8. 不吉な予告
人は罪を犯すと《手を汚す》といい。
罪を償い悪の世界から去ることを《足を洗う》という。
《足を洗った所で手の汚れは取れない》と皮肉めいた言葉である。
手を汚さないことは格がものをいった。
手を汚さないことこそ強さの証明だった。
それらの由来はやはり愚かな神々の遊びから始まった。
神々は酔っていた。
その集いに《男神》しかいなかったのは致命的だった。
古より男は人数が集まり酔うと碌な事をしない。
それらは古今東西変わらないことだった。
男は暇と酒でとんでもないことを考えつく生き物である。
神々も例に漏れなかった。
「己の玉を投げ合わないか」
それを言った神はその時確かに英雄だった。
酔いも手伝い大変盛り上がる宴になった。
のちにこの発言をした神。
神格を落とされ未来永劫この《遊び》の審判をさせられるとは思いもしなかった。
言い出しっぺが一番罪が重いものだ。
《蹴鞠》
古代日本の貴族は鞠を優雅に蹴り合うことを社交とし、遊びにした。
鞠は地面に落としてはならない。
勿論手は使わない。
それも詩を歌いながらや政治的な話をしながらだ。
それは優美な遊びだった。
それが。
本来神々の遊びだったものを知る現し世日本人はほぼいないだろう。
この宴での遊びが由来である。
最初男の神々の《玉》を手づかみで投げあった。それはもう夢中になった。
自身から切り離した《玉》だ。
どの玉が立派か頑丈か大きいか。くだらない見栄や驕りは最高の遊戯のスパイスとなった。
流石は神々の《たから》は頑丈だった。そんな簡単には破損しない。
お互いの身体に当たり跳ね返り。
当たったのだ。
よりにもよって。
ーーーー遠くにいた女神の顔面に。
終わった。
男神奴は慄いた。
なんせその女神は潔癖なことで有名だったから。
口説く男の《宝》など踏み抜いてきた戦神だったから。
だが女神から出た言葉は予想外だった。
「ほう。そんなにこの《玉》を投げる遊戯は面白いか」と。
男神奴もは頷いた。
面白いのだ。
命とも呼べる《玉》だ。
それを賭けるからこそ沸き立つものがあるのだ。
「なら。この《玉》。
足蹴にしたほうがもっと面白いぞ。
少なくとも女は皆そう思っている」
女神の背後に徒党を組む女神達が頷いた。
蹴る。
それはそれは背徳の音がした。
蹴られる。
そこにも甘美な響きがあった。
「言い出しっぺの《玉》を鞠にする」
「え」
「神格落とされるか消滅か?」
「いえ。死ぬのは嫌です」
そして生まれた幽玄異郷の国民的スポーツ。
《宝物蹴鞠演舞》
「KEMARI」である。
その国民的スポーツを楽しむ期間。
それが《ゴールデンウィーク》である。
幽玄異郷は男社会だ。
そのため本来男の宝を女が足蹴にする事自体に熱狂した。女の熱は時に数を上回る男達のどん引いた空気さえも飲み込んだ。憂さを晴らすスポーツは流行りに流行った。
いつしか《玉》は普通の鞠になったし男も女も興じるスポーツとなった。
魔術で大抵のことがこなせる幽玄異郷の民にとって。
神公認の原始的なフィジカルのみ頼りにする動きは新鮮だったようだ。
それは後にプロスポーツにもなり、学園対抗の行事もある。
《強化週間》を設けて切磋琢磨するのが恒例になったのだ。
「「神様の金玉の蹴り合いが国民的スポーツ………」」
りんと岸は唖然とした。
サッカーとドッチボールを合わせたようなスポーツらしい。
魔術が使える民にとって『魔術なし』は相当白熱する縛りらしい。
「もうこの国の倫理観のなさと神話の神聖さのなさには脱帽するわ」
「」
岸は最早ツッコミもする気も起きなかったらしい。
やっぱり摩訶不思議な神話だった。
りんはお下品さよりも男神の可変式に身体の一部を取り出せることに興味を抱いた。
これは現し世人類では絶対真似できない技だろう。
スプラッタな響きがしないことが不思議だった。
「由来は不謹慎だけど蹴るのは確かに楽しいよね〜。
男子の引いた顔も青ざめた顔もウケるもん」
「うむ。爽快だな。ストレス発散になる」
ナタージャと澪が琥珀の語る《神話》の部分では嫌そうな顔をしていた割にスポーツのくだりからは嬉々としだした。
「あれ。女子が意外と高評価だ」
「猿田達も男なのに怖がらないんだな。
俺なら身につまされた黒歴史を紡いだ神の情景を思い浮かべて痛みが………」
「岸は感受性高いね」
「女にはわかんねぇ部位だかんな………」
「女の子の日の苦しみも出産も男子が他人事な事と同じか………反省」
「いや。それらは永遠の課題だからしゃあない」
そうなのだ。
男神がやらかす神話は男側からすると他人事ではない。
ましてや女神に制裁された話だ。
さぞや男子も恐れおののく話かと思ったらそうでもないらしい。
「「「「「「楽しいから」」」」」」
「それに。さすがに神格ない僕らみたいな子供からするとさ。
身体の一部で遊ぼうなんてさすがに摩訶不思議なのが日常でも現実味はないよ。スポーツとしてはすごく頭使うし脚力知略渦巻く素晴らしい競技だよ」
琥珀やアンテといった腕力的には非力な部類でも活躍出来る競技だという。
「楽しいって平和なんだね」
「楽しいは何でもありなのがこわいわ」
現し世人類のりんと岸が顔を見合わせる中、皆みな各々の推しチームの話で盛り上がっていた。
「《玉刈りの死神》なんて玉を壊す勢いなのが堪らないのですよ!!玉を破損させたら審判が泣くんですよ!!勿論ポイント的には減点ですが。パフォーマンス的には最高です」
「迫力でいったら《嘆きの坊主》だ。
光る頭皮から繰り出される光線が真の玉をかく乱する。煩悩すら光にするあの潔さがいい」
「知略に長けてると言えば《疾風の三足》さ!!
