表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
王子様になりたい私、勇者候補になりました?!2〜全ての虐待児に捧げる幸せな話〜  作者: ユメミ


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

7/10

6. 坩堝学園の王子様 一方その頃白銀の紳士は

 「はっくち」


「風邪か?花粉症か」


 慎一郎は鼻を擦りながら窓の外の紫色の空を見上げた。

相変わらず『魔獣研究予備室』の部屋は鬱蒼としていた。

そこは坩堝学園の最深部にある塔の天辺にある《城の守り人》の部屋である。

子供を守るための巨大な要塞と化した城。

その城壁に面した数々の塔にはその塔に応じた能力の《守り人》がいる。

その守り人の一人が慎一郎である。


「誰かが噂してる。

しかもなんか………。僕………失恋したのかも」

「始まってもいないのにか」


目の下には隈。白衣はよれよれだ。

美しいはずの銀髪は少し艶が失われている。

清潔さは辛うじてあるが繕いまで洗礼されていない。

まん丸の大きな翡翠色の瞳は神秘的だが目の下の隈がその美しさを損なっている。

陰気さがにじみ出ている。

一見すると不気味なマッドサイエンティストだ。


 御嶽 慎一郎(みたけ しんいちろう)は坩堝学園の《教諭》だ。専任教科はない。でも《生徒》でもある。

生徒名は御嶽 四郎(みたけ しろう)

