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あべこべ世界でのランナー ~マラソン日本記録保持者が女性過多で貞操観念も逆転した世界線に転移し無双する~  作者: アサノ霞
第4章 面影 編

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29/45

第29話 やおびくに(前編) 痕跡

4月5日㈭

 この日、僕は朱里、愛理、そして北川さんと護衛2名と共に、政府直轄の研究施設へ向かった。北川さんが用意してくれたワゴンタイプの護衛車に乗り込み、車は静かに出発した。


 道中は約2時間弱。到着した研究施設は、山と川に囲まれた自然豊かな場所にあり、周囲には建物らしきものは一切見えなかった。


 施設に入る前、全員のスマホは北川さんに預けられた。それだけで、この場所がいかに特別な空間であるかを改めて思い知らされる。


 広大な敷地を進んでいくと、やがて一つの建物の前で車が停車した。黒のスカートスーツを纏った藤野さんが建物の外で待っていて、車から降りた僕たちを出迎えてくれる。


「ようこそいらっしゃいました。お忙しい中、ありがとうございます。早速で申し訳ないのですが、愛理さんと朱里さんの検査をさせて下さい。天馬さんは……こちらで採血をして頂いた後に、千代乃に会って下さる様……よろしくお願いいたします」


 とても上品な所作で挨拶をした藤野さんが愛理と朱里の検査を実施すべく、施設内の職員(研究員かな?)に引き継ぎ、ここで僕と別れる。

不安げな二人に、僕はそっとハグをして気持ちを落ち着かせる。


 その後、僕と北川さんは藤野さんの案内で、施設内の居住棟らしき建物へ移動した。僕の採血は到着直後に行われ、スタッフがそのまま検体を回収していった。今ごろ検査が始まっていることだろう。


 やがて、ある部屋の前に到着し、藤野さんが呼び鈴を押す。


「千代乃さん、甲斐田天馬さんをお連れしました」


「は~い、どうぞ」


透き通るような美しい声が返ってきたかと思うと、部屋のドアが自動で開いた。


 中に入ると、まるで高級ホテルのスイートルームのような広々とした空間が広がっていた。その応接スペースには、グリーンのワンピースを着た女性がソファに座っていた。肩までの長さの銀髪プラチナブロンド、碧眼と赤い瞳――オッドアイの彼女は、見た目こそ20代半ばほどだが、思わず息を呑むほどの美しさを持っていた。


 あまりの美しさに、つい見惚れてしまう。


 千代乃さんは僕の姿を認めるなり、目を見開いて驚いた表情を浮かべ、立ち上がると駆け寄ってきて、いきなり抱きしめてきた。


「うあ~~~!!」


 声をあげて泣きじゃくる千代乃さん。その身体を、僕はしっかりと受け止め、そっと抱き返した。身長は160センチほどだろうか。顔を僕の胸元に埋めて、しばらくそのまま嗚咽を続けた。


 やがて落ち着いたのか、彼女は僕から身を離し、申し訳なさそうに上目遣いで謝った。


「ごっ、ごめんなさい……!」


「いえ、大丈夫ですよ」


 僕は彼女の瞳をまっすぐに見つめ、やわらかい笑みを添えてそう返した。千代乃さんはその言葉に、頬を赤く染めたまま、驚いたように固まってしまう。


少し間を置いてから、僕は笑顔を浮かべながら自己紹介をした。


「初めまして。甲斐田天馬です。よろしくお願いします」


「は、初めまして……沖千代乃です。さっきは取り乱してしまって、ごめんなさい……」


目線を逸らし、恥ずかしそうにする千代乃さん。その様子に、なんとも言えない親しみを感じる。


 ――その時だった。


 ふと視線をやった先、彼女の首から下げられた写真が目に入る。その中に写る男性が、あまりにも自分に似ていた。


しかも、その顔には見覚えがあった。


「千代乃さん……その写真の人は……?」


動揺を隠せず、言葉が詰まりかける僕に、千代乃さんは優しい微笑みで答えた。


「あっ……私が、最も愛した人よ」


その瞬間、僕は確信する。そして、唇から思わずこぼれた。


「ま、まさか……その人って……藤野篤ふじのあつし、ですか?」


その言葉に、千代乃さんはもちろん、藤野さんや北川さんまでもが目を見開いて息を呑んだ。驚きの色を隠せない千代乃さんが震える声で答える。


「えっ!? は、はい……! なぜ? どうして篤さんのことを……?」


僕はまっすぐに彼女を見つめ、はっきりと告げた。


「藤野篤は……僕の父です!」


部屋にいる全員が、衝撃のあまり言葉を失った。


◆◆◆◆


 沈黙を破ったのは、藤野さんのスマホの着信音だった。彼女はすぐに通話に出る。


「はい……うん、うん……そう! 鑑定結果をこちらに持ってきて」


通話を終えた藤野さんは、涙を浮かべながら僕と千代乃さんに言った。


「DNA鑑定の結果……藤野篤さんと天馬さんは、父子関係であることが判明しました――お母さん、天馬さんは……お父さんの子よ!」


「「「!!」」」


その場の空気が一気に張り詰める。事前に故人であると聞かされてはいたが、その“故人”がまさか、実の父だったとは――父がこちらに転移してた? 藤野さんが「お父さんの子よ!」って? 僕は混乱する。


