第30話 やおびくに……後編(検査結果)
千代乃さんと話し終えた頃、そろそろ愛理と朱里の検査結果が出る時間となった。
千代乃さんと藤野さんも同行し、別の建物へと移動する。
移動中、僕は愛理のことが心配で居ても立ってもいられなかった。
そんな僕の気持ちを察してか、千代乃さんは「心配いらないわ、大丈夫よ」と笑顔で励ましてくれた。
研究棟らしき建物に到着すると、丁度お昼の時間だったため、食堂へと入る。愛理と朱里は既に食堂内で僕らを待っていた。
僕らに気づいた二人は満面の笑みを浮かべ手を振る。いつも通りの笑顔だったので、心配は杞憂だったようだ。
二人は、僕の後ろに控えていた千代乃さんを見つけると、表情を一変させて驚いた。
千代乃さんが僕の前に出て、二人に挨拶をする。
「初めまして、沖千代乃と申します。愛理さんには、いつも娘と孫が大変お世話になっております。朱里さん、今後ともよろしくお願いしますね」
そう言うと、千代乃さんはお茶目に二人にウインクした。
221歳とは思えぬ若々しい容姿。20代にしか見えない千代乃さんが「娘に孫」と言うその言葉には、何とも言えない違和感がある。
しかも、後ろに控える里美さんは70を過ぎており、その娘であるという現実も――なおさら奇妙だった。
愛理は慌てて立ち上がり、目を輝かせながら挨拶を返した。
「はっ…初めまして! 甲斐田愛理と申します! こちらこそ……会長と社長にはいつもお世話になっております。――創業者にお会いできるなんて光栄です!」
続いて、母の慌てぶりに怪訝な表情をした朱里も、軽く挨拶を交わす。
「初めまして~天馬の第二夫人の~朱里と申します~よろしくお願い致しま~す」
抑揚をつけた軽妙な挨拶の後、朱里は千代乃さんにウインクした。
その明るい表情に、千代乃さんも思わず吹き出してしまう。
全員で食事をしながら、藤野里美さんが愛理と朱里に、先ほどの僕と千代乃さんの話を詳しく説明してくれた。
二人とも驚いていたが、僕の生い立ちや両親のことを知ることができた喜びの方が大きかったようで、千代乃さんにも親しみを感じている様子だった。
食事を終えた頃、研究所の職員(もちろん全員女性)4名が現れ、僕たちに書類を配り検査結果を告げた。
「失礼致します。こちらが検査結果となります――愛理様は“やおびくに”です。朱里様には、その遺伝子は確認されませんでした。以上になります。詳しい内容は、そちらの書類をご覧ください。読み終えた後、書類は回収させていただきます」
職員たちはとても嬉しそうな表情を浮かべていたが、口調は淡々としていた。
愛理を見ると、涙を流しながら書類に目を通していた。
僕はそっと愛理に近づき、やさしく抱きしめる。愛理は僕の胸に顔を埋め、堰を切ったように人目もはばからず大声で泣いた。
やがて少し落ち着くと僕の胸元から離れ、お腹をさすりながらぽつりとつぶやく。
「わ……わたしは……天馬さんよりも長生きしてしまうのね……この子も……わたしより……先に逝ってしまう。私は、それを見届けなければならないの?」
僕は何とも言えない表情を浮かべ、どう答えればよいのか分からずにいた。
すると、千代乃さんが愛理に近づき、背中をさすりながら諭すように語りかけた。
「愛理さん、お気持ちは痛いほどよく分かるわ。でも……私たちは寿命が尽きるまで死ぬことはできない。それは“運命”なの。仕方ないのよ。だけどね……愛する人が生きている間、精いっぱい愛し尽くせばいいの。そして、その子も、その子の子どもも……。天馬さんがつないだ命を、ずっと愛し続ければいいじゃない」
千代乃さんの表情は、とても清々しい笑顔だった。
愛理はその言葉に背中を押されたようで、涙を流しながらも、何か吹っ切れたような笑顔を見せた。
「うん……うん……」
何度も頷きながら、愛理は千代乃さんに抱きつく。
千代乃さんも、しっかりとその身体を抱き止めた。
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やり取りの後、研究員たちは書類を回収して退出した。
それから里美さんが愛理の今後の立場と生活について説明を始めた。
「愛理さんが“やおびくに”であると判明したことにより、本日をもって“やおびくにプロジェクト”が発令されます。日本国は“甲斐田愛理”様を保護対象といたします。どうか、我が国の受け入れをご承諾いただきたく、よろしくお願いいたします」
そう言って里美さんは深々と頭を下げた。
愛理は驚いたように目を丸くし、僕の方へ視線を向ける。僕は静かに頷き、受け入れるよう促した。
「は……い。よろしくお願いいたします」
愛理は里美さんに向き直り深く頭を下げた。里美さんも穏やかに頷き続けた。
「それでは、後日あらためて必要書類をお持ちいたします。先日もお伝えしましたが、研究のために監禁したりするようなことは一切ございませんので、ご安心ください」
ひと呼吸置いてから、さらに説明が続く。