呼びづらいが偽名は家族が間違えづらくするためだ。

あだ名が「シー坊」だからだ。

世間的には大人の姿の慎一郎と生徒の姿の四郎は従兄弟だが別人とされている。

知っているのは家族、学園長、教諭陣。それに目の前にいる親友だ。

慎一郎は本来学生だがその研究成果と数々のダンジョン開拓、社会への貢献度で《永久資格者》となった。


それは学園が設けている《特権》的な地位だ。

扱いは教諭と同等であり給与も貰える。

研究に必要なスペース、伝、予算が組まれる。

優秀だけど実家が太くない学生には夢のような制度が坩堝学園にはあるのだ。

それらを四年生齢18歳で成し遂げた天才にして奇人。

それが御嶽 慎一郎である。


優秀な研究者。

坩堝学園の守り人。


世間の評価は。


慎一郎は数々の書物が積み上がったデスクで一心不乱に便箋と向き合っていた。

ガリガリと書いては丸め。書いては丸め。それを背後のゴミ箱に投げる。

それをかれこれ小一時間続けていた。


「手紙………の頻度が落ちてるんだ」


返事をただ書くことにも難儀してそうな様子なのに。

返す頻度が遅い自分の事は棚に上げていることを自覚している様子で慎一郎はため息交じりに不安を漏らした。


「………三日に一度が。一週間に一度だろ。

忙しければ誤差の範囲じゃないのか」


「………忙しい………。いや。

頻度と枚数の低下。

なんか………。距離取ろうとするような。

寧ろ忙しい僕に気遣って頻度を減らそうとする気遣いを感じると言うか………」


「学生と大人の文通としては賢明だが?」


大きめなソファーに座って長い脚を組み替えた男が指先を弾いた。

蒼い閃光と光が弾け戸棚から新しいお茶っ葉がふわりと浮いてポットに入ると同時に湯気だつやかんから滑らかに熱湯が注がれた。

生き物のようにティーセットが準備されるのはもう三回目だ。


「なら。甘い言葉でも書けばいい。 

佐藤 りんはあきらかにお前に惚れてたろ。式典みた連中皆が知ってる」


生徒会長の就任が決まった式典。

慎一郎はリリス学園長のかわりに佐藤 りんを着飾らせた。

その場面はしばらく噂になったほどだ。


《性自認「無」を乙女にした紳士は誰だと》


そんな傍から見たら両思いの少女と距離を取りあぐねている19歳青年はなんとも情けなかった。


「………………。君の手紙が生き甲斐なんだ。

なんて書けない………」


「それは………」


「わかってる。重いのは分かってる」


黒革に覆われた手がビシリと静止を示した。



「まあ………。彼女は王子様になりたいのに僕にはお姫様に見えちゃう辺り。僕って傲慢だからさ。

うん。叶わないほうが安全だし健全だし………」


この《魔獣研究予備室》はこの男二人の安住の地だった。

親友の自分の前では天才も奇人もただの恋する青年である。

悩んでいるのに達観している。

精神面の成熟さと恋心の不安定さが彼を情緒不安定にしている。

それを外には出さないのだから立派だ。

しかし。

それと恋に後ろ向きなことの理由にはならない。


「また《理想の自分が好かれている》から。

素の自分では無理なんだあ〜って。

一人で自己嫌悪か?はッ………。若いな」


「君と同い年だよ。僕は」


君と言われた男。

慎一郎の向かいのソファーで優雅に紅茶を嗜む姿が美しくも退廃的な色気を醸し出している男。

慎一郎とは対を成す黒い制服の真神 元狼(まかみ げんろう)も教諭だ。

黒髪に蒼いメッシュの頭髪を後ろに撫でつけた長髪は艷やかだ。

眉間のシワは深くそこに何本も万年筆を挟めそうである。

彼の金色の鋭い瞳は金縁の眼鏡で少しだけ眼光が隠されている。

慎一郎とは同じ学生。だが同じ教諭だ。


真神も《永久資格者》の特例教諭として働いている。

でも。


「君って………なんでそんなに老成するの。

威厳があるのはいいけど面はアラフォーだよ。フレッシュさは?初々しさは?

君まだ教諭歴的には《新任枠》だよね?

