第27話 取材後の反響!
4月2日㈪
三誌による同時特集は、予定通りこの日、臨時増刊号として全国一斉に発売された。朝から書店の前には長蛇の列ができ、開店と同時に店頭在庫は瞬く間に姿を消す。都内の大型書店では、あまりの過熱ぶりに一人一冊の購入制限が設けられたほどだった。
もちろん、この世界では転売防止の法律が厳格に整備されており、それに基づいた措置がしっかりと講じられている。
予想を大きく上回る売れ行きに、取次会社を通じて版元には追加注文が殺到。急遽、増刷が決定された。
また、同時に配信された有料電子版でも、異例とも言えるアクセス数と反響を記録。各誌のサーバーにはアクセスが集中し、一部のプラットフォームでは一時的に閲覧制限がかかる事態となった。
反響の要因は、記事の質の高さはもちろん、三誌それぞれが異なる切り口で天馬を取り上げていた点にある。
『サンライズ』は「誠実な競技者の素顔」、
『週刊アスリート』は「新時代の家庭像とアスリート像」、
『Jウィーク』は「家族との時間と競技者としての顔の対比」──。
それぞれの特集は、読者の興味と共感を巧みに惹きつけた。
共通していたのは、天馬という一人の男性と、その彼を中心に築かれる“新しい家族”のかたちに対する深い敬意と温かな眼差しだった。
更に『サンライズ』と『週刊アスリート』は、天馬のトレーニング理論についても言及。革新的なそのメソッドが、スポーツ界において新たな注目を集めている。
テレビ各局もこの異常な熱狂に反応し、情報番組やワイドショーでは天馬特集が次々と組まれた。第一夫人・奈月の穏やかな語り口、第四夫人・美月の理想的な夫婦像、第三夫人・クリスの“親の七光りに頼らない自尊心”、第二夫人・朱里の“夢を夫と共に追いかける姿”、そして第五夫人・愛理の“年齢に縛られず恋する女性の気高さ”──
それぞれの言葉は多くの視聴者の心を打ち、SNSでは好意的なコメントと共に拡散され続けている。
中でも特に注目を集めたのが、天馬がレースで着用していたシューズだった。
スポーツブランド「ミナーヴァ」と天馬が共同開発したモデル『エアロスパークα』──フラッシュグリーンの厚底デザインは電子版公開後、わずか数時間で世界中から問い合わせが殺到。ミナーヴァは工場の生産体制を踏まえ、5月からの受注販売を正式に発表することとなった。
また、あわせて着用していた男性用のヘソ出しユニフォームにも注目が集まり、これまでにないアスリート向けの新ジャンルとして一気にトレンド入りし、ファッション業界にも波紋が広がっている。
この盛り上がりは単なる話題性ではなく、天馬自身の「競技も家庭も妥協しない」という姿勢──そこに込められた覚悟と誠実さが、多くの人々の共感を呼んだ結果だった。
芸能界や出版業界からも反応は速かった。版元からは写真集の企画が持ち込まれ、芸能事務所からは所属契約のオファーが「沖ホールディングス」に殺到している。
だが、天馬はすべてを丁重に断った。彼は芸能に興味はなく、ただ走ることに人生を懸けているからだ。
気づけば、“甲斐田天馬”という名は、「美しすぎる男性アスリート」として国民的な熱狂の中心にいた。
その一方で、かつて天馬を根拠もなく批判し、履いていたシューズの性能を不正と決めつけた人気女性コメンテーター二人は、謝罪と釈明に追われていた。彼女たちを起用していた番組と放送局も、責任を問われる形となる。
この世界では、たとえ容疑者であっても“推定無罪”の原則が適用される。報道機関には中立性と慎重さが求められ、裏付けのない憶測や断定的な報道は法律によって厳しく規制されている。
報道はあくまで“事実”に徹し、意見や主張を押しつけてはならない。考えるのは視聴者や読者であって、マスコミではない──それがこの世界の基本姿勢である。
加えて、誤報があった場合には、報道時間と同じ時間帯に謝罪と検証放送を行う義務があり、雑誌や新聞も該当ページ数に応じて謝罪・検証記事を掲載しなければならない。そしてその期間の売上は、すべて名誉を傷つけられた対象者に賠償される。
