スタジアムのボルテージは最高潮に達した!


 すべての舞台は整った! あとは、最高のパフォーマンスを見せるだけだ!

 



【お知らせ:次回の投稿日について】

 皆様、いつも応援ありがとうございます!今年のGWは仕事などの予定が詰まってしまい、どうしても執筆時間の確保が難しくなってしまいました……。

お待ちいただいているところ恐縮ですが、次回の更新は 7日(木) になる予定です。

引き続きお付き合いいただけますと嬉しいです!

「面白いな」と思っていただけたら、ブックマークや評価での応援もぜひよろしくお願いいたします。

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