翼と脚が多い種族を集めての空中戦!!
魔術なしの誓約では最強のフィジカルだよ!!」
「それは反則じゃないんだ?」
国民的スポーツである「KEMARI」。
ゴールデンウィーク期間は家族や友人で試合観戦するのがお馴染みらしい。
「スポーツ観戦………。私。初めてかも」
「あ。そういや。
フルカスの親父がなんか観戦チケット取ったって言ってたなあ。それか?」
岸がおもむろにポケットから魔導端末を取り出した。
現し世のスマホみたいな魔道具だ。
見せられたのはメッセージアプリだ。
岸の養子先の『フルカス将軍』は岸を愛息子として大変可愛がっている。ツンツンしていた岸がここまで気安い感じになったのは彼のおかげだと思う。
ーーー現し世では私以外興味ないってツッパって恥ずかしがり屋だったのになあ。
親で子供は変わるものだ。
かくいうりんですら、リリスお母様の甘やかしにもう身体が慣れ始めている。
微笑ましく岸の横顔を眺めていたら魔導端末の画面外こちらに向いた。
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
【親父】護よ!!来月の連休は有給取ったかんな!!
プレミアムチケットも獲ったぞ。爺が頑張ってくれてな。
「KEMARI」のSSS席らしい。
爺が頑張ってくれたらしくてな。
10名程入れるから雷クラスのガキンチョ共も誘え!!
【まも】まず「KEMARI」を説明しろや。いつも説明すっ飛ばすよな………。忙しいから後でな。
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
「「「やば!!!」」」
りんが反応する前に皆の興奮が爆発して最高潮になった。りんの背後からしっかりはっきり覗き込んでいたらしい。
「SSS席!?流石は元勇者御一行様!!
フルカス将軍太っ腹だなぁ!!」
「待って?!普通の庶民は魔導映像をなんとか引き伸ばして壁に映すんでも贅沢なんだよ!?
天覧試合?!しかも屋外!?貴族よりも贅沢じゃん?!」
盛り上がる皆。
その中でりんは一人喜べないでいた。
何故なら。
皆の背後でニヒルに笑う暗黒の金縁眼鏡が意味深に光っていたから。
「ふん。連休前に何があるのか。
入学ガイダンスを見てないものが多くてお気楽なものだな」
「連休………」
「前………」
「ガイダンス………式典後………予定………」
りんと星が呟き、琥珀が追随した。
アンテは青ざめた。
岸、澪、猿田、ナタージャが首を傾げている
「「「「あ………………」」」」
漏れ出た四人のためいきに流石にただ事ではないと気付いたらしい。
「な………なんだよ」
「待って………待って………こわいこわい」
「何事だ。また死闘か?」
「ガイダンスを読破していないなど………。りん様の側近失格ですね………」
そんな不安がる岸達を置いてきぼりで、りん達は唸った。
こればかりは力技ではどうにもならないからだ。
力自慢の猿田や岸。剣術、筋トレ博士の澪やダンスのスペシャリストナタージャの個性や強みは活かされない。
「ある意味………?頭の死闘かな」
「学生の本分ではあるね」
「僕も入試では首席ではないからなあ………どうだろ」
「うわ………忘れてたあ………」
琥珀が入試ガイダンスを魔導端末から具現化させた。
その薄く緑に光る文字の羅列にどんどん血の気が引いていく皆を見るのは初めてかもしれない。
数かずの試練をやり遂げてきた雷クラス。
新たな試練が始まろうとしていた。
「筆記試験だ」
真神教諭の容赦ないバリトンが響いた。
「ひッ………………!!!」
「まじかあ………」
「終わったあ………うちの黄金週間」
こればかりは譲渡や替え玉は無理だ。
りん達雷クラスにとっては初めて真正面から対峙しなきゃいけない試練かもしれない。
「赤点は連休返上は当然として。
それすら赤点の場合《炉度》も落とされる」
「「「鬼畜の所業!!!」」」
雷クラスの悲鳴に動じないし眉もピクリとも動かさない冷静な真神教諭はと言うと。
まるで憂さを晴らすように口角を上げながら淡々と語る。
これが他の教諭がニコニコ話した所で内容は変わらないはずなのだけど。
何故か真神教諭が説明すると悪意と理不尽に聞こえるから不思議だ。
りんは苦笑いするしかない。
「テストかあ………。ちょっと楽しみかも」
「知識オタクはテストオタクでもあったかあ………。りんは学校で特待生だったもんな。下地が違う」
「りん様は楽勝でしょう!!
なんせ速読暗記の女神でいらっしゃいますから!」
岸が頭を抱え澪がキラキラした目で見上げる中。
りんは学生鞄から一冊の教科書を取り出した。
「読んでみたけどさっぱり内容が理解出来なかったの。予習で頭に入らないの初めてだよ………」
「おや」
「なんの教科だ」
りんの手には『神話倫理法律学』の教科書がずしりと重く感じた。