 しばらく、誰も言葉を発せずにいたが、ようやく落ち着きを取り戻し、藤野さんは改めて説明した。故人男性は「藤野篤」であり、届けられたDNA鑑定書類によって、僕が彼の息子であることが正式に証明されたのだ。


 北川さんはすぐさま僕と藤野篤が父子である事実を関係各所に連絡し、その鑑定結果をスマホで撮影した後に、男性保護庁および情報省の関係各所へ送信した。もちろん、事前に僕にも丁寧に説明してくれた上での対応だった。


 北川さん曰く、僕と藤野篤が父子である事実に関係各所は大騒ぎだそうだ。

そんな北川さんも驚きと興奮を隠せないでいる。


〜〜〜〜


 実の父が、僕と同じようにこちらの世界へ転移していた――その事実に驚かされた。


 すでに“故人”であると知らされていたので、亡くなっていたこと自体には動揺はなかった。けれど、この世界で彼がどんな人生を歩んだのか、強い興味が湧いてくる。


 気持ちを落ち着けた僕は、改めて自分の生い立ちや、実父・藤野篤について知っていることを話し始めた。


 こちらに来てから、聞き取り調査時に、北川さんにはある程度話していたものの、詳しい事は伝えていなかった。


 僕の母の名前は、「甲斐田希望かいだのぞみ」、元マラソン選手で日本代表にも選ばれた経験がある。27歳で僕を出産しシングルマザーとなる。

それと同時に競技を引退。以後は大学の監督として、指導者の道を歩んだ。僕のトレーニングも、母が直接見てくれていた。


 しかし、僕が高校三年のとき、病に倒れ他界した。


 父・藤野篤ふじのあつしについては、母から聞かされていたことを話した。

母と父は同じ高校の先輩後輩(父が一つ上)であり、交際は高校時代から始まったという。


 父は、陸上長距離の選手として全国大会を総なめにするほどの逸材だったが、高校三年のときに怪我で引退。


 高校卒業後は陸上自衛隊に入隊し、一般曹候補生として2年間の教育期間を経て特科隊(砲兵)に配属。その4年後には部内幹部候補生試験に合格し、24歳で幹部(3尉)に昇進した。


 それから三年後、27歳のときに母が妊娠し、ふたりは婚約。しかし、入籍を控えたその翌日、北方転地訓練への出発が前倒しとなり、入籍は一旦先延ばしにされた。


 ところが――訓練地である北海道へ兵器(火砲)とともに輸送船で移動中、原因不明の爆発が発生。船は沈没し父だけが行方不明となった。


 迅速な退避により殉職者は出なかったが、父の姿だけが最後まで確認されなかった。


 船体は後に引き上げられたものの、遺体はついに発見されず、結果として殉職扱いとなったのだった。


 母は父が亡くなってからも、婚姻することはなく、女手1つで僕を育てあげた。


〜〜〜〜


 僕の話を聞き終えた千代乃さんと藤野さんは、静かに涙を流していた。北川さんは言葉もなく、ただ悲しそうな表情で僕を見つめていた。


 やがて、涙を拭った千代乃さんが、ぽつりと語り出す。


「篤さんが生前に話してたことと、ほとんど一致してるわ! あの人……愛した女性のお腹の子を、本当に気にしてたの……」


そう言うと千代乃さんは、僕のそばに歩み寄った。


「あなたが……篤さんの子なのね。もっと顔を見せてちょうだい」


両手で僕の頬をそっと包み、涙を浮かべたまましばらく見つめていた。そして落ち着きを取り戻すと、千代乃さんは父・藤野篤ふじのあつしがこの世界に転移してからの出来事を語ってくれた。


 ――1942年、独ソとの大戦の最中(こちらの世界での第二次大戦)。ある任務のため、日本国陸軍の一個戦闘団を乗せた輸送船団が戦地へと向かっていた。


 その途中、日本近海の海上で、意識のない藤野篤ふじのあつしが漂流しているのを偶然発見したのが、千代乃さんたちだった。


 本来なら日本へ引き返すべきところだったが、任務遂行中だったため、そのまま戦地に同行させることになった。それが、千代乃さんと篤の最初の出会いだったという。


 彼が着ていたのは、見たこともない高機能な迷彩の戦闘服で、救命胴衣もこの世界には存在しない型だった。それだけでも異様だったが、加えて彼は男性でありながら背が高く、筋肉質で、しかも目覚めると周囲の女性兵士たちを忌避せず積極的に話しかけてきた。これが当時の常識では異例だった。