なんでそんな………《古株》みたいなの」


「知るか。俺らを祝福した《神》に聞け」

「え………。やだな。

あの方は《義務》ではお逢いするけど………。

駄弁りには行きたくない。君行きなよ」

「行くか。

あんな《色ボケ詐欺師》のような方の処など………。

もうあの方は気づいている(・・・・・・)かもな。

なんせ。

《恋すると解ける祝福》が解けつつあるんだ」


 かつて浅はかな青年が二人いた。

二人は野心に溢れていた。

でも同時に腐ってもいたのだ。

「青臭いと馬鹿にされる」

「年齢だけで就けない役職がある」

「炉度の上げ方に年月が必要」

「子供のうちには仕事はするな」


そんな大人が子供を守る幽玄異郷らしい偏見とルールに物申したかった。


ならどうするか。


《時間を司る神》が宿る神殿があるらしいダンジョンを攻略すれば良いと。


幽玄異郷では精神の成熟さが身体の成熟さと見なされていた。

100歳の幼児などざらだし、1000歳の美丈夫もざらだ。

なら。

18歳の大人(・・・・・・)が可能になる修行ができる神がいるはずだと。

それはある青年が現し世人類のバイブルに《精神と時の部屋》なる修行場で修行する主人公の話を読んだからだ。


現し世人類の《妄想》と《想像》がそのまま《創造》される世界幽玄異郷。

なら。

絶対に時の部屋はあるはずだと。


あった。

確かにそこに潜って一ヶ月間は彼等の青年期約《20年分》の研鑽を可能にした。

そりゃ地獄を見た。

死ぬ思いをした。

それらをやりきったのだ。

なのに。

まさか《青年期の恋愛期間すっ飛ばす変人にプレゼント♥》と見た目年齢が変化する祝福を貰うとは思わなかったのだ。


その神は《時》と共に《恋》も司っていたのだ。

詐欺だった。


だから。


「《恋する》と身体が若返るのは何とかしたいなあ………」

「お前が失恋すれば良いのか?」

「気持ち的には諦めてるんだけどな………」

「ないな。《執着》が捨てきれとらんしな」


慎一郎は。

佐藤 りんを想えば思うほど、大人の姿を保てなくなってしまった。


 大人の姿の慎一郎はとにかく体躯が立派だ。

ニメートルは超える背丈に厚い胸板。

それらを品の良い高級なスーツで覆っていた。

白銀の髪は短めに刈り込んで前髪は少し目元を隠すように流していた。

トレードマークは白いマスク。

半分隠すからこそ翡翠色の大きな瞳は際立った。アンニュイさがあった。


アラサーの落ちついた紳士。白い紳士と呼ばれている。

それが佐藤 りんから見た理想の紳士《御嶽 慎一郎》だ。


佐藤 りんに惹かれていると《自覚》した瞬間。

慎一郎は本来の身体の年齢にもどってしまったのだ。


肌は艶が戻りヒゲもない。

若いがゆえに頭髪の伸びが早かった青年期の長い髪はボサボサに伸びっぱなしなのをひっつめている。刈り込んでも一晩で元通りだからだ。

身長は少し縮み190センチほどになった。

身体などひょろひょろだ。

あと隈が酷い。

若さゆえの研究欲を抑えられなかった時期に逆戻りしていた。慎一郎にとって睡眠とは研究欲に負けてしまうものだった。

大人になってやっと抑制していた普通の生活が崩れている辛さがある。

簡単に言うと寝不足だ。

大人の倫理観は確かに内にあるのに本能が若さに引きずられる。難儀な体質だ。


だから。慎一郎は学園にいる時こそ生徒の姿でいることが多い。

たまに祝福が薄らぐ時に大人の姿にはなれる。

奇っ怪な体質になってしまったのだ。


それなのに。


「彼女絶対《大人》の御嶽 慎一郎が好きなんだよなあ………」


それが一番の慎一郎の苦しみであった。


「若返りの魔術って研究が進んでるのに老けさせる魔術は未開拓なんだ。もう試行錯誤だよ………。


先輩として接する《青年期》の御嶽 四郎への視線も瞳孔の開きも緊張も鼓動の音も。

全部尊敬なんだよなあ………。

ああ………。

手に取るように能力も使わずに触らずとも分かってしまう己の観察眼が恨めしい………」


「研究者は己の心も身体も研究対象か………。難儀だな」


真神は紅茶を嗜みながらチョコをつまむ。

それを口の中で満足気に転がし溶かしている。

その満足気な顔が気に入らなかったのか慎一郎は呟いた。


「りんさんがね。らんさんの話を手紙に良く書くんだ。

寧ろ自分の事二割、らんさんの事五割、三割僕の書籍への質問かなぁ」


「………」


コリ。

真神の口から音がした。


「らんさんはね。

夢の中では黒髪ロングヘアの神秘的な美人さんなんだって。

機嫌がいいと歌も歌うらしいんだ」


「………………」


カタリ。

紅茶の入った繊細なティーカップの音がなる。


「たまにらんさんは『狼は相変わらずしかめっ面なのか』ってーーー」


ガタリ。

真神の脚がテーブルに当たった。


「………すまん。悪かった」


耳を赤くした真神を見て慎一郎はうっそりと笑った。


「ほら。君もしわがとれてる(・・・・・・・)よ」


真神はアラサーを通り越してアラフォーかといった威厳あふれる風貌をしていた。

元から老け顔の質だったからか。

歴戦の猛者も真っ青な眉間のシワは最早渓谷のようだったのに。

そのしわが薄くなっている。

躯体の変化は慎一郎ほどではないが確かにあった。


「気のせいだ」

「そういうことにしとくよ」


ふふふと笑う慎一郎はマスクを抑えながらカリカリと万年筆を動かす。


 らんとは佐藤 りんの《二重人格》の存在だ。

現し世にいた時から佐藤 りんはその《二重人格》の凶暴性で孤立していた。

それは彼女が危険な目に遭う(・・・・・・・)と現れる。

彼女の身体を乗っ取り好き勝手動く。

現し世と縁が薄くなる原因を作った一因でもある。


佐藤 りんはどうも《危険を吸い寄せる》質のようだった。

弱きを見捨てられないというべきか。

不可抗力でトラブル似巻き込まれるのは現し世でも同じだったらしい。