「今後は愛理様専属のサポート担当官が派遣されます。また、常時二名の護衛が付きます。ご自宅に立ち入ることはありませんが、天馬さんと同様に外出時には常に護衛が同行します。なお、海外へ行かれる際には事前の申請が必要となり、行き先によっては一定の制限がかかる場合もございます。これは拉致や監禁を防止するための措置ですので、何卒ご了承ください」
ここまでの説明はすべて口頭によるものだった。特別機密に関わるため、文書として残らないのだろうと僕は推察した。
すると、愛理が里美さんに質問をする。
「このまま仕事は続けても……いいのでしょうか?」
里美さんはゆっくりと頷き、やさしく答えた。
「現時点では、お仕事は続けていただいて構いません。ただし、今後はメディアへの露出は控えていただき、50歳を迎えられましたら他部署への異動をお願い致します。そして……誠に申し訳ありませんが、60歳での退職をお願い申し上げます。20代の若さを保ったままでは、世間の注目を集めてしまいかねません。どうかご理解とご協力をお願いいたします。その代わり、今月より国から特別なお手当てが支給されます」
そう言って里美さんは再び深々と頭を下げた。
ちなみに、この世界での定年退職年齢は75〜80歳である。
すると、千代乃さんが話に割って入った。
「月子と葉月には私から伝えておくわ。愛理さんに損はさせないから安心してね」
愛理は静かに頷き答えた。
「はい、分かりました。すべてお任せします」
その姿を見て、里美さんも笑顔で頷き、さらに続けた。
「ありがとうございます。それでは……こちらが、毎月支給されるお手当の金額になります」
そう言って、メモ用紙を差し出す。そこに記された金額は、僕の手当の実に1000倍以上――まさに“億”の単位であった。
僕の手当はすでにスポンサー収入が潤沢なことから、今月より保護費の支給が廃止されている。これは自立を認められた証でもあり、僕としては嬉しい限りだ。
続いて、戸籍に関する説明があった。
「戸籍に関してですが……80歳から100歳ごろを目処に新たに更新させていただくことになります。その時期は、担当官と相談のうえで決定します。戸籍を更新する際には、生年月日と氏名も変更されますので、ご了承ください」
愛理は頷き、それを確認した里美さんは、さらに居住に関する説明へと進んだ。
「お住まいについてですが、現在のお住まいにはセキュリティ上の問題がありますので、引き払っていただく必要がございます。新しい住まいとしては……天馬さんのご自宅にご一緒に住んでいただきたいと考えています。本来、夫との同居は第二夫人までと定められてますが、今回は特例として認めます」
愛理は嬉しさのあまり、口元を押さえて驚きの表情を浮かべ、僕の方を見つめる。
朱里も同じ仕草をし、まるで親子で息が合ったようにシンクロした様子に、場の空気が和み、皆が思わず笑みをこぼした。
その後は、引っ越しの日程や研究所への協力日の打ち合わせを行い、研究施設を後にした。
出発の際、千代乃さんと里美さんが満面の笑顔で僕たちを見送ってくれた。
愛理が長寿種“やおびくに”であるという事実に驚きは隠せない。
だが、僕は自分の寿命が尽きるその時まで、愛理を精いっぱい愛し続けることを、心の中で誓った。
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4月6日(金)
―― 翌日 ――
北川さんが、奈月、美月、クリスたちに僕の生い立ちや、亡き父と千代乃さんとの関係――さらに千代乃さんと愛理が“やおびくに”であるという詳細を説明してくれた。
これで、妻たちの間での情報共有がなされた。
奈月と美月は、自分たちの曽祖母にあたる千代乃さんが“やおびくに”であるという事実に非常に驚いたそうだが、会える日を心待ちにしているという。
また、奈月、美月、クリスたちが共通して驚いたのは、僕の父もまたこちらの世界に転移していた“稀人”であり、千代乃さんが“最も愛した人”であったという事実だった。
さらに、藤野里美さんからは月子さんと葉月さんにも詳細が伝えられた。
特に月子さんは深い衝撃を受け、しばらく涙を流していたという。
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愛理宅にて――愛理は引っ越し準備のために荷造りをしていた。
彼女は現在妊娠中のため、僕と朱里、奈月の三人が勤務先を休み、準備の手伝いに来ていた。とはいえ、奈月も妊娠中なので、できる作業は限られていた。
なお、愛理は家具や家電類をすべて処分するため、荷物は比較的少なめである。
北川さんが手配してくれた大型貨物トラックに荷物を積み込み、僕の自宅の空いている部屋へと運び入れた。部屋数には余裕があるので、特に問題はなかった。
昼頃には荷物の運び込みと整理整頓を終え、愛理と一緒に「引っ越しそば」を作り、護衛たち、奈月、朱里、北川さんも交えて皆で昼食をとった。
それにしても……愛理のエプロン姿の破壊力は相変わらず凄まじい。
あまりの可愛さに思わず抱きしめてしまった。
抱きしめられた愛理は頬をほんのり紅く染め、幸せそうな笑顔で僕を見つめてくる。その笑顔がまた可愛くて、ついついもう一度抱きしめてしまった僕であった。
本当に、愛理はどれだけ僕を“萌え〇に”させるのか!
