第33話 新年度を迎えて
4月9日㈪
新年度を迎えた。ここ1週間は、愛理の件や千代乃さんや僕の実父の件など慌ただしい出来事が続き、大学に顔を出すのは数日ぶりとなった。
休んでいた理由は機密事項扱いのため、部員たちには「体調不良」とだけ伝えている。そのため大学に足を踏み入れると、学生や職員から心配の声をかけられた。
そんな僕に声をかけてくれる人達(全て女性)には、笑顔で応じた。
「陸上長距離・駅伝部」には、この春10名の新入部員が加わった。
僕がコーチを務めていることから、もっと入部希望者が殺到するのでは?と、密かに期待していたのだが、近年の部の低迷もあってか現実はシビアだ。それでも10名もの新たな仲間が増えたのは、素直に喜ばしい。
更に喜ばしいことに、男子が2名――しかも選手ではなくマネージャーとして入部してくれた。
彼らはスポーツの競技経験こそないが、高校三年間はアルバイトでプロサッカーチーム(勿論女性チーム、男性のプロチームは存在しない)のマネージャーを務めた経験があり、マネージャーとして十分任せられるレベルである。
クリスの話によれば「天馬さんに憧れて」と入部を決めたそうで、「サポートに回りたい」との意志を持っているらしい。
サポートをしてくれるのは、有難いことであり、とても心強い。
因みに男子部員2名には、既に三人の妻がいるらしいが、詳細は敢えて聞かないようにしている。
新入女子部員のプロフィールを見ると、全員が陸上長距離経験者で、9名は県大会出場レベル、1名はインターハイ出場経験があり入賞もしている。今後の伸びしろは十分期待できる。
尚、こちらの世界線でも、高校の陸上競技に於いての最長距離は5000mである。
これで「長距離・駅伝部」は、選手30名と男子マネージャー2名という構成になった。
内訳は、2年生20名、1年生10名、男子マネージャー(1年生)2名で、3・4年生はいない。
部員数は他大学に比べるととても少ないが、僕が提供した潤沢な資金があるので、恵まれたトレーニング環境が整いつつある。
その日の16時30分、体育館に全員を集め、監督であるクリスとともに新年度の挨拶を行った。
まずはクリスが前に立ち、朗らかな笑みを浮かべて言った。
「みなさん、集まってくれてありがとう。監督の“甲斐田 クリス”です。今年は新たに10名の新入部員と、男子マネージャーが2名も加入してくれました。天馬コーチとともに、これから一緒に成長していきましょう。よろしくお願いします」
部員たちから拍手が起こる。続いて僕も前に出て挨拶した。
「改めまして、コーチの“甲斐田 天馬”です。監督と力を合わせて、皆さんがそれぞれの目標に近づけるよう全力でサポート致します。無理せず、でも着実に、楽しく成長していきましょう」
僕はそう言い終わるってからウインクをした。
新入部員と男子マネージャーは目を丸くしていたが、上級生たちは落ち着いた様子で拍手を送った。
その後は別室に移動し、僕とクリスで手分けして面談とメディカルチェックを行った。
クリスは新入部員10名を、僕は既存部員である2年生20名を担当した。部員全員には、事前に奈月を通じて東相大学病院で健康診断を受けてもらっていたので、その結果を確認しながら一人ひとりと向き合って面談した。
健康面に於ては全員特に問題なしであり、シンスプリントを患っていた6名は既に完治し、痛みもないとのことで安心した。
僕は部員らに練習に対する不満やプライベートな事でも何か悩み事はないかも尋ねた。
練習の事や、家庭環境や、学生生活など、多岐にわたって個々に向き合った。
僕としては部員(選手)全員に入寮して貰いたいので、そのことについても個々に話した。
部員らは寮費の事を心配していたのであったのだが、食費・光熱費など含めて全てにおいて、部費から捻出するので、その心配はない事を話したら、みんな入寮してくれることを了承してくれた。
また、遠征費についても、部費から捻出するので、部員らはお金の心配はせずに競技に打ち込めるのである。
勿論学生であるので、しっかりと学業にも専念して貰う。
プライベートに関しては、父親はいるが殆ど会ったことがない者、人工授精により産まれたため、シングルマザーである者など様々である。
それだけでなく、大学に入学するまで、男性と殆ど関わったことがないものが多かった。
僕の常識からは、とても信じられないのだが、こちらの世界では、それが普通なのであろう。
そして部員全員が共通していたのは「箱根駅伝に出場したい」という強い意志だった。
特に新キャプテンの「鳴野 蘭」(二年生)は、目標に対して熱い気持ちを持っていた。
「私は……箱根駅伝に出たいんです!……優勝は無理でも、せめてシード権は獲得したいんです!(——そこで結果を出してコーチに認めてもらうのです――)」
真っすぐに僕を見つめてそう言い切った彼女の顔は、暫くの間、紅潮して固まったままだった。最後は何か小言を言っていたが、いまいち聞き取れなかった。
その思いを受け止め、彼女らの願いを叶えてあげたいと、僕は強く決意を新たにした。
男子マネージャー2人とも面談を行った。
氏名は、「鷹司 陽」君と「一条 晶」君である。身長は150cmほどで華奢な体つき、美少女と見紛うほど可愛く可憐な顔立ちだ。あまりの可愛さに、つい赤面してしまったほどだ。
とても上品で礼儀正しい挨拶からも、育ちの良さが伝わる。実際、クリスによれば二人とも京都の名家(華族)の一人息子らしい。
