第28話 面影……
【政府直轄の研究施設にて】
一流ホテルのスイートルームと見紛うほど広々とした部屋。そこに腰を下ろし、天馬を特集するワイドショーを見つめていたのは、ある女性だった。彼女は普段テレビを一切視聴しないが、天馬の噂を人づてに耳にし、この日に限ってテレビをつけていた。
その女性――政府直轄の研究施設において、自らの身体を提供する形である研究に長年協力している存在である。
やがて、彼女の担当官が部屋へと入ってきた。手には天馬の特集が掲載された雑誌(三誌)を抱えている。その顔には、驚きの色が隠しきれていなかった。
「千代乃さん、ご依頼の雑誌をお持ちしました」
雑誌を受け取ったその女性――沖千代乃は、天馬が映るページを一枚ずつめくり、まるで時間が止まったかのように食い入るように見つめ、やがて静かに涙を流した。そして、肌身離さず大切にしている写真――陸軍の軍服を着た、天馬に瓜二つの男性とのツーショットを見つめながら、静かに、しかし切実に呟いた。
「……篤さん……!」
普段はまったく感情を表に出さない千代乃が、初めて動揺を見せた瞬間だった。そんな彼女は、担当官に向かって真っ直ぐに告げる。
「ねぇ、里美……この男性に会わせてくれないかしら?」
長年にわたり千代乃を支えてきた担当官、藤野里美――白髪交じりの女性は、その変化に驚きながらも静かに頷いた。
「……かしこまりました。最善を尽くします」
こうして、天馬の知らぬところで、政府をも巻き込む新たな動きが始まったのである。
◆◆◆◆
4月4日㈬
朝食を済ませた後、愛理と一緒にワイドショーを眺めていた時、僕のスマートフォンが鳴った。表示されたのは、北川さんの名前だった。
「はい、おはようございます」
『おはようございます、天馬さん。朝早くから申し訳ありません……ちょっと言いにくいのですが、お願いがありまして……』
僕は、隣で甘えてくる愛理を優しく離し、姿勢を正して応答する。そんな僕に、愛理は甘えるように頭を預けてきた。まったく……甘え上手な人だ。
「なんでしょうか?」
『実は……天馬さんに、ぜひお会いして頂きたい女性がおりまして。すでに月子さんと葉月さんにはご説明済みなのですが、その女性の名前は沖千代乃さん。奈月さんと美月さんの曾祖母にあたる方です。もちろん、天馬さんのお気持ち次第ではありますが……いかがでしょう?』
奈月と美月の曾祖母――それを聞いた時点で、僕の中に迷いはなかった。
「はい。ぜひお会いしたいです。よろしくお願いします」
『ありがとうございます。日程については改めてご連絡致します。それで……千代乃さんについて、いくつかご説明しなければならないことがありまして。できれば愛理さんと朱里さんにもご同席いただきたいのです。これから千代乃さんの担当官と一緒にそちらに伺ってもよろしいでしょうか?』
愛理と朱里にも聞いて欲しい――そう言われ、少し戸惑いつつも了承する。
「はい、大丈夫です。お待ちしてます」
通話を終えると、愛理に事情を話し、朱里には電話で伝えた。愛理は怪訝な顔を浮かべたが、重要な話だと判断し、二人とも仕事を休むことにした。
因みに愛理と朱里は、千代乃さんとは一度も会ったことはなく、全く面識はないそうだ。
身内である奈月と美月に至っても、療養中という理由で、今まで会わせてもらえず、面識はない。
それから約30分後、朱里が愛理宅に到着。その1時間後、北川さんがグレーのスカートスーツ姿の担当官を伴って訪問してきた。現れた髪を後ろに一纏にした白髪交じりの女性は、僕を一目見た瞬間、目を見開き、口元を押さえて驚愕の表情を浮かべた。どこか慈愛に満ちたその視線は、まるで家族を見るような優しさがあった。
簡単な挨拶を交わし、リビングへと招き入れる。愛理が茶の準備をしようとしたが、その前に北川さんが紹介した。
「こちらは『日本国医療開発研究局』で、沖千代乃さんのサポート担当官をされている、藤野里美さんです」
「初めまして。『日本国医療開発研究局』の藤野里美と申します。よろしくお願いいたします」
藤野さんは丁寧で上品な所作で頭を下げた。その際、愛理を見た藤野さんが、わずかに表情を変えたのを僕は見逃さなかった。