今回、雑誌社や新聞社は慎重な姿勢を貫いていたため、そうした義務は発生しなかった。しかし、問題の放送局は約40分にわたって虚偽の印象操作を行っていたため、同時間分の謝罪放送を組む必要が生じている。
“この世界線では『言ったもん勝ち』は許されないのである”
愛理の自宅で、その謝罪放送を並んで視聴していた僕たちは、冷めた目で画面を見つめていた。
「何だか滑稽だな」
そう呟いた僕に、愛理は少し驚いたような表情を向ける。
「え? 天馬さん、本当に怒ってないんですか?」
「気にしてないかな~」
肩をすくめて呑気に答えると、愛理は呆れながらも可愛らしく笑った。
「……ほんと、天馬さんらしいですね」
この日は、僕が愛理の家で過ごすことに決めていた。家事はすべて僕が担当する。
愛理は「そんなに心配しなくていいから、他の旦那さんたちと過ごしてあげて」と気遣ってくれるが、やはり妊娠中の彼女の体調が心配で、目を離すことができなかった。
愛おしさが込み上げ、思わず彼女をそっと抱き寄せた。
柔らかなぬくもりが、胸いっぱいに広がっていく。――この瞬間が、何より幸せだ。
愛理に僕手作りのお弁当を渡して出社を見送ったあと、僕は護衛とともに大学へと向かい、自主トレーニングを行った。
大学敷地内、ラグビー場の外側を囲むゴムチップ舗装の周回コース――約1000メートル。この赤いトラックは、スピードトレーニングにはうってつけだ。
現在、総合運動公園には見物人(全て女性ばかり)が殺到し、警護や移動の面で不安が残るため、北川さんの判断で当面の間、トレーニング拠点を大学敷地内に移していた。これは僕の安全を守るための措置であり、納得するしかなかった。
夕方16時過ぎからは、同じラグビー場外のコースにて、クリスと共に陸上長距離・駅伝部の指導にあたる。
取材の影響もあり、選手たちは皆興奮気味で、トレーニング後にはスマホでのツーショット撮影やサインを求められた。快く応じる僕を、少し離れた場所から見ていたクリスが呆れたように口を開いた。
「……サービス精神旺盛なのはいいけど、少しは自重してよね」
僕は頭をかきながら、照れくさそうに笑ってごまかす。
「あはは……」
今日も、トレーニングと指導は充実していた。誠実に、まっすぐに――僕は走り続ける。今までも、これからも。
◆◆◆
4月3日㈫
愛理の自宅で過ごしたこの朝、8時を少し回った頃、迎えの車が玄関前に滑り込んだ。僕と愛理は並んで役員車に乗り込む。愛理の身重な身体に配慮され、車内のシートはクッション性の高い特別仕様となっていた。後部座席で彼女が僕の手をそっと握り、穏やかな微笑みを浮かべた。
愛理は沖ホールディングスの常務取締役であり、広報部門のトップとして重責を担っている。月に一度、本社ビルにて傘下のグループ各社と戦略会議や調整業務をこなしていたが、今日はその中でも特別な日だった。
彼女が主導するのは――僕、甲斐田天馬のスポンサー契約に関するプレゼンテーションだった。
警護車両を従えた車列は、やがて首都圏にそびえ立つ沖ホールディングス本社ビルへと到着した。ガラス張りの巨大なファサードが朝日を受けて輝き、今日という日がいかに重要な日であるかを物語っているようだった。
本社ビルの上階にある会議室へと通されると、すでにグループ企業の経営幹部たちが顔を揃えていた。
製造業、造船、航空機、自動車、軍需、研究開発、広告、医療、教育、アパレル、エネルギー、エンターテインメント、IT、建築、不動産、精密機器、商社、流通……。この国の経済を支えるあらゆる分野のトップたちが揃っていた。
全員が女性であることに、僕は改めてこの世界の常識の逆転を実感する。かつての感覚であれば「異様」とも感じるこの光景が、今ではごく自然な日常となっていた。
定刻になり、会議室の扉が静かに開いた。愛理が現れる。まだ目立ったお腹の膨らみは見られないが、濃紺のマタニティスーツに身を包んだ姿は、堂々とした風格をまとっていた。彼女がプレゼンテーションスペースへと歩みを進めると、室内は自然と静まり返った。
