5. 坩堝学園の王子様 幽玄異郷は恋愛至上主義
「反抗期?あいつらがか?
りん大好きな奴らだよな。………成長早くね?」
「そうなの!ぐんと大人になってきてて!
いつまでもかわいいままでなんてエゴなのはわかってるけど寂しいの〜」
「りんのほっぺすりすりは少し狂気じみてるからな………」
「え?」
「控えろよ」
「………え」
「いやいや。自覚なしかよ………」
りんは決済書から顔を上げた。
まさか家族同然の岸にまで家族とのスキンシップを否定されるとは思わなかったからだ。
信じられなかった。
岸も信じられなそうな顔をした。
りんこそ信じられないのだ。当たり前だろう。
そんな岸はプレゼントに埋もれて検品をしている。
それらは学園中からの貢物だ。
それは雑用の部類だ。
つまらない仕事のうちの一つだ。
それなのに岸は立候補してまで熟してくれている。
働き者だ。
「岸は現し世では御曹司だったんだろ?
お坊ちゃんがなんでわざわざここで苦労人してるの?ドMなの?」
誰かが言った。
笑い声と共に雑談をしながらの執務中。
岸は部屋の男子におちょこくられながら作業していた。
何人かは作業に飽き、何人かは休憩していた。
「な………そんなの………」
「あ。野暮言ってごめん。りんだよね?理由は。
貢物の仕分けだってりん宛の中に危険物ないか確認したいからやってるんだもんね?ごめんごめん」
貢物の検品をしながら男子達に弄られているのは岸。岸 護。
りんと共に現し世とこちらでは呼ばれている現代日本から幽玄異郷に来た勇者候補だ。りんの《仲良し同盟》の一人で家族で友達だ。
現し世岸財閥のお坊ちゃん。現し世では有名なあの岸だ。政治家も財界人も輩出している華麗なる一族の三男坊なのに。
りんと仲良くしてたら厄介事に巻き込まれてしまった苦労人だ。
りんの世間知らずな所を補ってくれる常識人だ。ツッコミのキレに定評がある。
ピンク色の短髪をツンツンにしたお洒落番長だ。
シルバーアクセ、冒険ファンタジーが実は大好きでりんよりもこの世界を満喫している節がある。
そこは生徒会執行部の部室。
りんは仮とはいえ本格的に《生徒会長》のお仕事を遂行していた。
活動はりん達《雷クラス》がある空の雲の上にそびえ立つ《金剛の宮》で行われることになった。
本館には旧執行部があるけど差別化と区別化で部室統合は見送りになった。そちらでも先輩方がお仕事をしてくれている。
りんは雑談として嘆きながらも手も視線も止まらない。
速読と即断、速筆は最早千手観音立像のような軌跡を描いていた。
ペン先と蜂蜜のような光沢の《生徒会長印》が火花を爆ぜさせる勢いだ。
けど中身はただの備品確認である。
まだ簡単な決済と確認作業だ。引継ぎがなくとも出来る雑用しか任されていない。先輩方は優しいのだ。
「おねぇちゃん寂しい………」
「健全だね。子育て成功じゃん。誇りなよ。
結構劣悪な環境出身なのにちゃんと倫理が育ってるじゃないか。君がきちんと親代わりと姉をしてきたからだよ。自立の目覚めだよ」
「10歳で〜?早いよ〜」
「100超えても子供なのも珍しくないここではそっちのほうがすごいよ」
りんの隣でりんと同じく速読をしているのは琥珀だ。
琥珀 ピアスは琥珀色の髪と瞳を持つ美少年だ。見た目は7歳ほどの可愛らしい男の子なのに年齢は100歳を超える天才児なのだ。
そんな琥珀は絶賛分厚い1000年分の《学園規約》を読み込んでいる。
天才も興味がないことをつめこむのは辛いみたいだ。かわいい顔をしかめている。
「反抗期は《子育て成功》の兆しなんですよ。
反抗期ない子供のほうが不健康です。
喜ぶべきことですよ。父が良くそう言い聞かせながら泣いてます」
「ほら!お父さんも泣いてる!」
「りん様の涙と父の涙の価値は違いますからお気になさらず」
澪がりんににこやかに微笑みながら紅茶を出す。
澪 モルガン。深紅の長い髪をポニーテールにした麗しい女騎士だ。左側を刈り込んでいてかっこいい女の子だ。りんの幽玄異郷お友達一号である。
最近お父さんがウザイと話す。ウザイと言いつつ話題に毎回登るのだから仲良しみたいだ。澪はツンデレなのだ。
さっきりんには丁寧に紅茶を入れてくれたのに、岸にはスポーツドリンクのビンを投げた。
その投擲は正確で綺麗な曲線を描いて岸の頭に当たった。その弾かれたビンを岸は振り向きもせず掴んだ。
何回かハラハラしたけど二人揃って「反射神経の修行です」と言われたら止められない。
二人なりの痛めの友情スキンシップらしい。
仲が良い。口はお互い悪いけど。
「反抗期ど真ん中本人の意見だ。説得力が違うな」
「うるさいカチカチ」
「うるせぇプルプル」
二人の枕詞は岸がカチカチで澪がプルプルで定着しつつある。岸の魔素属性が《鋼》のカチカチで澪が《水》のプルプルだからだ。因みに琥珀は《知恵》らしい。擬音語はなんだろうか。サエサエだろうか。
「ね。ね。違う原因分かるよ。私」
「何?!ナタちゃん?」
豊かな黒髪をかきあげながら入室したナタージャがさらなる貢物を追加したから岸がげんなりしている。
そこから距離のあるりんの所まで踊るような軽いステップでスキップしながら近づいてきた。
ナタージャ・A・メノウス。インド系の褐色美女だ。もう生徒会役員服をへそ出しに改造している。
流行に敏感な女お洒落番長だ。
因みに魔素属性は《魅了》だそうだ。キラキラだ。
甘い匂いが特徴で香水無しで助かるとナタージャがよろこんでいた。
そんなお洒落に敏感なナタージャがコソコソとりんの耳元で話し出した。
岸と澪は遠くで伺っている。
何故声を潜めるのだろうか。
「りんっち。《さらし》やめたでしょ?
