第20話 大会前の調整とオメデタ 2
月曜日と火曜日の二日間は、大会前の調整として、イージーペースでの8㎞走を実施した。夕方からは陸上長距離・駅伝部の練習を指導し、その後は自宅に戻り、朱里と二人きりで過ごした。二日間とも、彼女と激しい時間を共有することで精神的にも大いにリフレッシュできた。
20日㈬はラグビー部のフィジカルトレーナーとして指導を行う日だ。
その日の19時過ぎ、ラグビー部の練習場に到着すると、義妹のリリカを中心に選手たちが元気よく挨拶をしてくれた。まだ指導を始めて一週間足らずだが、彼女たちは僕のトレーニングメニューに徐々に慣れ、今までにない筋肉への刺激に、その効果を期待しているようだった。
選手一人ひとりに先週行った「YO-YOテスト」の分析結果を手渡すと、彼女たちは真剣な表情で内容を読み込んでいた。
ちなみに、この結果の作成には、男子マネージャーである三人の天使たちに手伝ってもらい、大いに助けられた。
結果を見る限り、スピードは申し分ない。しかし、懸念した通り持久力と回復力に課題が残っていた。選手全員に向けてその点を指摘し、課題の重要性を説明した。
「スピード力は十分ですが、持久力と回復力を高めないと、試合後半でのパフォーマンスが落ちてしまいます。ここを重点的に強化していきましょう」
僕の言葉に、選手たちは一様に頷き、全員が高いモチベーションで応えてくれた。特にキャプテンの義妹のリリカは、目を輝かせながら嬉しそうに声を上げた。
「この分析、すごく具体的で分かりやすいです!」
戦術担当の勝田コーチは、僕の分析結果にとても驚きと共に感心していたのだが、一方で、フィールドの隅からこちらを見ていた鶴田監督と若山コーチの視線は、依然として厳しいものだった。僕が男性であることへの偏見もあるのだろう。監督は小声で若山コーチに何かを囁きながら、首をかしげていた。
「まぁ、選手たちが納得してるなら、続けさせてもいいかもな」
その小声に愛斗君が気づき、険しい顔で監督を睨みつける。監督はすぐさま『ごめんなさい』と手のひらでハンドサインを送り場を収めた。
相変わらず……鶴田監督は、愛斗君に頭が上がらない様である。
そんな声が聞こえてきたが、選手たちが僕のトレーニング理論を受け入れ、期待しつつある今、彼女たちの信頼を力に変えればよいと思った。
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その日のトレーニングでは、持久力と回復力の強化を目指し、「100mインターバル走」を実施することにした。フィールドのゴールライン間を利用し、100mを全力で疾走した後、ジョグペースで戻る。これを1本として計10本行うというメニューだ。設定タイムは疾走時が17秒から18秒、ジョグでのレストタイムは40秒から43秒以内とした。
ラグビーという競技特有の動きを想定し、短距離走を反復する形で試合に即したトレーニングを構成した。この世界線では20mシャトルランは実施されているようだが、長めの距離でのインターバル走は全く取り入れられていないようだった。そのため、このメニューは選手たちにとっても新鮮なものだったらしい。
僕の提案したトレーニングに、監督や選手たちは少し戸惑った様子を見せていたので、僕は理論をしっかりと説明することにした。
「リロードするまでの時間を短縮するには、回復力を向上させることが重要です。そして、回復力をアップさせるには持久力の向上が必要不可欠です。ただし、持久力を高める方法として、ただ長時間走り続けるだけが良いとは限りません。ラグビーという競技では、常に走り続けるわけではなく、歩いたりジョギングしたり、ダッシュしたりと、さまざまな緩急のある動きを組み合わせながら試合が進行します。セットポジション中には静止していることもあります。その中で、どれだけ同じ質のパフォーマンスを維持できるかが重要だと思います」
監督をはじめ、選手たちは目を丸くして驚いた表情を浮かべていた。僕はさらに続ける。
「そこで、この短距離のダッシュとジョグを繰り返すインターバル走が最も効果的だと考えました。これにより、実戦に近い負荷をかけながら持久力と回復力を鍛えることができます」
僕の説明に、勝田コーチと選手たちは深く納得した様子で、場内に拍手が沸き起こった。
トレーニングというものは、しっかりとした理論に基づき、明確な目的意識を持って取り組むことが最も重要だ。今日のトレーニングが、選手たちに新たな刺激を与え、さらなる成長のきっかけとなることを願っている。
説明を終えてから先ずは2軍の選手から実施して、終了後は1軍の選手が実施するとした。
選手たちは最初の数本こそ余裕を見せたものの、7本目以降はやはりキツさからペースについていくのがやっとの状態であった。徐々にフォームが乱れ始めたが、最後の1本ではそれも改善し、全員が設定タイム内で何とか疾走を終えた。
フィールドが芝なので、アスファルトと違い反発力がなく、自身の筋力をバネにして走らなければならないので、想像以上のキツさであったことであろう。しかし、現状ではまだまだである。目標としてはこれを20本はこなせるようにしたい。
その後は、次の筋力トレーニングへ向けての体幹強化と柔軟性の向上を中心にしたプログラムを実施した。
選手たちは全力で取り組み、フォームの改善や動きの効率化に励んでいた。ストレッチの時間には、柔軟性向上のための新しいメニューも導入し、選手たちからは「きついけど効果がありそう!」という声が上がる。終了後は皆、爽快な表情で汗を拭っていた。
