第504話 13歳(夏)…ヴァイロ共和国
昼食後、おれとアレサは再びエイリシェの精霊門へと向かい、今度はヴァイロ共和国の首都オーレイへと向かう。
いいかげんエイリシェの門を警備・管理している人たちと顔見知りになっており、朝に見かけたおれたちがまた来たことで「あれ?」という顔をされてしまった。
普通はこんな頻度で使えるものじゃないからなー……。
お疲れさまです、と半笑いで労われながら精霊門をくぐると、ヴァイロ側は石作りの広間になっていた。
「ここは――、あ、いえ、実際に見ていただいた方が良いですね」
アレサはこの場の説明をしようとしたが、思い直したらしく語るのはやめて訪問の手続きを行う。
それから広間を出て短い廊下を進み、扉を開いて外に出たところ一気に目の前が開けた。
「おおう!?」
視界の上半分が空、そして下半分はスチームパンク的な都市が広がっている。
普通の街並みは主に土、石、木で構成されるが、ここオーレイはそれらを圧倒するほど金属の要素が多く、それこそ工業地帯の中に都市があるような状態になっていた。
技術大国であり、特に冶金術は他の追随を許さないという国の首都であることを納得できるような、ちょっと行きすぎなような、ともかくこれまで見てきた都市とは一線を画す特殊さである。
そしておれとアレサが居るのは、そんな都市を一望できるほどでっかい岩の上。
精霊門のある建物は、工業地帯的都市にぽっかりと空いた広場の中心にでーんとある巨大な一枚岩の上に建造されたものだったのだ。
例えるならミニチュアな感じのエアーズロックで、広場へと降りるための階段は岩から削り出されていた。
「なるほど……、これは凄いですね……」
「はい。私も最初に訪れた時にはとても驚きました」
変に前知識を入れず、初めての感覚を楽しんでもらおうとしたアレサの試みはおれの驚きをもって成功となり、それに満足したのかアレサは少し楽しげに微笑んでいた。
△◆▽
大工房という名称だから、おれはてっきりでっかい工房があるものと想像していたが、実際は施設がこの首都の各所に分散しており、正確に言い表すなら『首都オーレイにある、技術に関わる研究・開発機関』を取り纏めての総称ということだった。
おれは門の管理・警備をしている人たちに事情を説明し、どこへ行けばいいのか教えてもらったところ、向かうべきは大工房本部となる研究施設だった。
一応、この岩の上からもその建物の一部――改装工事をやってるのか建物を囲むように足場が組まれている――が見え、おれとアレサはさっそく出発する。
こんな都市だから迷路みたいになっているのではと少し心配もしたが、さすがに道だけは整然と作られていた。
ただ、それは本当に道だけの話で、周辺はそこら中にパイプやらなんやらが張り巡らされ、おかげで道は植木のトンネルのような有様になっている。
市民は普通に活動しているが、おれですら驚く街並みは、こっちの世界の人はどれほど異様に映るのだろうか?
それとも、こういうものとすんなり受け入れる?
案外、後者かもしれないな。
おれはきょろきょろ街並みを観察しながら、おまけに考えごとをするので注意力などあったものではなく、心配したのかアレサに手を引かれて進むことになった。
それはなんだかお姉ちゃんに連れられて大都市に来たド田舎のお子さん状態だったが、そんなこと気にしていられないほど興味深い都市なのだ。
やがてガチーンガチーン、ドーンドーンと賑やかに改装工事をしている大工房本部へと到着したおれたちは、受付で訪問の理由を告げ、そのまま応接間へと案内された。
しばし待ち、やがて部屋に現れたのは二人の人物。
一人はドワーフのおっさん。
年齢は不明。どいつもこいつも髭モジャなドワーフ男性の年齢を判断するにはおれは観察眼が足りない。判断しかねる。
そしてもう一人はティアウルだ。
「やあ、ティアウル。ちょっと話を聞きにきたよ」
「あんちゃん……」
ティアウルはメイド服ではなく、大工房の関係者用と思われる制服を身につけており、ちょっと申し訳なさそうな顔をしている。
ティアウルの顔を見て少し安心してから、ひとまずティアウルと一緒に来たドワーフのおっさんに挨拶をした。
「英雄殿と聖女殿か……。儂はヴァイロ大工房の大親方を務めているレザンドだ」
こいつがザナーサリー国王の依頼である『魔導機構剣の製作』、それに協力する交換条件として『何か新しい酒』を提示してきたヒゲか。
「話はティアウルの引き抜きについてだな?」
「ええ、ティアウルが自分で決めたことなら快く送り出してあげるべきなのでしょうが、ちょっと唐突だったので、できれば詳しいことを教えてもらえないかと思いまして」
「ふむ。詳しいことと言われてもな。ティアウルの能力について迷宮都市エミルスへ派遣していた者から報告を受け、これは必要な人材と感じて勧誘するに至ったわけだ」
その、ティアウルが大工房関係者に見いだされたまさにあの場で、おれは「もっと能力を生かせる所に行っては?」と勧めていたわけだが、いざその通りになってみるとこの体たらく、こうして納得するために追ってきてしまっている。
なんだか情けない話だ。
「本来であればすぐにでも勧誘するところだが、英雄殿の元から引き抜くのはいかがなものかと族長たちの反対もあってな、実際に勧誘したのはつい先日のことになったのだよ」
なるほど、ティアウルを見つけてから一年ほど経過しての勧誘はそれが理由か。
「引き抜きになったことは謝罪する。そこでだが、その詫びとして以前こちらに打診してきた特殊な剣の製作に協力しよう」
「協力、ですか」
そういうことか。
何か新しい酒を造ってくれたら協力する、なんて子供になに要求してやがる、と思っていたが、これはティアウルを引き抜いた後、おれとの話し合いを穏便にすませるための材料としてとっておくための無理難題だったのだ。
……ん?