 目覚めた篤からの聞き取り聴取で、千代乃さんだけは、長年の人生経験から彼が「稀人まれびと」=別の世界線からの来訪者であると確信していた。


 当時の千代乃さんは戸籍上1918年生まれと更新し、年齢24歳としていた。階級は陸軍中尉で砲兵連隊の中隊長の一人にすぎない身分だった。


 ただし、実際の彼女の正体を知る者は日本国内でもごく少数で、この戦闘団では団長(特任司令)である少将(勿論女性)のみが事情を把握していた。


 千代乃さんはすぐさま暗号無線を使って関係各所に連絡をとり、団長にも指示を出したという。

そうした対応からも、彼女がこの国において極めて強い影響力を持っていたことがうかがえる。


 作戦中だったためすぐには帰国できなかったが、やがて篤は臨時で陸軍士官(少尉)として採用され、ともに戦地で行動を共にすることになった。


 彼を軍人として迎えたのは、敗戦時の安全確保のためだった。軍人ならば「ジュネーブ条約」の保護を受けることができるからだ。


 1年後の1943年、作戦を終えたふたりは共に帰国し、正式に交際を始め、やがて婚姻(千代乃さんが第一夫人)。その後、二人の間には5人の女の子が生まれた。そのうちの一人が――まさかの事実だが――千代乃さんの担当官である藤野里美ふじのさとみさんだった。

他の4人も軍人となり、現在もそれぞれの立場で活躍しているという。


 千代乃さんの担当官である藤野さんが父の娘! という事実に驚きを隠せなかった。実父が転移したとき、僕はすでに母の胎内にいた。だから……年齢は僕の方が下になるが、藤野さんは僕の妹ということになるのか?

奇妙な感覚だが、血の繋がりを感じられる存在がいることは、どこか心強くもあった。


 思い返せば、藤野さんに初めて会ったとき、彼女から感じた優しさや包容力は、もしかするとお互いに血縁であることを無意識に感じ取っていたからなのかもしれない。


 そして――父がこの世界に「逆行転移」していたという事実には、何よりも驚かされた。転移先の時代が、元の世界と同じとは限らないのだ。

過酷な戦時下、彼がどれほどの苦労と覚悟を背負って生きたのかと思うと、胸が熱くなる。


 懐かしそうな眼差しで僕を見つめながら、千代乃さんは続ける。


「篤さんは、我が国初の男性軍人で、私たち砲兵の“男神おがみ”とまで呼ばれたのよ。彼の戦術は本当に革新的だったし、何よりも合理的で効率のいい戦い方を教えてくれたの」


この世界での父は「陸軍砲兵の父」としてたたえられ、今では靖国神社に“軍神ぐんしん”としてたてまつられているという。


 そして、月子さんについても語ってくれた。


 千代乃さんは1938年、長年付き合いのある華族からのお見合いを受け入れ婚姻。その相手との間に生まれたのが月子さんだった。だが、月子さんが生まれる前に、夫は病で他界していた。


 篤は血のつながらない月子さんを、実の娘以上に可愛がっていたという。あまりに甘やかしすぎて、千代乃さんが心配になるほどだったらしい。そう言って、彼女は懐かしそうに微笑んだ。


 話を聞くうちに、父がいかに多くの人に愛され、大切にされていたかが伝わってきた。千代乃さんにとって、篤はただの夫ではなく、かけがえのない存在だったのだと、ひしひしと感じる。


 戦争が終わったのは1945年。その後、日本国は戦勝国として高度成長を遂げたが、篤は陸軍に残った。

千代乃さんは1950年に陸軍を退官し、『沖重工業㈱』を創業するに至る。


 最終的に彼は「陸軍第一砲兵連隊」の連隊長となり、大佐にまで昇進。初の男性隊員、初の男性幹部、初の男性連隊長――数々の“初”を成し遂げた人物となった。


 家庭では他に9人の側妻を持ち、それぞれとの間に2人ずつ女の子が生まれた。篤の子どもはすべて女の子で、総勢23人にもなるという。


 しかし――1960年、彼はテロ事件に巻き込まれて命を落とす。享年45歳。


「……悔やんでも悔やみきれないわ。私がそばにいたのに……」


千代乃さんは涙をこらえ、気丈に語り続ける。


 あの日、篤は陛下(女性天皇)の園遊会に招かれていた。千代乃さんも共に出席していた。そこに紛れていた女性活動家が皇室暗殺を企て、小刀を隠し持っていた。

その刃が陛下に迫った瞬間、篤が間一髪で身を挺し、盾となって守ったのだという。


 腹部を深く刺され致命傷だった。だが、篤は苦しむことなく、陛下が無事であると聞いて安心し、穏やかな表情で息を引き取ったそうだ。


 その死をきっかけに、千代乃さんは長く塞ぎこみ、隠居生活を送るようになったという。


 父のこの世界での人生を聞き、気づけば僕の頬にも涙が伝っていた。

父はきっと、幸せだったのだろう。そう思うと、心がじんわりと温かくなっていく。


 その後、千代乃さんと藤野さんと一緒に、アルバムを見ながら父の話をたくさん聞かせてもらった。写真に映る父は、どれも笑顔で、とても穏やかな表情をしていた。


 今まで父のことを深く知る機会がなかった僕にとって、このひとときはかけがえのない時間だった。千代乃さんから語られた父の軌跡が、長く心に引っかかっていた何かを、そっと取り払ってくれた気がした。


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