第505話 13歳(夏)…闘士倶楽部ヴァイロ支店
闘士倶楽部のせいで話し合いという雰囲気では無くなってしまった。
まったく祟りやがる。
ティアウルが世話になる組織に迷惑がかかっているとなれば放置は出来ないわけで、おれとアレサは注意のため倶楽部が首都オーレイでの拠点としている建物へと向かった。
すると――
「えー……、ちょっとこれ、でかすぎないー……?」
そこにあったのは航空機の格納庫みたいな巨大な建物。
もともとは別のことに使われていたようだが、今では増えに増えた倶楽部会員のトレーニングジムと化しているらしい。
ってかこれほどの規模の建物が必要とされているくらい、このオーレイでは会員が多いのか?
倶楽部が提供する(予定)の酒に惹かれたとしても多すぎだろう。
いや、中に入ったら案外ガラーンとしているかもしれない。
そんな期待を抱いてまず建物の入口横にあったちっこい小屋――検問所みたいな受付で身分を明かしたところ、おれの訪問は大いに歓迎されそのまま中へと案内された。
そして目にした内部の様子――。
一言目には壮観、二言目には暑苦しい、であった。
内部にはトレーニング器具がずらずらっと悪夢のように並べられている。
よくもまあこれだけ用意したものだと思うが、そこは物作り大国ということなのだろうか。
そんな器具を使い、一心不乱にトレーニングに励んでいるのは大量のヒゲモジャどもだ。
てっきり入会は酒目当てという現金なものかと思っていたのに、なかなかどうして、どいつもこいつも熱心に体を鍛えていた。
器具で思う存分に体を苛め、衣服がびしょびしょになるまで汗を流したドワーフは、流れる汗をタオルで拭き拭きしながら各所にある休憩所へ向かい、そこで巨大な漏斗みたいな流し口で汗でぐっしょりのタオル、それから服を脱いで力まかせに絞る。
それがまた冗談みたいに絞れていた。
あんなふうにタオルや衣類を絞る場所が独立しているのは、流し口の劣化や衛生上の問題だろうか?
おそらく下水へでも直結しているのだろう。
まさか集めて塩を作っているなんてことは無いはずだ。
そのあとドワーフは貯水タンクみたいな給水器でがぶがぶと水分補給をする。
あれだけ流して飲んで流してを繰り返せば、ここのドワーフたちはさぞ体がクリーンになっていることだろう。
でも、ドワーフはもともと頑丈で力仕事ばっちこいな種族なのに、ここまで本格的に体を鍛えていったいどうしようというのか?
いやまあこれはトレーニング自体に言えることなのだが。
内部の様子が想像以上だったため、おれが入口でぽかんと立ちつくすことになっていたが、そこで案内してくれた受付のドワーフが声を張りあげた。
「うぉいお前らッ! 大闘士殿がいらっしゃったぞぉッ!!」
その声にピタリと動きを止めるドワーフたち。
やがて――
「うん? 大闘士……?」
「大闘士殿じゃと……?」
「大闘士殿とな……!?」
最初は囁き。
だが次第にざわめきとなり、最後は咆吼となって広い室内に響き渡った。
そして奴らは来た。
小柄な筋肉どもが一斉におれへと群がってきたのである。
そして、おれを囲んではしゃぎまくる、いい歳したヒゲのオッサンたち。
歓迎してくれるのは嬉しいが、ちょっと落ち着こうか、離れようか。
特に手荒なことをしてくるわけではないので、アレサもどう対処しようかちょっと困ってしまっている。
いやむしろおれが称えられて喜んでいるような……?
「よーしっ、大闘士殿を胴上げだ!」
待て、どうしてそうなる!
何か言う前におれはひょいっと担がれ、ドワーフたちの集団が掲げた手によって意味不明な胴上げを受けることに。
ヒゲモジャどもが無駄に力持ちなせいで、おれは4メートルほど高々と宙を舞い踊らされながらあっちこっちへ移動する。
その時、おれは大荒れな筋肉の海原に翻弄される哀れな小舟のごとき存在であった。
「恐い! 恐いって! ちょっと聞いてる!? 恐いんですけど! 恐いって言って――、こ、この……、もじゃもじゃぁぁ――――ッ!」
おれはややギレしながら懸命に訴えたが、自分たちの歓声に掻き消されて聞こえないのか、聞こえているけど気にしていないのか、ドワーフたちはいっこうに胴上げを止めない。
視界の端に捉えたアレサは荒々しい歓迎を受けるおれを眺めて微笑むばかりだ。
くっ、明確に敵と判断しないとダメなのか。
これはシアを連れてくるべきだったか?
きっとシアが居れば……、いや、たぶんあいつ半笑いで眺めてるだろうな。
じゃあミーネは……、自分も胴上げしてもらいたがるだけだな。
おいどうなってる、おれの味方いねえぞ。
「よぉーし! 今日は宴じゃ!」
おれをさんざん強制トランポリンさせたあと、床にへたり込んで放心するおれ放置でドワーフたちは倉庫らしき場所から酒樽を持ち出し、そのまま酒盛りが始まった。
どんだけフリーダムなんだよ。
ちょっとはこっちの話とか聞こうとしろよ。
つか運動後の飲酒って確かダメだろ!
「がはははは! よく体を動かしたあとは酒がよく効くな!」
「そうじゃそうじゃ、この最初の一杯が堪らん!」
いやそうじゃなくてダメなん――、ああもういい、好きに飲め!
おれはもう知らん!