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食事を終え、皆でリビングでくつろいでいると、インターホンが鳴った。
どうやら、愛理の担当官と護衛が到着したようだ。僕が応対し、彼女たちを招き入れる。
玄関に現れた女性は、グリーンのスカートスーツに身を包んだ、40代ほどに見える若々しく美しい女性だった。どこか僕の顔立ちに似ているような気もする。
リビングに通すと、彼女は僕を見て一瞬驚いたような表情を浮かべた後、深々と頭を下げ、皆に向けて自己紹介を始めた。
「初めまして! “日本国医療開発研究局”より、この度、愛理様のサポート役に任命されました“藤野真由美”と申します。どうぞよろしくお願いいたします。……あっ!天馬さん!お兄様とお呼びした方がいいかしら? 私は藤野篤の六女です……本当にお父様にそっくり!」
そう言ってウインクしながら僕に笑顔を見せた。
“お兄様”と呼ばれて面食らったが、確かに年齢的には彼女の方が上でも、元いた世界線では僕の方が先に生まれているため、立場上は妹ということになる。
新たな肉親との出会いに、どこか心強さを覚えた。
僕は戸惑いながらも挨拶を返す。
「あっ、はい! よろしくお願いいたします」
その後、真由美さんは自分の経歴を簡潔に紹介した。
彼女は現在60歳(見た目は20歳以上も若く見える)で、藤野篤と千代乃さんの間に生まれた六女。(月子さんは養女であるが戸籍上は長女となる。真由美さんは5番目の末っ子)
最近までは『国防省陸軍第七師団』の師団長を務める陸軍大将であり、現在は『やおびくにプログラム』の発令により、『日本国医療開発研究局』に出向しているという。
この世界における日本国国防軍の最高位は「元帥」で、大将の人数は全国で10名ほどしかいない。
真由美さんの経歴を聞き、北川さんをはじめ、皆が驚愕の表情を浮かべた。
というのも、第七師団はこの世界において実戦経験が豊富で、多くの戦果を挙げたうえに、無敗を誇る“世界最強”の陸軍師団として名高く、『獅子師団』の異名で恐れられているのだという。
そんな伝説的な人物(しかも妹!)が愛理の担当官として派遣されたことで、日本国政府がどれほど本気で愛理の保護を進めているかが窺え、僕としては非常に心強く感じた。
北川さんの説明によると、こちらの世界では各省庁の情報はまず“情報省”に一元的に集約され、そこで分析・精査されたうえで、関係省庁に分配・共有される仕組みになっているという。
この構造により、情報の齟齬や漏洩は起こらないように設計されており、特に情報省と国防省は極めて密接な関係にあるため、情報網は世界最強と評されているらしい。
真由美さんはプロフィールの紹介を終えると、愛理の今後の生活について説明を始めた。
「それでは、愛理様の今後の生活についてご説明いたします――」
その説明は、昨日、里美さんが伝えた内容とほぼ同じであった。
愛理の護衛は僕と同様に、外出時には常時2名が24時間体制で同行し、全20名(全員女性)が交代制で担当する。
写真付きの護衛プロフィールファイルも、愛理に手渡された。
また真由美さんの話によれば、形式上は「沖ホールディングスが新たにミサイルや弾薬の製造を増産する上でのオブザーバーとして、愛理の秘書として真由美さんを雇用した」という設定にしているとのこと。
護衛に関しては、軍需産業はとても利益率が高いことから、それを担う企業は常に何らかのトラブルに巻き込まれるているので、会社側が護衛を愛理に付けたということで示し合わせることにした。
この世界では女性が国から保護対象になることは極めて稀であり、不自然さを避けるための措置だという。
護衛の詰め所については、僕の護衛たちも含め、自宅マンションの1階にある管理人室の隣室を、政府が買い取り整備したとのことだった。
さらに、今後僕が新たな妻を迎えることになった場合、愛理が“やおびくに”であることは秘匿事項とされる。
この件については、現在の妻たちにも口外しないよう既に伝えられている。
尚、“やおびくに”であることを知っているのは、現時点で『僕、奈月、朱里、美月、クリス、月子さん、葉月さん』の七名のみである。
説明の最後に、真由美さんは、愛理のお腹の子が妊娠16週を迎える7月ごろに、DNA検査(やおびくに判定)を行う予定であることを告げ、深々と一礼して帰っていった。
1階玄関先まで彼女を見送りに行った際、真由美さんは僕に小さなお願いをしてきた。
「私は……あまり父の温もりを知らずに育ちました。お願いがあります。天馬さん……ハグしてもよろしいでしょうか?」
僕もまた、父親の温もりを知らずに育った。きっと彼女は、僕に父の面影を重ねているのだろう。僕は快く頷いた。
「いいですよ」
すると真由美さんは、そっと僕を抱きしめ、ぽろぽろと涙をこぼした。
僕はその身体をしっかりと受け止め、しばし肉親の温もりを静かに感じていた。