因みに名刺はなく、口頭のみの挨拶であった。
ソファーに腰かけてから、早速、藤野さんが話を切り出す。
「早速で恐縮ですが……沖千代乃についてご説明させていただきます。これは日本国の最高機密、“特別機密”に該当する内容ですので、天馬さん、愛理さん、朱里さんには絶対に口外なさらぬよう、お願い申し上げます」
重々しい前置きに、僕たちは自然と背筋を伸ばす。
「沖千代乃は、“突然変異種の長寿種”です。我が国では、古くからごく稀に発生するこの種族を、“やおびくに”と呼称しています。その希少性から、国家機密として取り扱われてきました。千代乃は見た目こそ20代に見えますが、実年齢は――221歳です」
突然の話に、僕と朱里は思わず顔を見合わせた。俄かには信じがたい内容だったからだ。しかし――愛理は口を押さえ、驚愕の表情を浮かべていた。
……って、えっ!? 221歳!? 確かにこの世界は別の世界線だけど、さすがに長寿すぎるだろう。
藤野さんは、続けて詳細な説明を始めた。
「突然のお話で信じがたい内容かと思いますが――」
藤野さんは続けて、沖千代乃さんについて、さらに詳しい説明を始めた。
“やおびくに”とは、非常に希少な突然変異によって誕生する長寿の種族であり、過去の文献によると、およそ200年の周期で現れるという。確認されているだけでも、すでに2000年前にはその存在があったとされている。
共通点として、全て日本国に生まれた女性であること。外見的特徴としては、プラチナブロンド(銀髪)と、碧眼または赤い瞳を持つこと。そして何より、見た目が20代ほどと若々しく、極めて美しい容姿であることが挙げられる。
最大の特徴は、好意を寄せた男性に対して、自身が発するフェロモンにより、相手を陶酔状態に導く力を持つという点である。そのフェロモンは、脇の下および陰部から分泌されることが、最近の研究で明らかになったという。
ただし、“やおびくに”の子どもがその特性を受け継ぐことは、これまで一度も確認されていない。ちなみに、月子さん、葉月さん、奈月、美月のいずれも、“やおびくに”のDNAは引き継いでいないらしい。
藤野さんの説明を聞きながら、僕は隣に座る愛理をちらりと見た。銀髪で、やや赤みがかった瞳。しかも、初対面のときからどこか艶めかしい雰囲気を漂わせていた――朱里がいなければ、本気で「押し倒してしまう」と思うほどだったのだ。
不安そうな表情を浮かべる愛理と朱里を見て、僕はふたりを優しく抱き寄せた。不安を少しでも和らげるために。
藤野さんは続ける。
“やおびくに”は、その長寿という特性から、歴史の節目や分岐点において、しばしば暗躍していた痕跡が見つかっているという。
千代乃さんが生まれたのは1797年。この世界における日本の産業革命、そして明治維新にあたる政治体制の変革にも、深く関わっていたらしい。また、20世紀には陸軍の軍人としても活躍し、近代戦術の礎を築いたとまで言われている。
あまりにも長く生きているため、千代乃さんはこれまで何度も戸籍と名前を変えてきた。そして、これまでにおよそ30人の子どもを産んでいるが、その多くは既に亡くなっている。長寿である彼女のほうが、子どもたちよりも長く生きてしまうためだろう。
古くから“やおびくに”に関する研究は行われており、近年ではDNAの解析も進んでいる。その結果、若さを保ちながら長寿でいられる理由の一端が明らかになった。
この世界の一般的な人間の細胞分裂は、およそ70回が限界(※1)とされているが、“やおびくに”の細胞は、その3倍以上の分裂が可能であるという。
(※実世界では細胞分裂の限界はおおよそ50〜60回とされる)
本来、細胞分裂を繰り返すごとに染色体の末端にある「テロメア」は短くなり、限界を迎えると分裂が止まり老化が始まる。しかし、“やおびくに”の場合、そのテロメアの短縮がほとんど起きないことが判明している。それにより、細胞が老化せず、若さを保ったまま長寿でいられると考えられている。
ただし、なぜテロメアが短縮しないのか、そのメカニズムはいまだ解明されておらず、個体数が極端に少ないことも研究の障壁となっている。