と言うことはあれか、『悪漢殺し』が誕生してしまうきっかけとなった国境都市での酒造りは何の意味もない行動だったってことか?
増殖する筋肉どもに悩まされた日々も、ゴッド筋肉がおれをぶん殴ろうと迫ってきたあの恐怖も実はまったく無駄だったってことか?
ゆ、許せねえ……。
レザンドに対するおれのヘイトが急上昇した。
もうティアウルを連れ帰ってしまいたい衝動に駆られたが、それではティアウルの意志を蔑ろにしすぎである。
おれは憤りをぐっと堪え、ティアウルと話をする。
「突然のことでびっくりしたよ」
「あんちゃん、ごめんなー」
悪いと思っているようでティアウルはちょっとしょんぼり気味。
「いや、ティアウルの望みであればいいんだ。せっかく特別な能力があるのに、おれのところで腐らせるのはもったいないんじゃないかなって思ってもいたしさ。でもちょっと急だったな」
「実はあたい、迷宮に行ったあとからどうしようって考えてたことがあったんだ。そしたらここから誘いがあってな、それがあたいの考えてることにちょうど良くて、それでこっちに来たんだ」
「そんなに急がないといけなかったのか?」
「うん、なるべく早くしないといけなかった」
「そっかー……」
もし「ほーら、お菓子をあげるよ。こっちにおいで。はい契約」なんて感じだったら強引に連れ帰るつもりだった。
だがティアウルなりにちゃんと考えての行動なら、おれはそれを尊重し、祝福すべきだ。
これからはときどき会いに来るか、休日は屋敷に来てもらって皆に会ってもらったりとか、そういう付き合いになるかな……。
思わずため息が出そうになるがそれは堪え、もう少しティアウルと話をする。
そもそも、ティアウルの行動のきっかけである『考えていたこと』とはなんなのだろう?
「ごめんなあんちゃん、今は内緒なんだ」
ティアウルはにこっと微笑んで教えてくれない。
「今は、ってことはいつか教えてくれるのか?」
「そだな。いつかはわかると思うな」
うーん、いつか、か。
気になるところだが、うっかり発言の多いティアウルが口を噤むほどのことなら、それはティアウルにとってとても重要なこと、無理に聞きだすべきではないだろう。
そんなことを考えていたところ、部屋にやってきた者がいた。
「お話中に失礼。私はルファス。そちらのティアウル君の上司にあたる者です。どうぞお見知りおきを」
現れたのはヒゲの無いドワーフ。
こうなると横幅が広く逞しい小柄なオッサンである。
「ティアウルの上司ですか……、ティアウルはどんな仕事をすることになるんです?」
「申し訳ない。ティアウルが関わるのはこの大工房で最も重要な機密に関わることでして、外部の方に話すわけにはいかないのです」
むぅ、こっちも内緒か。
「実は私、こうしてお邪魔したのは、レイヴァース卿に注意をしてもらいたい連中が居てのことでして……」
「ぼくが注意?」
「はい。なにしろ相手が相手、闘神が直々に認可を与えた宗教団体ですので」
「…………」
おれは頭を抱えた。
「と、闘士倶楽部が何か……?」
「実は入信すれば特別な酒が飲めると噂が広がり、急激に信徒が増えたようなのです。結果、力を持てあました信徒が公共物を破壊してしまうなど、都市の問題になりつつあります。困ったことに大工房にも大勢信徒がいまして、仕事の合間に訓練できるよう本部をこっそり改造しようとしてうっかり破壊。現在、大がかりな改修工事が行われるという事態になっています」
えぇ……。
じゃあこの建物の改修って倶楽部のせいだったの……?
※脱字の修正をしました。
ありがとうございます。
2018/12/26