だがこのまま盛りあがられては話も聞けなくなるため、おれは側にいたドワーフを捕まえてヴァイロ担当の上級闘士――サーヴァスは何処にいるか尋ねた。
まずはサーヴァスにこのヴァイロでの運営について詳しくお話を聞かねばならないのだが――
「サーヴァス殿は今留守じゃな!」
「留守?」
「さらに支店を増やすべく、他の都市に視察に行っておるんじゃ!」
「どれくらいで戻るんだ?」
「ふーむ、儂は聞いておらんの。おーい! 誰か知らんかー!」
と、そのドワーフが呼びかけるが、どいつもこいつも酒盛りに夢中になって聞いちゃいなかった。
「すまんの、誰も知らんようじゃ」
「いや反応すらしてないんですけど!?」
倶楽部に入会するようなドワーフどもに話を聞こうとするのが間違いだったのだろうか?
シアとミーネを迎えにも行かなければならないし、これ以上ここで時間を無駄にしては居られない。
どうにもならないのでサーヴァスのことはまた後日、ティアウルに会いに来た時にまた聞くことにして、おれはアレサを連れて逃げるように倶楽部ヴァイロ支店を後にした。
とんだ無駄足だった。
△◆▽
「で、さんざん胴上げされて帰ってきたの?」
倶楽部ヴァイロ支店に立ち寄ったせいで余計な時間をくうことになったおれとアレサは、日暮れ頃になってようやく金銀を迎えに聖都へ来ることができた。
遅ーい、と文句を言われた後さっそくティアウルのことを聞かれたのだが、ヴァイロで何があったかを説明したところ呆れたようにミーネに言われてしまった。
まあおれもミーネの立場なら嫌味の一つも言うだろう。
でもね、おれは遊んでたわけじゃないのよ。
「お嬢さん、その、事実の一部を切り取ってあげつらうような言い方はやめましょう。おれとて傷つくのです」
「だってー。あとその『お嬢さん』ってのなんかイヤー」
「うん?」
はて、これまでもこんなふうに呼んだことがあると思ったが……。
ちょっと戸惑っているとシアが言う。
「まあ、こっちもちょっとあったんですよ。大したことではないんですけどね。帰ったら話しますから」
「ふうん? わかった」
こうしておれたちはそろって聖都の精霊門をくぐり、エイリシェへと帰還する。
そして屋敷への道すがら、ミーネは今日の忙しない大陸旅行について話し、そのあと明日の予定について報告してきた。
勇者御一行だが、明日はヴァイロ共和国の支援である錬成魔剣の提供を受ける手続きのため、大工房へ訪れるようだ。
「また明日もヴァイロ行くんでしょ? なら後で合流できるわね」
そう言うミーネはちょっと嬉しそうだ。
あと六日くらいのことだし、ティアウルのことがなければ一緒に付きあってやることもできるんだがなぁ……。
△◆▽
いつもの夕食の時間はすぎていたため、帰還したおれたちのためにメイドの皆が食事の用意をしてくれる。
金銀赤黒、とテーブルにつき、食事を取りながらそれぞれであったことをメイドたちにも聞かせる。
まずはミーネによる世界旅行の話があったが、それよりも皆が気になっているのはティアウルのことだ。
ミーネのあと、おれは大工房本部での会話内容を話して聞かせる。
そしてティアウルの引き抜きに対しての詫びのような感じで魔導機構剣の製作協力の話が出たと喋ったとき――
「ダンナ、たぶんそれ逆だぜ」
ふと、シャンセルが言った。
「逆……?」
「ティアを引き抜いた代わりに協力するんじゃなくて、ダンナに協力するならってことでティアは誘いを受けたんだよ」
一瞬、意味がわからなかった。
「ティアはバカっぽいけど、そこまでバカじゃないんだよ。ちょいちょい聞いた話をあたしなりにまとめると、ティアはダンナに自分の目のことを教えてもらったことをすげー感謝してた。たぶんそれは目だけの話じゃなくて、自分は何をしてもダメなんだろうって諦めかけてたのを救ったからなんだよ。ティアはずっと、自分の人生を救ってもらった恩返しをしたがってたんだ」
「な、なんでそんな大げさなことに……、ちょっと助言しただけの話だったぞ?」
「ダンナにとってはちょっとのことでも、ティアにとってはでかかったんだよ。つかダンナ以外にその助言ができた奴なんて居なかったし、きっとそれからも現れなかった。たぶんティアはそう思ってる。ティアはさ、自分の能力を活かして誰かの役に立つようになりたいんじゃなくて、ダンナの役に立ちたかったんだよ」
「おれの役に……?」
「でなきゃあいつがメイド辞めたりするもんか。なんつうか、ダンナは自分が焦点になることには鈍い――、ぐふっ」
「それ以上は言い過ぎニャ」
と、喋っていたシャンセルの脇に手刀を突き刺したのはリビラだ。
「ってことは、製作協力はおれを宥めるためだけじゃなく、まずはティアウルを釣り上げるための餌だったってことか?」
それは一挙両得な話だが、そうなると話が少しおかしくなる。
そもそも、どうして大工房側はそれでティアウルを引き抜けると判断できたのだろう?
それにティアウルにはティアウルの目的があって大工房へ行ったのだ。
本人がそう言っていたし、それが嘘ではないとアレサも判断した。
このシャンセルの意見をただの思い込みと断じてしまえばなんの矛盾も無くなるのだが……。
「これは明日も話を聞きにいかないといけないな……」
もし、シャンセルの言うとおりであったなら、おれはこのままティアウルを大工房に送り出すことはできない。
メイドは主のために尽くすものとしても、そのために居なくなってしまっては意味がないのだ。
メイドは主の側にいてやらないと。
その帰りを迎えてやらないと。
※誤字の修正をしました。
ありがとうございます。
2020/03/20
※脱字の修正をしました。
ありがとうございます。
2021/02/20