現在の推定では、“やおびくに”の寿命は約300歳。排卵可能な期間は、250歳前後まで続くとされている。
かつて政府は、千代乃さんと“稀人”――つまり「大舘真人」さん(通称ヨッシー)を引き合わせる計画も立てたことがあるらしい。しかし千代乃さんは、1942年から1960年の間に深く愛した男性の面影を忘れられず、その計画を固く拒否したという。
今回、そんな千代乃さんが自ら僕に会いたいと申し出てきたということは、その「愛した男性」の面影を、僕の中に見ているのだろうか……と、つい考えてしまう。
――そういえば、月子さんは1940年生まれで、現在78歳だったはず。ということは、千代乃さんは143歳で月子さんを産んだということになるのか。凄まじい話だ。
……「沖千代乃」とは、いったいどんな人物なのだろうか。会うのが、楽しみでもあり、どこか緊張もする。
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藤野さんの説明が終わると、北川さんが少し表情を曇らせながら口を開いた。
「天馬さん……言いづらいお願いなのですが、男性保護庁にて保管されている“故人男性”の血液サンプルと、天馬さんのDNA鑑定を行いたいのです。ご了承いただけますか?」
――故人男性とのDNA鑑定?
思わず眉をひそめてしまう。もしかすると、その男性も“稀人”だったのだろうか? あるいは僕と何らかの関係が?
「構いませんが……その方は、“稀人”なのですか? 差し支えなければ、お名前を教えていただけませんか?」
一応、ダメ元で尋ねてみる。北川さんは数秒間、逡巡するように沈黙した後、申し訳なさそうに答えた。
「……申し訳ございません。それは機密事項になりますので……」
「そうですか……了解しました」
男性保護法がある以上、仕方ないことだろう。
続けて、北川さんと藤野さんは顔を合わせて頷くと、愛理と朱里を見やりながら藤野さんが慎重に口を開いた。
「実は……愛理さんと朱里さんについても検査をお願いしたく存じます。愛理さんの身体的特徴が“やおびくに”と一致しておりまして、この機会に検査させていただけないでしょうか?」
そう言って、ふたりは深々と頭を下げた。隣で不安げに僕を見つめる愛理の手を、僕はぎゅっと握り返す。そして、毅然とした口調で告げた。
「……検査して、もし愛理が“やおびくに”だと判明した場合、彼女を研究施設に隔離したりはしませんか? もしそうなるのなら、僕は反対です!」
僕の言葉に、北川さんと藤野さんが一瞬だけ目を見開いた。藤野さんがすぐに答える。
「そのようなことは絶対にいたしません。それはお約束いたします。ただ……もし“やおびくに”であれば、月に一度、献血程度の血液提供をお願いしたいのです。何もしないままだと、不自然さが際立ち、いずれ世間の目に触れることになります。するとどうなるか――不老不死を願う全世界の輩が、愛理様を研究対象として使用すべく、拉致監禁することが予想されます。隔離され非人道的な扱いを受けるでしょう! 若さが保たれすぎている――それは時に脅威として見られてしまうのです。どうか、検査をご検討ください」
そう言い終えると、藤野さんはそのまま椅子から降り、深々と土下座して額を床に付けた。
愛理は小さく震えながら、僕の手をさらに強く握った。僕はふたりに耳打ちし、「検査しよう」と伝えると、愛理と朱里はゆっくりと頷いた。
そして、僕が代表して答えた。
「わかりました。検査にご協力します。ただし、僕も一緒に研究施設に行きます。それが条件です」
藤野さんは顔を上げ、満面の笑みを浮かべた。
「ありがとうございます!」
翌日、僕と愛理、朱里の三人は、政府直轄の研究施設を訪れることとなった。僕は千代乃さんと対面し、愛理と朱里は“やおびくに”のDNA検査を受ける。
“やおびくに”とは、いったい何者なのか。
そしてなぜ、沖千代乃さんは、急に僕に会いたがっているのか――
その謎を解きたいという気持ちが、ますます高まっていくのだった。
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