そんな名家のご子息を僕らが預かっていいものかと心配になるが、クリス曰く、理事長を通じて母親らから「息子をよろしくお願い致します!」と、強く託されたという。
親元を離れて暮らしたい!と、彼らは強く願っていた様で、箱入り息子であった彼らを、母親らは初めて一人暮らしを認めたのだそうである。
勿論、彼らの住まいはセキュリティが厳重なマンションであり、護衛もそれぞれ付いている。
そんな彼らは僕のことをいつも応援してくれていた様で、目を輝かせて僕を見つめ、憧れを隠そうともしなかった。その純粋さに少し気恥ずかしさを覚えた。
因みに2人とも義弟の「福原 優」君とは中学の頃からの大親友であり、優君の影響を大いに受けたそうである。
思春期に入った小学5年生頃から、母親や姉妹や他の女性を毛嫌いし遠ざけるようになり、引きこもっていた時期があったそうだ。
中学に入学すると優君と知り合い、接しているうちに「あれっ?女性ってそんなに悪くないじゃん。何で今迄避けてたのだろう?」という気持ちが芽生え、女性に対する忌避感が薄れ、今迄遠目で見守ってくれていた母親と姉妹と和解すると同時に感謝もし、他の女性らとも積極的に向き合える様になったのだそうだ。
そんな二人の母親は、とても優君に感謝しているらしい。
改めて、そんな義弟を何だかとても誇らしく思うし、影響を与えた父親であるヨッシーはとても偉大である。
面談とチェックを終えた後、この日は軽くウインブレを着た状態で10kmジョグと体幹トレーニングと仕上げのストレッチで締めた。
新入部員は初めての動作に戸惑っていたが、僕が一つ一つ丁寧に説明すると新入部員は納得し、徐々に形になっていった。まだこのトレーニング法は浸透していないようなので仕方ないか。
最後に、今週末に5000mのタイムトライアルを行うことを伝え、練習を終えた。
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夜はクリス宅に宿泊し、お互いが面談した選手の情報を持ち寄って打ち合わせを行った。
入寮に関しては、新入部員の三上ルイ(1年生)を除く全員が入寮してくれることを了承してくれたのである。あとは保護者(母親かな)の了承を得られれば、即入寮は可能である。その手続きは全てクリスに任せることにした。
クリスは新入部員のプロフィールを整理しており、手際よく説明してくれる。
「新入生は1名を除いて、みんな5000mで県大会出場レベル。入賞経験はないけど“三上ルイ”だけは昨年のインターハイで6位に入賞してるわ。タイムも15分50秒台で伸びしろが期待できそうよ」
書類を確認すると昨年の記録(5000m走)が載っていた。未だレースでのフォームを見てないので断定はできないが、記録を見る限り三上は中々の逸材だ。
他の新入部員らも、16分台で十分伸びしろが期待できそうだ。
三上のプロフィールを見ると身長が155cmと小柄である。父親が日本人で母親が東欧のハーフとのこと。見た目は白人系ではあるが、黒髪ショートで瞳も黒い。とても濃い面顔ではあるが美人である。
更に驚いたことに、彼女は既婚者であり同性婚者である。
こちらの世界では女性同士の婚姻は認められていて、およそ1割ほどが該当するらしい。
北川さんに依ると、こちらの世界線の男性の大半は無気力者で、性に対しても消極的だ。中には横柄で高圧的な者もいると聞く。
こちらの女性は、少ない男性に選んでもらうために、日々血の滲む様な努力と自己研鑽を積み重ねる。
そして、男性と出会ったはいいが、そんな男性らに大いに失望し、シングルマザーとなったり同性婚を選ぶ者もいるとのことだそうだ。
他には、ただ単に同性愛者であるものなど、同性婚を選ぶ理由は様々である。
同性婚者には政府が精子を提供し、人工授精で子を持つことも可能だという。独身者へは国が主導して集団お見合いを設定したり、人工授精を推進したりしている。
精子提供に関しては……色々と細かいルールが定められているとのことだそうである。
もっとも、同性婚だからといって『男性嫌悪』というわけではないようだ。三上ルイも、僕や男子マネージャーに対して特に忌避感はないとのことだった。
僕も既存の部員らの現状を整理したファイルをクリスに渡し、既存部員の現状を説明し情報を共有した。
特に部員全員が「箱根駅伝」の出場に強い意志がある事と、来年のシード権獲得を強く熱望していた旨を話した。
クリスは驚くが、僕がコーチに就任してからの選手らの練習に対する取り組みには、これまでと違い、妥協は一切しないという只ならぬ気迫を感じているそうだ。
こうして僕とクリスの打ち合わせは夜遅くまで続いた。とても才能ある新入部員が加入したことに依って、既存の部員らには良い刺激となり、選手全員の更なる成長が期待出来そうである。
このまま僕のトレーニングプランを進めていけば、もしかすると、「箱根駅伝」への予選は通過できるのではないか?
僕とクリスは、お互いに胸の高鳴りを抑えずにはいられなかった。
だが、そんな生易しいものではないことは十分承知しているが、僕の知識と経験をフル活用して選手らを育てていこうと思うのであった。
【お知らせとお詫び】
いつもご愛読いただき、誠にありがとうございます。
誠に勝手ながら、土日は所用のため更新をお休みさせていただきます。
楽しみにしてくださっている皆様には、ご不便をおかけし申し訳ございません。
次回の投稿は月曜日を予定しております。
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