胸元が形良くなって姿勢も良くなって顔色も血の巡りも違うもん。
だからだよ。ふわふわプルプル。
その触感は多感な男の子の毒だよ」
「………?」
りんは少しだけ前よりも主張している胸元を見下ろした。リスお母様に比べてささやかなものだ。
これが子供達に何の影響があるのだろうか。
「あ。良いものお持ちでも自覚なかったか。
まあ………。周りの男子があんなならそれで助かるかなあ。
急にそわそわされると気まずいし扱い困るよね。
そこら辺ないのが雷クラスの男子の良さだと思う」
「………………………?」
「女の子の安心には男の子の質が重要ってこと!」
「ん。皆優しいもんね」
りんが左右に首を傾げる姿が面白いらしい。
ナタージャはぎゅうぎゅうしてくる。いつもそこに加わる咲がいない。
咲はたまに学園を休まなきゃ行けない用事があるらしい。
出席日数がないのがこの学園の良さだ。
ここにいない木ノ葉 咲は華奢で可憐な女の子だ。水色の髪の肩で揃えた大人しい子だ。
よくナタージャがかまい倒してるから今は寂しいのかもしれない。いつもよりもぎゅうぎゅうが強い。
「りんっちも。神が争うほどの至宝の《もも》があるってこと。
駄目だよ?これからは気楽に男子に抱きついたりしたらーー」
りんは心外だった。
そこの倫理観は日本人である。
りんは基本は平和とヘタレな精神の日本人だ。
「それは、大丈夫。
私は家族しか抱きつかないから」
空気が止まった。なぜ。
普通のことを言ったのに。
「おっと………?岸君死亡フラグとラッキースケベフラグ立ちました!!
さあ岸君!!君はどっちだ?
男か?家族か?!それとも忠犬無害枠か?!」
「やめろ!!地雷を掘り起こすな!!」
岸が突然叫んだ。
話は聞こえていたらしい。
「岸………?」
「ぐッ………」
「岸はリスだよ?かわいい枠だよ?犬じゃないよ?」
「ぐッ………」
「「「「恐ろしい女だよ」」」」
「で?心境の変化は?お願い!教えて〜」
まだナタージャは気になるらしい。
りんは諦めて白状することにした。
それに女の子のお願いには応えなきゃいけない。
「ん………。単純に窮屈だし。
潰せば動きやすかったしね?習慣ってのもあったの」
王子様らしさは外見からかなあ〜って形から入ろうとした自分の浅はかさに気付いたのだ。
ただこれは敢えては友達に言わないけど女の子の下着はお金がかかる。
孤児院生活では一番節約したかった部分だった。
「あと。お母様のブランドのフィット感がすごいの」
「リリスブランドは神」
「それはそれは素晴らしいブランドです」
「ブラだけにな」
ナタージャと澪が頷いた。
幽玄異郷ではトップブランドの下着メイカーをリリスお母様は所有しているのだ。
なんでも出来るキャリアウーマンである。
「なんだ。恋人出来たとかじゃないんだ」
それでもナタージャは不満気だ。
「もう〜!!みんな恋人いるか聞く〜!!
少し外見変わったからってみんな恋愛に繋げるのどうなの?」
「だって。綺麗になったもん」
「わかる」
「わかる〜」
「同意」
「そこは否定しないね。でもりんさんは前から綺麗だ。
今は洗練されたよね」
空気のように雑用を回して遊び始めていた猿田、アンテ。入室したばかりの星まで頷いた。
猿田は猿田 一彦。大きな物の運送と警備治安維持に特化した仕事をしてくれる力持ちお兄さんだ。
赤髪赤目の身長ニメートル超えの猿族。鬼族と間違えられるほどの屈強さを誇る武闘派だ。
魔素属性は《炎》。ギンギンメラメラだ。
特技は木登りと子供達をあやす為にジャングルジムになること。幼い弟とよく遊ぶ気の良い兄貴分だ。
りんの弟妹達とも遊んでくれる。
「幽玄異郷の民は恋愛必死だからな。慣れろ」
「私性別《無》なのに?」
りんは性自認は女だ。
女の身体も心も嫌悪したことはないし男になりたいわけではない。
でもそれと《恋愛したい》かは別だ。
この幽玄異郷は《婚活市場》を学生時代から設けている《恋愛至上主義》な世界だ。
そんな所で上手く立ちまわれる気がしなかった。
だからリリスお母様が公式記録としてりんの性自認を《無》としてくれたのだ。
そこはすごく助かっている。
それなのに。
式典終わりから何やら周りが色めき立っている気がするのは気のせいではないらしい。
「いやいや。
式典中にあの《白い紳士》相手に真っ赤になる乙女な姿晒したもん。
皆が《恋愛に脈がある!!》ってわかっちゃいますよ。
ね?誰なのあの方は?!