トレーニング後、汗を拭いながら笑顔を見せる選手たちの姿に、確かな手応えを感じた。
インターバル走は週二回(火木)、体幹トレーニングは週三回(月水金)に実施するとし、故障者に関しては、僕が指導した別メニューを毎日実施することとした。
フィジカルトレーニングは僅か1時間程しか時間が取れない。本来ならば2時間は欲しいところではあるが、監督が許可しない限り、こればかりは致し方なしである。限られた時間内で少しずつ積み重ねていくしかないな。
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ラグビー部での指導を終えた21時過ぎ頃、朱里と護衛を伴い、自宅近くの総合運動公園にて、今週末のレースへ向けての最終調整として、スピードトレーニングを実施することにした。
メニューは1㎞×3本のインターバル走とし、各本数の設定タイムは2分45~46秒とし、レストは1分の完休とした。
目的としては、5000m走を13分50秒のタイムで走破するので、ペースを体に覚えさせるのと、試作シューズと試作ユニフォームをそれぞれ体に馴染ませるのが狙いである。
レースでの目標タイムは、自己ベストよりは大分遅いタイムではあるが、現在の走力では、これくらいが妥当であろう。それでもこの世界では世界記録である。
ウォームアップを終え、スタートラインに立つ。1本目は軽快に走り出し、ペース感覚を確かめるようにリズムよく進む。途中、フォームを確認しつつも、自分の身体が驚くほど軽いことに気づいた。試作シューズの性能がここでも発揮されているようだ。
2本目も設定タイムで走り切れた。これが日々の鍛錬と新しいシューズの恩恵だろう。最後の3本目に入る頃には、足はしっかりと地面を捉え、力強く前に進む感覚があり、グングン前に進む。
トラックの周囲には、奈月も応援に来てくれており、朱里も含めて護衛の彼女たちの声援が背中を押してくれる。
「がんばれ!」「あと少し!」
という声が耳に届くたび、自然と力が湧き上がる。
ゴールラインを越えた瞬間、全身が熱く燃えるような達成感に包まれた。時計を確認すると、3本の平均タイムは2分45秒と設定通りのペースだった。しっかりと体にペースを刻む事が出来た。
これなら今週末のレースでも好成績が期待できる確信が湧いた。
日曜日のレース本番に向け、僕は静かに心を整えた。いよいよ男性として初の公認5000m走のレースに挑む。すべての準備は整っている。この世界での新たな記録を作るため、僕は決意を新たにした。
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23日(金)
金曜の昼過ぎ、愛理から一本の電話が入った。
『天馬さん、今お時間よろしいかしら?』
少し緊張した様子の彼女の声に、胸の奥で小さな期待が芽生える。
「もちろん、大丈夫です。何かありましたか?」
と答えると、愛理は静かに息を整えた後、続けた。
『実は、今朝病院で診察を受けたの……赤ちゃんができたの!』
その言葉を聞いた瞬間、思わず立ち上がった。やはり妊娠してたか! 心臓が一気に高鳴り、嬉しさから直ぐに言葉が出てこない。
「本当に?……すごく嬉しい!」
電話越しに聞こえる愛理の笑い声が、僕の胸に温かさを広げた。
『ありがとう、天馬さん。まだ初期だから慎重に過ごさなきゃいけないけど、あなたにも知らせたかったの』
その後、これからの準備について話し合った。電話を切った後も、心の中で湧き上がる喜びを抑えきれない。奈月、朱里、クリス、美月、そして北川さんにもこの嬉しいニュースを伝えた。特に北川さんは自分のことの様にとても喜んでくれた。
早速愛理宅へと赴いた。部屋に入ると愛理は嬉しさの余り涙を流しながら僕に抱きつき、二人きりで新たな命を授かったことに喜びを共有したのである。これからの愛理との未来がさらに明るくなることを実感した。
24日土曜日、翌日の「スプリングトラックゲームス2018」に向けて、最後の調整を行った。
早朝には軽いジョグを行い、昼頃からクリスと共に陸上長距離・駅伝部の練習の指導をした。その後は、試合で使用するシューズとユニフォームの確認を終えた。夕方には奈月や朱里、愛理も交えて夕食を取り、家族全員で英気を養った。その目には期待と緊張が混ざった輝きがあった。
「天馬、明日は無理はしないでね」
「ダーリン、明日はきっと素晴らしい一日になりますよ」
奈月と朱里の声は穏やかではあるが力強い。
「天馬さん、自分を信じて頑張ってください!」
愛理は自身のお腹を摩りながら僕を見つめる。その眼差しは確信に満ちていた。
僕は彼女らの手を握りしめ、静かに頷いた。
「ありがとう。皆が応援してくれるなら、どんなレースでも力を出し切れる」
食後は軽いストレッチを行いながら、明日のレースのイメージトレーニングをした。スタートラインに立ち、スタジアムの観衆が見守る中で走り出す。途中のペース配分やラストスパートのタイミング、そしてゴールに飛び込む瞬間を何度も頭の中で再現した。
奈月がそっと背中を叩いてくれた。
「無理はしないでね。天馬が元気でいてくれることが、私たちにとって一番大事なんですから」
その言葉に、心がさらに落ち着いていく。明日は僕自身のためだけでなく、支えてくれる家族やお腹の子供たち、そしてサポートしてくれる皆のためにも、最高の走りを見せる。
その夜、自室に戻り一人静かに明日のレースへの決意を胸に抱いた。
「この世界で、僕は必ず新しい歴史を刻む」
僕は目を閉じ、明日への想いを胸に刻みながら深い眠りについた。