いくら普段は温厚で見目麗しい女生徒でも。

計10回の暴行事件、計5回の退学をしていたら《犯罪者予備軍》だ。全て正当防衛だったとしても。


そこに《孤児》ときた。

彼女は現し世で異分子だった。

だからこそ。

慎一郎が《養子縁組》を斡旋できたのだが。


「現し世に行かないといけないかもしれない」

「あぁ。俺もだ」


真神の手元には資料が開かれていた。

《咎物案件続報》と《佐藤 りん (本田 鈴音)と同一人物の疑惑》と記されていた。


「伏見が見つけたらしいが………」

「《年齢が合わない》か………」


伏見が見つけだした佐藤 りんの生家と思わしき家。

しかもそれは。


「………あの《魂の質量が変化した男》の身内だ」


 真神と慎一郎は現し世で不可思議な男を見た。

その男は本来ある理から外れていたのだ。

その調査の続報。

その書類は現し世の警察からもたらされたものだった。


 真神と慎一郎の現し世での仕事がある。

もちろん魂の清いものの幽玄異郷への勧誘もある。

佐藤 りんや岸 護の幽玄異郷への養子縁組の勧誘がそれだ。

それともう一つ。

咎物(とがぶつ)》の移送である。


現し世は神が課した人類の修行場である。

勿論清廉潔白さが極楽へは求められる。

古今東西様々言う所の《天国》だ。神の世界。


罪を犯した人類はどうなるか。

輪廻転生にのる。

廻り生まれ変わり、修行する。

ただ、人類が宗教や書物で学ぶ輪廻転生は真には違う。

輪廻転生とは。

幽玄異郷で《魔獣》となり屠られ消費され続けることだ。

罪の数だけその魔獣に転生する。

罪の重さだけ強大な魔獣になる。

その魔獣になり得る魂を持つもの。

それが《咎物(とがぶつ)》である。


真神と慎一郎はその正規に寿命で輪廻転生する魂を生存中に《狩ること》ができる組織。


《公安特別監理部・対咎物専門課》に所属している。

リリス学園長が長の組織である。


《咎物のさらに上の《障り物(バケモノ)》になる《女子供を害した人類》は早く捕まえる。

現し世の法律では野放しのバケモノ達を。

輪廻転生にも乗せられない罪深い魂をを見つけ出す。総括する。

それが真神と慎一郎の現し世での仕事である。


咎物(とがぶつ)と化した人類を早く見つけて被害を少なくする。

自然の輪廻よりも早く迅速に魂だけを罰し幽玄異郷に移送する。

その後その咎人はただの人形になる。

第二の被害者を出さないために。

ただただ魂が浄化された分、欲のない人形人生を送らせるために。


魂がなくなっても人間は生きられるのだ。

恐ろしいことに。

欲も野望も快も抱けない。


ある日非道の限りを尽くしていた人が突然人が変わり更生する。

「あの人は人が変わった」

「昔やんちゃしてたのに今や聖人のようだ」

そんな人間が確かにいる。

そんな不思議な事象として人類は気付かぬまま。

知らぬが仏といったところだ。


「あの男は確かに《咎物》だった。

それが。あの晩に《魂の汚れが軽くなった》のだ。

ちッ………。らんが単体なら。直ぐにも実戦と実証を………」


伏見さん(警察官)には手に余る案件………らしいね」


伏見(いぬ)め。

自分で《バケモノ》退治すると息巻いていてこれだ。

情けない………」


「まあまあ………。

彼は先遣隊としては多大な成果を出したよ?

なんせ僕等では現し世の理に関われないからね」


慎一郎は顎をさすり、真神は頭を掻いた。

ため息交じりにお互いに視線を送り。

またため息をついた。

紅茶は冷めつつあった。



「らんが。《成人した単体なら》。

直ぐ様《咎物討伐実行部隊》に駆り出すものを………。

あいつの攻撃力。《悪》を嗅ぎ取る力。


悪を裁く存在が《勇者》だとは思わないか」


「僕は反対だ。

りんさんは優しすぎる。

それにどんなにらんさんが大人びて強くても。彼女は未成年だ。

現し世の《罪と罰》の構造を知らなくても。

彼女は幸せに青春を謳歌する権利がある。

なにも………《悪》に真っ向から殴りかかるのが勇者じゃないさ。

出来ること出来ないことを仲間と切磋琢磨する。

そんな……青春をゆっくり味あわせてやりたい。

だから。

これらは大人の仕事だ。彼女は知る必要ない」


「過保護め」

「………君だって」


真神は慎一郎の手元をちらりと覗いた。

そこには。


「親愛なるりんさん。

僕の光。僕のかすみ草の君。

君が王子様になるなら僕は君を乗せる白馬になりたい」


それらがバツで塗り消されていた。

光の単語の横には《シャイン》や《ルクス》など様々な言語に言い換えようとした跡がある。

まだ未熟な少女に侍る馬になりたいなど。

もう奴隷契約じみていた。


「………賢明だ」 

「う………。僕は論文は書いても恋文は向かないのが良くわかったよ………」


「これをまずいと思える冷静さが常にお前を殴っているんだろうな。………同情する」

「君に同情されたら終わりだあ………」


頭を抱え項垂れる慎一郎はまたくしゃりと紙を握りつぶした。


「幽玄異郷………離れたくないな」


ぼそりと呟かれた言葉に真神は鼻で笑った。

慎一郎は《現し世研究同好会》をほぼ趣味としている男だ。最早ライフワークのように休日のほぼ全てを現し世で過ごしている。

生粋の現し世狂いな男だ。

その男が。


「ぶくくッ………」

「笑うなら堪えないで笑いなよ………」

「離れるのが嫌なら連れてけばよかろう」

「簡単に言うなよ………」

「くくくッ………」


肩を震わせ笑う真神をじとりと見ていると、慎一郎の頭上に虹色の召喚紋が渦巻いた。


「「あ」」


真神と慎一郎の言葉は重なった途端に慎一郎の身体はぼふんと消え去った。

最後の抵抗で手放そうとした万年筆と便箋が上空を舞いカタリとカサリとデスクに着地した。



評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