「本日はお忙しい中、お集まりいただきありがとうございます」
軽く一礼し、穏やかでありながら芯のある声で会議が始まった。プロジェクターには、三誌同時特集の反響を示す資料が映し出される。購買実績、電子版の閲覧数、SNSの反応、テレビ報道の一覧など、全てが視覚的に整理されていた。
たった一日で、ここまで詳細に分析されていることに僕は驚いた。
「こちらが“現時点”での数値です。今後、1週間、1か月、さらに半年単位での波及効果が見込まれます」
続いて彼女は、僕のプロフィール、レースでの記録、トレーニング理論、そして家族構成にまで言及しながら、希少な男性アスリートとしての価値、そして人間性の誠実さを訴えかけていく。
「甲斐田天馬は、ただの世界記録保持者ではありません。競技を通して、社会に対して“家族”という新たな形を提示しているのです。いま社会が注目しているのは、彼の“結果”ではなく、その“姿勢”なのです」
自分をこうして褒められることに少し気恥ずかしさを覚えながらも、愛理のプレゼンは堂々としていて、美しく、説得力に満ちていた。
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プレゼン終了後、質疑応答に移ると、各社から次々に手が挙がった。
「うちの医薬品ブランドでのCM契約をぜひ」
「教育啓発キャンペーンにご協力いただけないでしょうか?」
「今後のアスリート向けウェアとシューズの共同開発も継続を」
「我が社の都市開発プロジェクトにモデルとして参加をお願いしたい」
気づけば、会議室は“天馬争奪戦”の様相を呈していた。広報部のスタッフたちは全ての発言を丁寧に記録し、重複や類似提案を整理していく。
「本日のご提案はすべて、私が責任をもって天馬本人およびマネジメントと共に精査し、順次ご連絡差し上げます」
愛理はきっぱりと言い切り、場を収めた。会議は午後にかけて続いたが、進行は終始スムーズだった。あらかじめ用意されていた契約ドラフトに基づき、その日のうちに数社と仮契約が締結された。
これは愛理の的確なマネジメントと、各社の迅速な意思決定が成し得た成果だった。
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夜、自宅に戻った愛理は、ソファに体を預けるようにして僕の隣に腰を下ろした。彼女の顔には疲れの色がにじんでいた。
「……一気に動いたわね。まるで台風みたいだった」
「でも、それを起こしたのは愛理だよ」
そう言って微笑むと、彼女はほんのり頬を染めて肩を揺らして笑った。
「ねえ、天馬さん……本当に、世の中が変わるかもしれないわよ。あなたの走りと、この家族で」
「うん、そうだね。でも……僕はただ夢を追いかけたいだけなんだ。みんなと一緒にね」
そう言って、彼女の肩をそっと抱いた。嵐のような日々の中で、こうして静かに寄り添える時間が、何よりも尊く思えた。
後日、北川さんと共に仮契約の内容を精査し、最終的にグループ企業およそ数十社との本契約が締結された。
スポンサー収入の合計額は、驚くべき金額となった。かつての世界でいえば、メジャーリーガーの年俸にも匹敵する規模だ。
あまりの規模に少し戸惑いながらも、僕は胸を撫でおろした。この資金で、自分だけでなく、大学の「長距離・駅伝部」の年間活動費も確保できる。
想定を遥かに超える資金が得られたことで、部員たちにも最高の環境でトレーニングを提供できるので、胸の高鳴りは抑えきれなかった。
この世界で、自分にできることはまだまだある。
だからこそ、僕は走り続ける。夢の続きを、仲間たちと共に――。
【あとがき】
ここまでお付き合いいただきありがとうございます。
これで第3章を終了します。
第4章は少しシリアス気味になってしまいますが、お付き合い下されば幸いです。
感想などコメントもしていただけますと、大変嬉しいです。