誤魔化せてないぞ〜恋する乙女よ〜」
「あ。それはもう大丈夫。
失恋したからしばらくそういうことはいいかなあ〜って。
だから学園生活満喫するよ〜!!」
「「失恋?!」」
「わ」
岸と星が血相をかかえてこちらに駆けてきた。
星など椅子を蹴飛ばす勢いだ。
「わわ。せい君足大丈夫?!」
「だ………大丈夫………いや。大丈夫になったよ。ありがとう」
爽やかに笑うイケメン。
黒髪黒目ミステリアスボーイの星。
魔素属性は《闇》。ヒヤヒヤだ。
珍しく苗字がないのは「実家と結びつけられたくないから」らしい。実力主義の坩堝学園に入学したと。
比較的冷静に周りを俯瞰するタイプの参謀をしてくれる星が珍しく狼狽えている。
岸もあせあせしている。
その背後では青ざめる澪。
そのさらに後ろではニヤつく面々。
りんはため息をついた。
「失恋?ほら。《恋に恋する》みたいなものだよ。
だってさ。孤児院から颯爽とこの世界に連れてきてくれた恩人だよ?私が子供達の王子様になりたかったのに目の前に理想像が具現化したの。
そりゃ………。憧れちゃうし?
そりゃ………………。御嶽さんの望む勇者になりたいなあ………なんて。思い上がってみたり?
手紙書いたりクッキー作ってみたりさ。
浅はかにも私らしくなく浮かれちゃってさ。
ま。そんなとこ」
「「「「全然失恋の理由になってないよ?!」」」」
「それ始まってもないじゃん」
「告白は?!玉砕は?!それで初めて失恋だよ?!」
「いやいやあの人は大人だぞ。そもそもだろ。そもそも」
「いやあ………。
この幽玄異郷。年の差300歳もあり得るからなあ」
皆が論争する。
皆が皆好き勝手に討論する様子はうちの弟妹達と似ていた。
そんなワチャワチャした光景にくすりとりんは笑った。
「りんさん。僕がそんな男忘れさせてあげるよ。はい。お花」
一人だけ討論に参加せずすっとスマートにりんの目の前に一輪の花。本日のお花はかすみ草だった。
よりによってかすみ草なことにりんは内心ドキリとした。
それをりんに差し出しながら爽やかに笑う星は貴公子だった。彼こそ最近所作に磨きがかかった気がした。
ふわりと香るシダーのスパイシーな香りがオトナっぽい。
「ありがと………。せい君。また背が伸びた?」
りんは170ほどだ。14歳の女の子としては大きい方である。
星は入学当初はりんと同じくらいだったはずだ。
今は頭一つ突き抜けている。
男の子の成長期は急に来るらしい。
「うん。君を守りたいから鍛えてるよ」
「鍛えると背は伸びるのかな………?」
星は《プレゼントオタク》でもある。
毎日りんに花を贈ってくれるのだ。マメである。
学園では一輪の小さめな可憐な花。休みの日には花瓶が傾くほどの花束を。
花のタイプが日によって変わるから少し二面性があるのではないか。体調の変化か。とりんは心配している。
そんな心配症の星が憂いを帯びた黒い瞳でりんを見つめる。
お互いに首を傾げた。
「え………と?
あ。心配してくれてる?失恋の?
大丈夫。忘れたいほど劇的に御嶽さんと関わりあったわけじゃないもん。現し世に殆んどいる人だもんね。
これから先、会えるかも分からないしね〜。
あっちも。現し世人類のいち個体としか見てないよ」
「いや。絶対君のことは特別な女の子だと思ってるはずさ」
「え〜?ないない」
手紙の頻度を減らしたらあちらからの手紙は途切れがちだ。
冷静になるとかなりの頻度で送ってしまっていたと気付いたのだ。
彼も《保護対象》の姿を式典で垣間見たのだ。
式典はりんの図太さと豪運を知らしめた筈だ。
心配されないことも彼からの信頼の証かもしれない。
便りがないことはいいことなのだ。
「御嶽さん………。お元気で………」
りんは窓から見える紫色の空に彼の白銀の翼を思い描いた。
段々と寂しさは薄れるだろう。
何故なら。
りんは寂しさなど感じられないほど忙しいからだ。
学生である。
恋愛よりも学業と青春が本業だ。
「「終わらせるぞ〜お〜〜」」
雷クラスは今日も元気である。




